10.和解
「さっさと起きなさい。このカスが」
「うえっ!?」
唐突な暴言で目が覚めた。
慌てて起き上がろうとすると、いかにも不機嫌そうな女の顔にぶつかりそうになる。
「フンッ」
全身の筋肉をフル稼働してギリギリで止まると、目の前の女が偉そうに鼻を鳴らした。
必死で状況を整理する。
えーっと、目の前にいる女は出会うなり攻撃を仕掛けてきた異常者。最後のヤバい爆発は防いだから街は無事。ユアナは……ユアナは!?
「ユアナ!?」
起きあがろうとするが、体から力が抜けてしまって動けない。
そのまま後ろに倒れ込むが、何か柔らかいものに受け止められた。
そして目の前に現れるのは豊かな谷間……おっと、何でもない。
さっきから薄々気がついていたが、もしかしてこの状況は……
「ナバラおきたー! シノブにひざまくらしてもらってたんだなー」
「ユアナ!」
俺の人生初の膝枕。その感慨に浸る間も無くユアナがやってきた。
柔らかい太ももに埋もれたままユアナの様子を観察するが、傷ひとつ無く元気そうだ。それで、さっきからこの女を警戒する様子がないのが気になる。
「ユアナ、今がどういう状況か説明してくれないか?」
「りょーかい! うーんとね、シノブはニンジャ! テキちがう!」
うん。全く分からん!
つまり、どういうことだ? まずシノブって誰?
「私が説明しよう」
頭上で声がした。相変わらず偉そうだ。
俺が少しイラッとしているのに気がついたのか、ユアナが慌ててフォローを入れる。
「シノブは間違えててナバラをコウゲキしちゃったから恥ずかしいんだよー。ナバラが寝てるときときオチコんでだ!」
フォローになっていない気がする。女の方も肩が小刻みに震えているし。多分怒ってるよこれ。
「あれ? なんかダメだった?」
全く空気を読まないユアナでもこの沈黙に気がついたようだ。原因は分かっていないようだが。
女ーーシノブだっけ?。も顔を真っ赤にして怒って……あれ? 怒ってない?
「み、見ないで……」
なんとシノブは、顔を真っ赤にして羞恥心に耐えていたのだ。
まさか……シノブさんってそういう感じなの!?
ツンデレ……ではないか。ツンツンしてるけど実は裏でめっちゃ気にするタイプの子だったりする?
ヤダ! カワイイ!!
ちなみにだが、俺は普通に70年は生きているため、別にこんな若い子に欲情したりとかはない。
たまに200歳を超えても平然と若い女の子を追いかけているやつもいるが、俺はそういうのじゃない。言うならば、幼子を見ているような感覚なのだ。
「え、えーと。私が説明する」
羞恥心を無事に乗り越えたシノブが説明をしてくれる。
シノブは、ここから遥か東にある『閉塞国家カラブガギ』の出身らしい。しかもただの国民では無く、何でも「ニンジャ」とかいう組織の長の娘だったとか。
それでこの国にやってきた理由がーー
「あの国は終わっている。技術も進んでいないし、考え方が古い」
とかで、家出してきたらしい。
それで商人になってこの街で暮らしていた時に、尋常じゃない覇気の鬼を見て退治しようとした、ということだ。
何でもあちらの鬼は凶暴だったらしくて凄い警戒されたが、頑張って誤解は解いた。というか俺が気絶している間にユアナが説明してくれた。
「いや、お前も魔族だろ」
ユアナによるとシノブも魔族らしいので、鬼ってだけで倒されるのは納得いかない。
俺が不満げにツッコミを入れるとーー
「何を言っている。私は魔族じゃ無い」
なんと真正面から否定された。眉間にシワを寄せてものすごく不満げだ。
「え? 違うの? ユアナ」
「うーん、よくみると……。ナバラよりマゾクの血うすいような……?」
俺よりも血が薄い?もしかしたら先祖に魔族がいるとかか。それならシノブが知らないのも無理ない。
魔族は敵とみなされることが多いため、周りに公表されることは少ないのだ。
「よく分からないけど、お父さんから先祖に妖怪がいたっていう話は聞いたことがある。でも、私の国では珍しいことでは無かった」
妖怪か。あー、あれね。
妖怪と魔族は似たようなものなのだが、大きく違う点が一つある。
魔族は魔素溜まりから生まれ、基本的には人間を害する存在だ。
しかし、妖怪は人々の信仰ーー天災への恐れや崇拝など。が魔素によって実体化したものである。そのため、時には人間の守り神になる事もある。
「んじゃまあそういうことで。誤解は解けたようだし。さようなら」
シノブも色々忙しいだろうし、迷惑かけないようにしないと。
