4.ナガーラの森
「ガァァァァァァ」
俺に襲いかかってきたヤルバデナの群れが斧の一振りで壊滅する。
冒険者になってから早一週間、俺はAランク冒険家として名を轟かせていた。
どうやらゴブリンダンジョンでの功績によって有名になったらしく、パーティーへの誘いもあとを絶たない。
しかし、もちろん全て断っている。しばらくは一人でのんびり過ごしたい。
依頼されていた魔獣討伐を終えて冒険者ギルドに帰ると、依頼人の辺境伯爵が待っていた。
「本当にありがとう。
人は襲われるし、冒険者に頼もうにも場所が遠いとかで断られるしで頭を悩ませていたのだよ」
辺境伯爵はそう言って俺にぎっしりと金貨の入った革袋を渡した。
「報酬金は8000ゼナだったけど、
追加で2000ゼナ上乗せしておくよ。
困ったことがあったらまたよろしくね」
辺境伯爵はそう言い残すと、大きな腹を揺らしながら帰って行った。
2000ゼナも上乗せしてくれるなんて、ものすごい太っ腹だ。
最初はこの仕事に不安があったけど、
やってみると案外やりがいがある。
しかも四天王をやっているよりも金が入る。
今は宿を点々として依頼をこなしているが、そろそろ家を買っても良いかもしれない。
のんびりとこれからのことを考えていた俺は、はたと気がつく。
あれ……、俺って四天王じゃなかったっけ。なんでこんなに馴染んでいるんだろう。
そうだった。完全に忘れていたけど俺は魔界に住んでいた魔族なんだった。
亜人族だから見た目も人間だし、角も身体変化で隠しているから完全に人間になっているけど、違うんだった。
……でもそんなこといっても魔界には戻れないしな。
「よし」
俺は決意を固めた。
「諦めて、人間として平和に暮らそう」
冒険者として活動していけば金は貯まるだろうし、その辺で家でも買って平和に暮らそう。
魔界では忙しかったから、しばらくはのんびりしたい。
そう思った矢先……
「ナバラさんにはナガーラの森に出ているモンスターの調査に行ってもらいたいのです」
ギルドマスターに呼ばれたと思ったら、
また難しそうな依頼を持ち出された。
「報酬は120000ゼナ。難易度は不明です」
ん?難易度不明だって?
それなのにどうして報酬が高いんだろう。
「これまでに12の冒険者や冒険者パーティーが調査にいきました。
その誰もが怪我はしていないのですが、調査での記憶がなくなっているのです」
あぁ、だから難易度不明ってことか。
……いや難易度Sよりも性質悪いやないかい!
結局やってくれるパーティーがいなくなってしまって、俺に回ってきたと。
「わかりました。引き受けます」
報酬もはずむし、もちろん引き受ける。
すると、ギルドマスターは待っていましたとでもいうように口の端を歪めて、
「えぇ、そう言うと思いまして、もう引き受けてあります。
こちらの地図を持って行ってくださいね」
ギルドマスターから渡された地図を見ると、ここからかなり離れていた。
「これ、ここからどれくらいかかりますかね」
「そうですね……。
土クジラを使っても15日はかかると思います」
土クジラは地上に生息する大きなクジラで、移動がものすごい速い。
少しコストはかかるが、運べる物量と速度の面から商人に重宝されている。
15日ということはかなりの長旅になりそうだ。しっかり準備しなければ。
急いで宿に帰って荷物をマジックリュックに詰め込んでいく。もともとそんなに物を持っていなかったため、すぐに終わった。
宿の主人にもしばらく帰らないことを伝えると、今生の別れのような反応をされてしまう。
「さようならぁぁぁー。
お元気でぇぇぇぇーーー」
「お父さん……。ちょっと静かにして」
泣き叫ぶ主人をその娘がなだめているが、まるで赤子のように騒いでいる。
俺がこの間助けた少女は今も元気に、しっかり者の看板娘として父親を手伝っている。最近はしっかり者になりすぎて、若干父親が情けなく見えてきているくらいだ。
「いや……、すぐに帰ってきますから」
「ナバラさんは恩人ですぅぅぅぅ。
一生忘れませぇぇんーーーー」
娘に注意されてもなお、主人は俺にがっしりしがみついて離れない。
「お父さん! いい加減にして!!
……父がすみません。」
とうとう娘が父親を引っ張って俺から引き剥がした。
そして厳しかった顔を緩めて微笑んだ。
「ナバラさんは私の恩人です。
感謝してもしきれないくらいの恩があります。だから、また無事に帰ってきてくださいね」
出会ってからまだ半月くらいだが、少女の目からは俺への信頼が読み取れる。
俺はもちろん死ぬつもりも、怪我をするつもりもないため、大きく頷いた。
こんなに俺を心配してくれる子を悲しませるわけにはいかない!
「私、借りを作ったままは嫌なので。
商売人として許せません」
俺が固めた鋼の決意は、少女の言葉によってミシミシと音を立てて割れ始める。
心配してくれてるんじゃないの?
ショックなんだけど。
「別に心配しているわけではありませんよ?ただ、借りたままなのは納得いかなくて……」
さらに追い討ちがかけられ、決意はメンタルとともに灰になって飛んで行ってしまった。
「あっ、でも!」
やめてくれぇぇぇ、これ以上俺の決意を砕かないで……。
「ケガはしたらダメですからね?」
その一言で心が温まり、決意とメンタルは強化鋼になって帰ってきた。自然と頑張ろうという気持ちが湧いてくる。
たった一言でやる気になるなんて、我ながら単純だと思う。でも良いじゃないか。嬉しいのだから。
やる気に満ち溢れる俺を、少女とその父親が不思議そうな目で見つめていた。
「じゃあ、行ってくるね」
最後に宿の方を向いてお別れの挨拶をする。
そして宿の前に停めておいてもらった土クジラ車に乗って出発した。
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