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9.シノブ

「ふんふふーん」


 すこぶる機嫌の良いユアナがべっこう飴飴片手に俺の前をスキップで動きまわる。


 あの後は大変だった。

 どうやら虎の尾を踏んでしまったらしい俺は、羞恥心のままに殴りかかってくるユアナを必死でなだめたのだ。


 結局俺がべっこう飴を買ってやるという条件で俺との一方的な戦いは終わった。


「ナバラ、アレも買って!」


 完全に味を占めた様子のユアナがあれこれ買ってもらおうとしている。


「ダメ。うちはなんでも買ってやれるほど余裕がないんだ」


「むぅ。じゃあ、最後にアレだけ! アレで終わり!」


「ダメに決まっているだ……は」


 ユアナの指差す屋台を横目で見た瞬間、かなり久しぶりに覇気(プレッシャー)に襲われた。魔王様ほどではないが、人間の中では珍しい覇気(プレッシャー)の強さだ。


「ん?」


 ユアナを抱えてさりげなくそこから離れる。そしてその覇気の主をじっと観察した。


 各地を渡る商人のような装いをしているが、体つきが完全にそれとは違う。

 あれは戦いを生業とする、騎士や剣士、それもかなり強い者の体だ。


 けれども、それはあり得ない。あの覇気(プレッシャー)には少しだが闇属性が混じっているのだ。

 騎士や剣士が所属するこの国の王国騎士団は、聖教会が運営している。

 そして聖教会は闇属性を目の敵にしているため、その属性の者は王国騎士団にいないのだ。ありえるとしたら、どこにも所属していない剣士や冒険者しかない。


「ナバラー、あの人ニンゲンじゃないよー」


 どうやら血を読んだらしいユアナが忠告してくれる。


「ちなみに種族とかは?」


「んー、シュゾクは知らないけどー。

ナバラと血にてるー。んーとね、マゾクだっけ?」


 魔族か、上位の者ならこの覇気も納得だな。

 人型、もしくはそれに変幻できる種族はそう多くない。ましてや、これだけの覇気を出せる上位種なんて、本当に雀の涙ほどしかいないのだ。


「ありがとな、ユアナ」 


「どーいたしまして、ふふん」


 ユアナのスキルはまだあまり沢山の種族に会ったことがないため精度は低いが、今の段階でもなかなか優秀である。

 最近はこれのせいで出会った生き物の血を読んでしまうという、おかしな癖がついてしまったのだが。


「ユアナ、絶対にあの人を見たらダメだぞ」


「分かったー! ユアナはナニも見ていません。なーんにも見ていません!」


「声が大きい! しー……あ」


 慌ててユアナを注意した後、俺は視線が集まっていることに気がつく。


「えーと、すみません」


 ユアナと一緒に謝り、そそくさと立ち去ろうとする。そこで、謎の違和感を覚えた。


 前にもこんなことあったよな。

確か……魔王様を襲う主撃者が魔法攻撃を仕掛けてきた時だ。魔法攻撃が来る!ヤバい!


「アプサリュート・モーリット!」


  急いで呪文を詠唱する。

俺とユアナ、それに違和感の主を除いた街の人達が結界の外へ押し出された。

 魔法盾(マジックシールド)も出して、ユアナと俺を攻撃から守る。


 その直後ーー


「うおっ。思っていたより威力大きいな」


 魔法による大爆発が起こり、街の石畳みを破壊する。

 だが急いで魔法結界を張ったため、被害は結界の中だけにとどまった。

 

 この結界は風の魔法で、結界の中と外の全てのものを干渉させない。これで街の人は安全だ。


「ユアナ、ちょっと魔法かけるぞ」


「んー、分かったー」


 ユアナに無呼吸の魔法をかける。

俺などの魔族は酸素が必要ないが、ユアナは鳥人なため酸欠で死んでしまう。

 結界内では外との循環が一切(・・)行われない。これがこの魔法の欠点だ。


「さて。ユアナ、コイツの強さは分かるな?」


「んー、ナバラよりは弱いけどー、ユアナよりは強ーい! ユアナ下がってるー」


「そうだ。ユアナは後ろで見ててくれ」


 ユアナを下がらせてから違和感の主へと

向き合う。


「おい、これはどういうことだ」


 話している間に、爆発による土埃が晴れて、だんだんその姿が露わになってくる。


「どういうこと? それはこっちのセリフだ。薄汚い魔物風情が」





 そこに立っていたのは、小型のナイフのような物を大量に構えた、奇妙な女だった。


「おわっ」


 女が物凄いスピードで動き回る。まるで、女が何人もいるようだ。

 

