表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

封筒

作者: 太田 葵

筆者は15歳高校生です

ガチャ…


ネジの緩んだ蝶番が軋み、秋晴れの空気の中を波となって伝わる。


10月もまだ始まったばかりだというのに肌寒さを感じる。

今日という日は突然に現れた訳ではない。



小さい頃に母を亡くし、父親に男で一つで育てられてきた。

周りにはそう言っている。


はたから見ればいい父親かもしれない。


私はそうは思わない。


小学校1年生の時から父親と2人きりの生活だった。


母が亡くなるまでは楽しかった。


共働きだったが、小さいながらにも事情は理解し、寂しさも我慢した。


父親は帰りが遅く、ほとんど顔を見たことはなかった。


そして母が亡くなり、今に至る。



父親と二人暮らしと言っても、実際には一人暮らしだ。


毎週日曜日に台所に封筒が置かれている。


生活費、光熱費、水道代だろう。父親が置いていくものだ。


無論、封筒を置いていく父の姿さえ見たことがなかった。

いや、見たくもなかった。


今日、家出を決意したのには理由がある。

母親の十周忌だ。


母親が好きだった百合の花を持って墓参りを終えて、そのまま街を出る。


住み慣れた街を出ていくには原来、寂しさを伴うものなのだろうが、不気味なほどに赤く染まった空は、私にそれを感じさせないーー。



………筈だった。


墓前で手を合わせた後、ただ振り返っただけ。

それなのに、何故、何故、何故。


百合の花が既に置いてあった。


生活のための日用品を詰め込んだキャリーケースを片手に持ったまま、私は固まった。


この10年というもの封筒だけを置き続けた人。


その男が後ろに立っていた。


私はこんな奴を父親とは認めない。

そう思っていた。


「何よ、今更」


私は、たった1人の父親を拒絶することを選んだ。


何年も前に。


「ごめんな、今まで黙ってて」


男の口が開き、その言葉が私の耳に伝わる。


秋にしては冷え切った風邪が私の体を貫いていった。


その男は目を拭い、また私の顔を見た後、さっと何かを置いて行った。

そのまま回れ右をして、わざとなのか、少し大股で歩いて道を後にした。


拒絶したはずの男。それなのに私は何故かその後ろ姿をずっと眺めていた。

さっきの言葉を頭の中で反芻させながら…。


バサっと大きな羽音を立てて烏が私のそばを通った時、ふと我に返った。


「ごめんな、今まで黙ってて…」

この言葉の理解が追いつかない。


そして、私の前には封筒が落ちていた。


心なしかいつもよりも少し分厚い気がする。


中からは札が何枚か出てきた。それもいつもよりも多い。


しかし、今回はそれだけではなかった。


三つ折りの和紙も出てきた。


陽も落ちて、影が一段と長くなった中、その和紙を広げた。



〇〇へ


先に言わせてほしい。


本当にすまなかった。


この手紙を読んでいるということは私が君と会うことはもうないだろう。今までも会うことはなかったが、今回からは会うことがないというよりも、会えないという表現が正しいかな。


僕の妻、つまるところ君の母が亡くなってから10年が経つ。

この10年間君には大変な迷惑をかけた。

いつも仕事ばかりで家のことを気にかけてくれない最低な父親だった。


いや、そう演じていた。


実は、君が産まれて間もない頃、僕は病気にかかりずっと入院していたんだ。


簡単に言うと大腸癌だ。でも、当時は発見が早く、すぐに治ると言われていた。

そして、無事に手術は終わりようやく君の世話ができる事を楽しみにしていたんだ。


しかし、現実は残酷だ。


一年後の定期検査で癌の転移が見つかった。

ここから先は言うまでもない。


手術しては転移の繰り返し、気付けば身体は癌の巣になっていたんだ。


最初は妻の保険金で手術費を賄っていたが、そうもいかなくなった。君が大事だったからだよ。


それからは癌と戦うことをやめ、君の将来に少しでもお金を残せるよう、働きに出た。


君はきっと、私が仕事でいっぱいいっぱいで君の世話をしていないと思っていただろう?


それでよかったんだ。


君に心配をかけたくなかった。


私が死んだ時に悲しまなくてもいいように。


これが10年間、私が黙っていた事だ。


最期になるが、これだけは言わせてほしい。


こんな父親ですまなかった。

もっと君を近くで見守りたかった。

もっと君の成長を支えたかった。




その後も何か書いているようだが、涙で滲み読むことができなかった。


いや、読みたくなかった。


悔しかった、こんな自分が。


自分のこの10年間を全て否定したかった。


気づけば、私の頬を冷たいものが伝っていた。


ぼろぼろと、大きい粒が。




その後のことはあまり覚えていない。


でも、我に返った時には家の中にいた。


キャリーケースの中身も全て出し、ただ呆然としていた。


母の命日から3日が経ち、週末が明け、月曜日の朝が来た。


机の上にはもう封筒は置いていない。




昨夜、1人の男性が倒れているところを発見された。


家を訪ねてきた警察からそのことを聞いた。


特に驚きはしなかった。



それから一年が経ち、私は手紙を書いた。


少し高級な和紙を買い、近況報告といったところだろうか、そう言った事を書いた。


書き終えた後、和紙を三つ折りにし、封筒に詰める。


その封筒は心なしか、少し分厚かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