本音を言うと、シノブはかなり眼光が鋭い上にいきなり攻撃してきたから少し怖いのだ。なんだかずっと睨まれている気がする。
「ちょっと待て!」
「ぐぇ」
帰ろうとした俺の服の首元をシノブがガシッと掴む。強く引っ張りすぎて首が絞まっている。
「な、何でしょうか……」
俺が恐る恐る尋ねると、シノブは俺の首をさらにキツく絞めながら言った。
「お前、オニだろ。魔物が街を歩いているのなんて見過ごせない。しかもこんな大きな覇気のオニだぞ」
あはは、やっぱ見逃してくれませんかね。いやー、バレないうちに帰ろうと思ったんだけど。
「あははは……」
「あはははじゃない。しっかり説明しろ」
ということで、俺たちのことを根掘り葉掘り話させられることになったのだった。
もちろん四天王ということやユアナの血筋は隠し通して、一応大体のことを話した。本当はそんなに丁寧に話すつもりは無かったのだが、シノブの視線が怖くてほとんど話してしまった。
「そうか、その覇気は鬼人だったからか。てっきり自我のない悪鬼だと思っていた」
無事に誤解が解けたようで良かった。鬼人は一応上位種族に分類されるため、そこそこ魔力量が多いのだ。上位種族だからと言って覇気があるわけでは無いのだが、そこはバレていないので良しとしよう。
「そう言えばシノブは仕事に戻らなくて良いのか?」
完全に忘れていたが、店の方は大丈夫なのだろうか。簡易的な屋台のような感じだったし、そのままにしておいて平気なのか。
「ああ、あれはユアナの花に食べられた」
「あははは、ごめんナバラ。お花ちゃんが食べちゃった」
ユアナが渋々と言ったように説明する。
さっきからあまり目を合わせてくれなかったのはこのせいだったようだ。
「えっ。それは申し訳ございませんでした。すぐに代替品を……」
「何で敬語になったの?」
「けーごになったの?」
魔界で謝りまくっていた時の名残りでつい変な対応をしてしまった。いや、間違ってはいないんだけどね。
「大丈夫。元々自分で作った物だし、家とかも持っていないからそんなに金も必要ない」
なんとあの店は自分で作った物だったらしい。悪いことをしたな。
っていうか今、家無いって言った?
「家が無いって、今までどうしてたの?」
「野宿」
「シノブが?」
驚きのあまりシノブを2度見してしまい、すごく冷たい目で見られた。
見た目はどう見ても17.18歳くらい。ちょうど人間で言えば俺の孫くらいの年齢だな。孫なんていないけど。
見た感じ強そうだし、覇気もすごいけど、流石に一人で野宿は危ない気がする。
「シノブ。俺が店を壊してしまったんだし、君の住む場所くらいは用意するよ」
俺達がお世話になっている宿屋で良いかな。あそこなら安全だし、ここからも近いしね。
「大丈夫。問題な……い」
シノブが突然苦しそうに喘ぎだした。なんだか顔色も悪い。
そう言えばさっき戦ったばかりなんだっけ。ユアナと俺は丈夫だけど、シノブは生身の人間だからかなりダメージを受けているんじゃないかな。
「ナバラー。シノブ、脇腹ケガしてるー。ぜんしんキンニクツー」
ユアナが親切に教えてくれる。脇腹って人間にとっては致命傷じゃなかったっけ。確か太い血管が通っているとか。
「うん。宿まで運ぼう」
ユアナと協力して宿まで運んだ。何かあったらすぐに対応できるように、部屋は隣にしてある。
「ユアナ。治癒魔法頼めるか?無理そうなら俺がやるけど」
「やるー!」
ユアナは属性が命のため、治癒魔法を発動するときに術式の構築が必要ない。俺は命属性でないから、少し手間がかかって面倒なのだ。
ユアナに任せたら、1秒にも満たぬ間に治療してくれた。俺だとそうはいかないため、とても羨ましい。
「ありがとう。ユアナ」
シノブの顔色も良くなっているし、多分大丈夫だろう。きっとゆっくりしていれば治る。
「ナバラー。お腹すいた!」
「そうか、もう暗くなってきているもんな。夕飯にするか」
今日の夕飯はヤルバデナの肉の甘辛ソース炒めだ。旨味たっぷりの柔らかい肉に、トロトロの甘辛いソースが……ヤバイ。涎が出てきた。
「シノブの分も用意するからな。しっかり食べろよ」
「……」
「シノブ寝てるー」
シノブの方を見ると、すやすやと寝息を立てて眠っていた。さっきまでの怖かった顔が嘘のように柔らかい表情をしている。
「ユアナ、静かにな」
「しー」
俺たちは、音を立てないようにそーっと部屋から出たのだった。
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