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・おはらいリサイクル

作者: 月波 響

 今年も厄を禊払う人々を上から眺めるのであった。

 参拝で願いを申す人間の多さよ、クリスマスのサンタクロース並みに忙しい日である。それでも、人の思いがこんなにも集まることは感慨深いもの縁良きものだ。


 我、火神カタナツマキはリストと記録、書類作成の仕事に明け暮れている。私のような末端の者はとにかく古い伝承でしか載っていないような存在なために名前を聞かれてもなにをする仏様かは思い浮かばれないのである。だから、いまここで刀鍛冶に宿る精霊を統括する者と名乗っても、あ──そうか…と言われる程度───。


 人からの記憶が消え去って私の存在がなくなっていくというものなのだが、そんなことはなく、ちゃんと存在の保証はされている。


 しかしだ、己の発生に不平不満は感じない。私の住む世界には嫌なものは少なく、自然を感じる山の景色が見られる場所に点在するためいいものだ。広大な自然いいぞ──。

 私の上司、界神アマツナテラス様だと空に家があると聞いたことがある。空と雲の景色あるところもいいものだ。

 それが、天を照らす神様ともなると次元が違うみたいで私たちの想像を超えてくるのだが、その話はもう良いだろう。


 さて───、この時期ともなると厄年を迎える人々もいるようで祓いにお越してくる参拝者がいる。


 厄とは念、念とは思いである。


 思いというものは精神の波から発生し、しかるときに山と坂があるものだ。山と坂、その通り山は登る時は辛いが頂上に到達したときの嬉しさ達成感、坂は降るのは楽で良いがいざまた来た高さに戻るとなると大変になる。


 そんな波の説明には心の中に通ずるものがあるだろう。

 感情とは精神の現れ。その現れは、人には見えないエネルギーのようだ。幸せと感じる時は一瞬で、辛いことだと長く感じる嫌な時間。

 ここに後者のマイナス部分を挙げ、人から抜け出した負感情は呪いへと変換される。


 それが、怨霊や地縛霊に生き霊を生む。そこまで、偶像的に見られるのは珍しいことだが──、漫画が好きな人ならわかると思う、念が具現化したり、変化したり、操作するアレである。


 明らかに意図的な念が飛ばされずとも、くっつき虫のように人から人へと移り込んでいき精神を濁らせ汚す。

 その辺の工場や自動車から排出される排気ガスと同じようなもの、人間は見えないそれを精神の器にて溜め込んでいる。


 それが厄年へと繋がるわけだが、私の仕事は厄祓いに来た人達の願いを聞き、その厄の処理&記録にあたる。

 御神様方と私達は精神を綺麗にする場を作っているのだ。


 厄を掴むのは精霊の役目、それらを山の守り人たちへと届けて山々にて分解し昇華する。私はそれを見届ける。

 人へ山へ空、そしてまたひとへと循環する精神エネルギー。


 管理に際して、届く頻度と分解・昇華時間と発生元情報、これだけ見ると沢山抱えている。

 特に、山にエネルギーが集中していることが分かるだろう。

 その為に、人にとっては樹海であったり、深い森の中では危険が多くある。腐海のようにカビや胞子を飛ばしている訳ではないが、神隠しに遭い迷いやすいのはそれが理由である。


 しかし、これだけ念や呪いを断言して口にはしたものの、

 そんな人に見えないもの、分からないものについては迷信で非科学、いつまで信じてんだバカやろう。


 人間の視点ではそうなのだとか───…私の立場では見えるのが当たり前な為にあまりその考え方はピンと来ない。が、呪いとはいえそんなものであるのも確かだ。


 西洋の方で悪魔がいると考えられた為に魔女狩りの歴史が十八世紀なんと1800年まで続いた事実を見ているものなのかもしれない。黄金郷のある島のアレもそうだろう。

 かつて多くの人が亡くなったのに目を背け、踏みつける行為は良くない。


 それを知っていると、精神論はともかく自然科学の重要性の話になってゆく。


 一つ身近な例として、車の運転を挙げるとしよう。

 ──…いや家内でもよい、学業のことでも──ってひとつだけではなかったな…すまん。


 人の心構え次第にやってそれら状況は多少でも影響力はある。結果はどうあれ───。


 夜中、注意力が散漫になりやすい道路環境において前の車がいきなり軌道を変えすんでのところで横へと回避することができるのは──1人のときか、それとも隣でネガティブで心配症だが正論を言ってくれる観察眼が強い妻が座ってくれているときなのか───。


 ある人間の家族の家には某ゲームキャラクターや少年漫画作品のグッズがあり、ちっちゃな可愛い招福猫様を何匹も置かれた空間を見たことがある。


 人の考え方次第でなにかが変わっていくのは確かだ。

 大層なものに思うものでもなく、かといって蔑ろにするものでもない。つまり、スピリチュアルと科学生きていく上で両方大事ということである。有ってもいいことだ。


 人の心、見えないエネルギーを取り扱うのは人間には務まらない。たとえいたとしても少なく、少人数で抱え込めないものだ。一人の力で為せることは限られてくる、私達のような存在が──できるもの達が人の思いを受け継いでいく。


 このお祓いリサイクル局によって──。

・おまけ あとがき

人に精神は目に見えないが、神様のほうでは精神が形として見える。

神様は一人称にも二人称、三人称視点にもなれる。

言い換えると、その人の主観の視点に移ることもできるし、相手の視点を比べることも、そこから俯瞰することもできる。

人を超越した存在なため、喜びも悲しみも人生の生きる意義として考えられる方達であられる。

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