「お前が危険なことは分かっている。さっさと正体を表しなさい」


 誰かと間違えられている気がする。この女に見覚えもなければ、危険人物扱いされる覚えもない。


 別に倒そうと思えばすぐにできるのだが、なんだか人違いしているようだからそんなわけにもいかない。

 ユアナの時みたいに雷も落とせそうにないな。どうにか動きを止める方法はないだろうか。


 その時、視界の角でユアナが手を振っているのが見えた。よく見ると、口がパクパクしている。

 

『ナバラ、アレやる?』


『そうだな、やるか、アレ』


 口パクで返事を返すと、俺達は準備に取り掛かった。こんな時の為に準備してきた秘策があるのだ。


「ふっふっふ、俺の正体を見破るとはなかなかやるな」

 

 とりあえず俺はユアナの準備が整うまでの時間稼ぎだ。俺が悪者だということにして全力で演技しよう。


「なっ、やっぱりお前はオニなのか」


 驚いた様子の女がナイフのような物を3連続で投げてくる。それを避けながら、俺は心の中で物凄ーーーく驚いていた。


 なんでみんな俺が鬼だって分かるの!?


 今まで俺の正体が見破られたことはなかったのだが、ユアナに続きこうポンポンとバレると自信を失うというか何というか……。普通にバレる人にはにはバレることが分かった。


 角も隠しているし、鑑定のスキル対策はしてるはずなのに何でだろう?


 もし鑑定のスキル持ちだとして、俺もユアナもしっかり鑑定対策の装身具を身につけている。並大抵の鑑定スキルでは分からないはずだ。

 いや、でもユアナみたいな鑑定の上位スキル持ちっていう可能性もあるしな。


 ギルドマスターに聞いて判明したことだが、ユアナのスキル『血液検査』は『鑑定』の上位互換らしい。なかなか見ないレアスキルらしく、とても驚いていた。


『じゅんびオッケーだよ!』


『それじゃあ、やるぞ。3.2.い』


「どっかーん!」


「まだカウント終わってない!」


 カウントを完全に無視して術式を発動するユアナに続いて、慌てて魔法を放つ。


硬質化(ハーデニングス)!」


「なっ」


 地面から大量の触手が生えて来て、戦闘体制になっていた女を絡めとる。

 これが俺達の秘策だ。必殺っ、巨大花!

若干見掛け倒しなところはあるけど、一応戦えるし、相手を威圧できるのだ。

 女は刃を触手に向けて暴れるが、硬質化の効果で傷一つ付けることができない。


「ふっふっふ、俺の力に屈したか。今なら見逃してやる、さっさと俺の前から消えろ」


 そして俺の悪者っぽいセリフ!さあ立ち去れ!いなくなってくれ!


 顔では邪悪で余裕のある笑みを浮かべているが、内心ヒヤヒヤだ。できれば殺したくないし、立ち去ってくれるとありがたい。


「くっ、ここまでか……」


「さっさっと俺の前から消えろ!」


 お願いします、帰ってください。人違いです。


 心の中では全力土下座中だ。


 ついに女が殺気を仕舞い、ナイフのように厳しかった眼光を緩めた。ユアナが触手の拘束を解く。

 よしっ、やった!帰ってくれる!


「わ…とて、び」


「ん?何か言ったか?」


「私とて忍び! ここで諦める訳にはいかない!」


 女は突然叫ぶなり、すごい勢いで俺に向かって来た。手にはさっきまで無かった丸い球を持っている。


「ええっ」


 そこは帰るところでしょう!なんで向かって来るの!


「煙幕っ!」


 女が球を俺に向かって投げつけると、視界が白い煙に覆われた。

 この白い煙に長年の経験で培われた俺の危険察知センサーがビンビン反応している。なんだか涙も止まらない。これ、多分吸い込んだらヤバいやつだ。


「まあ、俺息吸わなくても平気だけど」


 魔族は体が魔素で出来ているため、その魔族自身の魔力が完全に尽きない限り生きることができる。最悪の場合、空気中の魔素を取り込むことも可能なため、死が訪れることはほぼないのだ。


「んなっ、効いていないだと。あれには唐辛子と痺れ薬が入っているはずなのに……」


 俺が全くダメージを受けておらず驚いている女が、その拍子に煙幕の正体を漏らしてしまっている。

 

 目が痛かったのはトウガラシのせいか。トウガラシと痺れ薬とか怖すぎだろ! マジで吸い込まなくて良かったー!


