15.ストーカー
*
一切の音が消えたような錯覚に陥る部屋に、1000を超える魔物が集まっていた。
種族や階級はバラバラ。本来なら交わることの無いであろう者達がそこにはいる。
「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます」
紺色の修道服を着こなした女性が、ベールを揺らしながら部屋に入ってきた。
その顔は驚くほどに整っており、周囲からの注目を一身に浴びている。
「今日の緊急収集の理由は、皆さんもご存知のようにナバラ様の魔界追放です。もうわたくしはあの無能な魔王共への怒りを抑えきれません。今後のことについて話し合いましょう」
鈴のように透き通っており、それでいて気高い。そんな彼女の静かな怒りのこもった声に、賛同の声があがる。
口々に、部屋には議論の声が飛び交った。
「皆さん、静粛に」
その喧騒も、彼女の一言で無かったように収まる。
女は、見る者が思わず魅入ってしまうほどに美しい笑みを浮かべた。
綺麗で、美しく、恐ろしいーー
「わたくしに考えがあります」
彼女の名はマリア。
異例の若さでアラクネ族の族長に成り上がり、名声を欲しいままにしている、驚異の天才。
魔界、序列73位男爵ーーマリア・バロネス。
彼女の目的はただ一つ。
"ナバラの妻"という地位。
そのためならどんな手段も厭わない。
まさに、脅威の天才。
ナバラ教が今、動き出した。
ナバラは、天才である。
魔界では血筋によって差別され、その才能は評価されなかったが、実際は大抵のことを完璧にこなせるオールマイティマンである。
しかし、けなされて育ったせいか、ナバラ自身は自分のことをいたって普通、いや、落ちこぼれだと認識している。
まさに「無自覚の天才」なのだ。
そんなナバラの弱みを探す者も多いのだが、それは見つかっていない。
だが、見つかっていないだけで実際はあるのだ。
「ひぃえぇぇぇぇ」
ナバラが、それ(・・)を見た瞬間、気絶した。
真っ青になって、意識を失ってしまったのである。
「えっ、ナバラ!?」
「ナバラー?」
本人も無自覚の天才、ナバラ・コーリスの弱点は……。
「これは……蜘蛛?」
「蜘蛛」だった。
「ナバラ様、おはようございます!」
「おお、おはよう」
俺は、のんびりと村を歩いて、自由を謳歌していた。
いや、最近は人口(魔物だから魔口かな?)が増えてきているから、街の方が良いかも。
「ナバラー! おはよー」
「……ふぁ」
ユアナが俺に向かって飛び付いてくる。それを受け止めながらシノブの方に目を向けると、シノブはまだ寝ぼけているようだった。
「よく眠れていないのか?」
「大丈夫だ……すぅ」
一言だけ答えると、立ったまま眠り始めてしまった。すごいバランス感覚だ。
とりあえずシノブの部屋に運んでおこう。
シノブを抱えながらユアナと話す。最近はゆっくり話せていなかったから、貴重な時間だ。
「おはよう、ユアナ。今日は街に行こうと思うんだが、一緒に来るか?」
「うん、着いてくー! シノブはー?」
「うーん、置いてくか?」
俺は、腕の中で爆睡するシノブを見やった。起きる様子は全く無い。
「うーん、不眠症かな?」
俺もそんな時期があったなぁ。なんて頷いていると、ユアナか重大情報を教えてくれた。
「ユアナ知ってる! シノブね、夜なんかしてるー。この間たたかってた!」
「戦う……? って誰と?」
「うーん、知らないっ!」
侵入者か?いやでもそれなら結界に引っかかるはずだ。じゃあ鍛錬かな?でもそれって夜じゃなくても良くない?
「うーん……」
まあ、とにかくシノブの睡眠不足の原因はそれで間違い無いだろう。
後でシノブにもしっかり睡眠を取るように言っておこう。
「失礼します」
女性の部屋に入るのは抵抗があったが、シノブをベッドに寝かせ無いといけない。そう、仕方がないことなのだ。うん、だからこれは不可抗力!
少しドキドキしながらドアを開ける。
「うぉっ」
すると、巨大な丸太が俺に向かってきたので慌てて避ける。コンマ0.3秒後、俺の軌道上にあった壁に大穴が空いた。
「だいじょぶ?」
ユアナは知っていたらしく、しっかり安全圏に避難していた。
「先に言えよ」
「んー、なんか面白そうだった! ナバラならダイジョブ!」
「危うく死ぬとこだった……」
仲間の罠にかかって死ぬなんてマジでシャレにならん。
そもそも俺に抱えられているシノブも危なかった。
「なんというか、とても……強そう?」
シノブの部屋は、壁中にびっしりとクナイやシュリケン(最近シノブに名前を教えてもらった)が飾ってあった。
さらに机の1つが火薬調合用に魔改造されている。下手に触ったら家ごと吹っ飛びそうで怖い。
でも俺は女性、というか自分以外の者のプライベートな部屋に入ったことがないから、みんなそんなものなのかな。と納得する。
「しっかり睡眠を取るんだぞ」
シノブをベッドに置いて、ついでに疲労回復の魔法もかけておいた。無いよりはマシだろう。
と、思ったら、魔法をかけた途端にシノブが起きた。思った以上に効き目があったらしい。
この魔法は、四天王時代に多用にした物で、当時は大変お世話になった。これがあれば、寝なくても働けるのである!