「ではこれはどうだ! 眠り薬と胡椒のスペシャルブレンド!」


「ふっ、効かぬな」


 また何か投げつけてきたが、悪役らしく避けずにどっしりと構えておく。正直に言うと、さっきから眼球が痛い。


「次はこれ! 砂と幻覚作用剤!」


「いてっ。ふっ、効かぬな」


 もはや楽しくなってきた。ちなみに砂がモロに目に入ってめちゃくちゃ痛い。


「もうこれしかない……」


 女が苦し紛れに最後の弾を投げつけてくる。今までのと違って俺の頭くらいの大きさがある。


「ふっ、そんな物効かぬぞ」


「特大爆弾っ!」


「えっ、ちょっと待って!」


 女が投げた特大爆弾が、シュウゥゥゥという不吉な音を立てて近づいてくる。大きさから推測して、威力はこの地区一帯を軽く吹き飛ばすくらいだ。かなりまずい。


 どうにか爆発させない方法はないのか、火を消す?いや、今からじゃ間に合わない。周りを囲むとか……あっ、アレがある。


 周りを見渡してユアナと女が俺から遠い位置にいることを確認する。2人ともしっかり結界の端ギリギリにいた。


「さて、」


 ここから先は俺の人生で初めての試みだ。どうなるか分からない。だが、やるしかない。


 俺は石畳が剥がれ落ちて土が剥き出しになった道に跪いた。両手を地面にかざす。


「ーー風を司りし風神様よ、我に力をお貸しください。アラッティーヤ・デセボルド」


 俺の持っている魔力を全て絞り出し、さらに足りない分は空気中の魔素も使った。

 それでもどんどん魔力が取られていく。

やがて魔法陣が浮かび上がり、それっきり魔力は流れて行かなくなった。


「発動、『多重結界』。神様、俺の仲間を守ってください」


 丁寧に構築した術式が完成し、発動される。そして、俺を中心とした半径5mーー

しっかり範囲内に爆弾はある。にもう一つ結界が出来上がった。


 そしてその直後ーー


「ドッガァァァーーン」


 爆弾が、大きな音と光を出しながら爆ぜる。だが、幸いにも結界のお陰で結界の外側での被害は出なかった。


 外側(・・)は。



 (成功、し、た……)


視界の右側が真っ赤に染まっている。右目がやられた。何も見えない、何も聞こえない。

 結界はギリギリ張れた、と思う。俺は爆発に巻き込まれるが、きっと後はユアナが何とかしてくれるだろう。


 残された左目の僅かな視界で爆発が収まったことを確認した俺は、安堵しながら意識を手放した。



「グァっ……」


 唐突に猛烈な吐き気を感じる。地面に膝を突きそうになるのを堪え、シノブはその原因を探した。


 この吐き気の原因は、膨大な覇気(プレッシャー)にあてられたことだ。


  シノブは『遙かなる東国』の名で呼ばれ、他国との一切の交流を絶っている『閉塞(へいそく)国家カラブガギ』の出身だ。

 家は代々続く忍者の家系。幼い頃から忍びの里にて忍術を叩き込まれた。

 そのため、強者の気配(プレッシャー)に敏感なのである。


 その時、鋭い視線を感じた。なんだか観察されているよなジトッとした眼差しだ。

 バレないようにその視線の主を盗み見る。


「うっ……」


 見た瞬間、またあの吐き気に襲われた。覇気(プレッシャー)の主はあの、幼い少女を腕に抱いた男のようだ。こちらを見て何か話している。


「分かったー! ユアナはナニも見ていません。なーんにも見ていません!」


 その時、明るい少女の声が街に響きたい渡った。おそらくあの男に抱かれた少女である。


「声が大きい! しー……あ」


 男の方が慌てて少女を止めている。だが、街中の視線が集中してまっていて気まずそうだ。

 

「えーと、すみません」


 男が立ち去るのを見送ろうとして気がつく。


 あの男、魔族、しかもオニだ。


 オニは凶暴な性格で知られており、見境なく人を襲う。このままだと街の人が危ない!


「ーー空間爆(はぜろ)


 おそらくあの男の力量だとこの爆発も防がれてしまう。でも足止めになればーー


 なけなしの魔力を使って爆発の魔法を発動する。もちろん、周りに被害が出ないように配慮した位置だ。


「アプサリュート・モーリット!」


 だがそれは男の張った結界で防がれてしまう。慌てて次の攻撃の準備をした。そして同時に男の力量に驚いていた。


 魔法結界を出すのに1秒もかかっていなかった。しかも同時に魔法盾(マジックシールド)も出している。あり得ない。常識外れだ。


 シノブは、クナイを用意して戦いの準備を始めた。それこそ、命を懸ける覚悟で、


 だが、彼女は大きな思い違いをしていた。それはそのうち分かるのだが、その時は知るよしもなく、これから始まる戦いに身震いをしていたのだった。



読んでいただきありがとうございました!

少しでも良いと思ってもらえたら、ブクマ、↓の☆お願いします!

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