「おはよう、シノブ」
「おはよ……ッきゃあ!」
思っていたよりも可愛い反応をされた。てっきりクナイでも投げてくるかと思ったのに。
と、思ったらシュリケンが飛んできた。
「あああ、いや、何もしてないから。本当に」
慌てて両手をあげて降参のポーズを取る。その間にもシュリケンとクナイが大量に飛んできた。
「じゃあ、目覚めたようだし、失礼しま……」
「おい、ちょっと待て。しっかり説明しろ」
「はい……」
説明と言っても何も、シノブが眠ってしまったのを運んだだけなのに。何も悪いことしてないはずなのに……。
「えっ!? そ、そうなの……。それは済まなかった」
「大丈夫だ。それよりも、ユアナからシノブが夜に何かしているとの情報を貰ったんだけど」
「ああ、それはな……」
どうやら下級の悪魔が毎晩夢に侵入してきて良く眠れないらしい。何度追い払っても懲りずに出てくるため、戦わざるを得ないそうだ。
最近は現実で戦っているらしい。
「しかもやけに強いから……現実で戦っても勝てるか怪しい。べ、別に勝てないわけじゃ無いけどな」
本来、悪魔、特に下級の者となると自分の領域でないと戦闘力は0では無いけど下級の魔物と等しいくらいになる。もし現実でも戦えるとすれば……。
「もしかして、そいつザラって名乗っていなかった?」
おそらくザラダナさんで間違い無いと思う。
「何故知ってる。お前の知り合いか」
「知り合いって言うか……。何だろうね」
俺も何なのか分からない。きっと敵では無いと信じたい。まあ、今回のことはあの人達のことだからイタズラでしょう。
あの方々のことを考えても理解不能なので、思考放棄するに限る。イタズラということで納得していると、
「はぁい。呼んだかしらぁ?」
「ちょっとダバ!」
背後からやけに艶めかしい声と焦っている声が聞こえてきた。
この相手に一切の確認も無く突然訪ねてくる自由さは……
「あっ、お前は毎晩侵入してくる……!」
「あ、はい。どうも……」
シノブがザラダナさんを見て驚きの声をあげる。やはりシノブの夢に侵入していたのはザラダナさんで間違い無かったようだ。
「こんにちは、ザラダナさん、ダバラガさん。今日はどのようなご用件で?」
「用事なんて無いわよぉ。お友達のところに遊びにきただけじゃない」
どうやらダバラガさんの中では俺は友達扱いらしい。後ろでザラダナさんも頷いていたので、彼女もそういう認識のようだ。
「で、ザラダナさん……」
「ザラダナって呼んでください。友達でしょう?」
「いや、流石にそれは……」
敬称でお二方の名前を呼ぶと、ダバラガさんに凄みのある笑顔で敬称を外すように言われた。こちらとしても嬉しいのだが、流石に呼び捨ては抵抗がある。
四天王時代なら許されたかもしれないが、今の俺はただの追放された鬼人だ。
対する2人は一族のトップ。さすがに呼び捨てはヤバいんじゃないか。
今のさん付けでもかなりギリギリなのだ、これ以上はアウトである。
「うーん、まあ、良いでしょう」
ザラダナさんは、不満なようだが、しぶしぶ許してくれた。
「ザラダナさん。どうしてシノブの夢に?」
「少し面白そうだと思いまして」
話を聞くと、シノブの性格はなかなか見ないらしく興味を持ったらしい。
真面目に見えてもザラダナさんもしっかり悪魔なんだな。と思った。
「シノブってそんなに珍しいんですか?」
俺がなんの気無しに質問すると、ザラダナさんの目がキラリと光った気がした。
あ、ヤバいと思ってももう遅い。
「分かりますか! このシノブちゃんの面白さを!!」
ザラダナさんが物凄い興奮気味に話しかけてきた。驚くほどに整った顔が目の前にきてびっくりする。
「あ、え」
「ふふふっ。シノブちゃんは普段は里の教えに倣って忍者らしくなれるように頑張っているんだよ! でも実際はとても純粋で可愛いんだ! そのギャップが素晴らしい! 尊い! ふふふふふ……」
……シノブさん、ご愁傷様です。
ザラダナさんの態度が完全に推しを崇拝する人のそれだよ。いや、夢に侵入している時点でストーカーと言っても過言では無い気がする。
ダバラガさんも呆れているし、ザラダナさんの意外な一面を見つけたね。
シノブは完全に引いてるけど。
その間にもザラダナさんの推しトークは続く。
「でもね、シノブちゃんは何をしてもそっけないんだよ。最近は入っただけで攻撃されるんだ」
ヤバい。シノブの顔からどんどん血の気が引いてきている。早く止めた方が良い。
「ザラダナさん、そこら辺で……」
「ナバラ様もそう思いますよね!」
止めようと声をかけたら、満面の笑みで同意を求められてしまった。
「シノブが美人なのは分かるけど、あんまりやり過ぎると嫌われますよ」
俺はここで変なことを言ってシノブの機嫌を損ねるほどアホじゃ無いのだ。
事実、シノブはかなりの美少女だと思う。普段は物凄いしかめっ面だが、時折見せる優しい表情が思わず見惚れるほど綺麗なのだ。
あと50歳若かったら惚れてたかも。
この時それを聞いたシノブが真っ赤になっているのだが、ナバラは全く気がついていない。
「ごめんねぇ。ザラってば、最近シノブちゃんにご執心なのよ」
「まあ、本人達の問題なんで。後はシノブとザラダナさんでお願いします」
必殺・丸投げ! そもそも俺は関係ない。いろいろ複雑そうでめんどう……本人達にしか分からないだろうから! うん、頑張れ!
「え、ちょっ……」
「ありがとございます!」
シノブが何か言いかけていたが、まあ気にしないで良いだろう。
後でシノブに結界の魔法を教えてあげようと思ったナバラなのだった。
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