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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
命の砂時計

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第2話

毎日21時更新予定です。

ひととおり最後まで書き終わりました。全部で107500字くらいです。ちょうど文庫本一冊ですねー。

これが最終章になります。

 大事な話があると健一郎を呼び出すと、すぐに向かうという返事が瞬時に帰ってきた。運良く国内の、さほど遠くないところにいたようだ。

 陽樹が沈み込んでいないことで、何かの手立てを見つけたのだと永井も気づいたらしい。健一郎が来てから説明をすると告げると、わかったと一言だけが返ってきた。

 健一郎が到着したのは夜になってからだったが、彼がこの用件を後回しにせずに、時間を気にすることもなく駆けつけてくれたことに陽樹は感謝した。


 既に夕食も片付いたリビングで紗代と陽樹がソファに並んで座り、その向かいに永井と健一郎が座る。ぴりりとした緊張感が辺りを支配したが、ここ最近かなり表情が穏やかになっていた紗代が険しい顔をしているのが一因だろう。


「陽樹から、ここの存続についての現状を一通り聞きました。健ちゃんも永井さんも、今まで私を守ってきてくれたんだね。……ありがとう」


「紗代と僕とで、今後どうすべきかを話し合ったんだ。このままここにずっといられるとは思えなくなったからね。結論から言うと、紗代は僕と一緒にここを出て、外で暮らすことを選んだ。それが彼女の命を守る一番の方法だと思う。僕は――僕と紗代は愛し合ってる。これからは僕が、紗代を守るよ」


「そうか。頑張れよ、陽樹」


「一時的な回避策にしかならないんじゃないのか。おまえは紗代よりほぼ確実に先に死ぬぞ」


 意を決して告げた一言だったが、永井と健一郎は揺るがなかった。平然としたふたりの様子に、陽樹は慌て、紗代は羞恥のあまりに俯く。


「えっ? なにそのあっさり具合。僕、紗代とのことは凄く思い詰めて打ち明けたんだけど」


「そう言われても、なあ……紗代の態度を見てれば、陽樹が特別だったのはとっくのとうにわかってたことだし」


「俺たちがそこまで鈍いと思われてたことが、むしろショックだ。中庭で抱き合ってたりしておいて今更」


「ああああああ! 永井くん、見てたの!?」


 健一郎と永井の呆れた様子に、陽樹は頭をかきむしって悶えた。陽樹からしての永井の目撃率があまりに普段低いせいで、食事の席以外では会わないものだと思い込んでいたのは確かだった。実際には陽樹には目の前の紗代しか見えていなかっただけで、永井は廊下のガラス越しにふたりのことを何度も見ていたらしい。


「さて陽樹、そろそろ復活して、俺たちに君の打つ手とやらを聞かせてもらおうか」


 健一郎に促され、陽樹は深呼吸して姿勢を正した。陽樹が考えた計画を一通り話し終わると、しばらく沈黙が落ちる。


「あまりにも危険じゃないのか……?」


 戸惑う永井の語尾が掠れた。


「俺は所長といえど医療の分野には全く詳しくないが、人間同士だって拒絶反応が起きることがあるだろう」


「いや、陽樹はそんな論法で止めても実行するな。可能性がある限り、低くても飛び込むつもりと見たね。そうだろう、陽樹」


 どちらかといえば計画には否定的らしい永井に比べて、健一郎は炯々(けいけい)とした眼光を陽樹に向けてくる。口元だけは笑っているがいつもの朗らかさはそこにはなく、生きてきた年月の分の食えなさが表れている。


「悪いけど、そもそも失敗すると思ってないからね。ふたりに相談したいのは、この計画を実行して紗代を無事に僕が連れ出すまで、僕たちだけではできない部分の協力者を紹介して欲しいからだ。具体的に言うと、中河内会長への説明と協力の取り付け、それと、僕たちの事情を打ち明けても問題が起きない医師と病院の選定」


 陽樹自身が被検体になる以上、他の医師の協力は不可欠だった。陽樹にはひとり心当たりがあったが、できれば健一郎のお墨付きをもらいたいところだ。


「医師と病院なあ……そこは高倉だろうな。高倉弘明(たかくらひろあき)、あいつなら協力してくれるはずだ。自前の病院もある」


「やっぱり。健さんの口からその名前が出てきて安心したよ」


 健一郎の口から高倉弘明の名前が出たことで、陽樹は胸を撫で下ろした。


 高倉弘明は陽樹の兄の同級生であり、陽樹の大学の先輩でもある。初めて会ったのは陽樹が高校に入学したばかりの頃で、永井と同じだけの付き合いがある人物だった。医師家系に生まれた厄介さを共有できる人物で、兄たちと同様にいろいろと相談に乗ってもらったりもした。

 ここに赴任してから知ったが、高倉家は明治初頭に貴種の保護に手を貸した家のひとつでもあり、中河内からみるとかなり時代は遡るが本家筋に当たる関係だ。今でもグループ企業は多く、中河内と同じく貴種の不老長寿研究に端を発して、医療分野を抱えてもいる。


 陽樹がこの職に就いてから、過去のデータの中に高倉弘明の名前を見たときには驚いた。かつてこのラボに勤務し、陽樹とも知人である関係。しかも健一郎と繋がりがあるならば尚更安心できる。


「確か、今は高倉で経営してる病院の副院長だよね」


 紗代が貴種であることを踏まえた上で、骨髄液の採取をするにはそれ相応の人員と設備が必要だ。全身麻酔になるから、麻酔科の医師がついていなくてはいけない。それはこの施設内だけで済ませられることではなかった。

 その後の陽樹への移植もある。高倉が経営する総合病院なら、全ての条件が揃っていた。


「高倉の頭領息子だからな、次期院長ってやつだ。永井が来る前の話だが一年だけここにいたこともあるぞ。確かあれは本人の希望だった。その後は病院勤務に戻ってるが、あいつのところなら貴種に理解もあるし、融通はきかせてくれるだろう。なにより、紗代にとって悪いことは決してしないはずだ」


 弘明のことだから、家ぐるみで貴種に関わりがある以上、自らの目で彼らの現状を確認したいと思ったに違いない。彼は真っ当な責任感と正義感を持ち、ほどほどに力を抜くことを知っているできた人物だ。


「よし、近いうちにアポを取って会いに行こう。僕も知り合いではあるけど、健さんも同席してくれるよね」


「もちろんだ。中河内のボウズ――じゃない、会長のところへも俺と永井が行こう。あっちもあっちで紗代のことを心配してるからな。これがうまくいけば諸々の心配事は一気に解消できる。悪い話ではないさ」


 永井も健一郎の言葉に頷いた。これで、協力者のことは問題なさそうだ。


「これがうまくいけば、私は自由になれるのね?」


「そうだよ。弘明さんもだけど、思ってたより君の周りには君を心配してる人がいる。良かったね」


 陽樹が腕を伸ばして紗代を抱きしめると、永井がわざとらしく咳払いをした。


「見せつけなくていい。そういうことは部屋でしろ」


「ははは、ごめんね」


 互いに軽口をたたけるのも、見通しが暗くないせいだ。

 微かだった光が、確かなものとなって紗代と陽樹の未来を照らし始めていた。


 健一郎から弘明に連絡を入れてもらうと、早々に会う約束をすることができた。顔を合わせたのは病院ではなく、料亭の個室だ。高倉の私邸でもなく、病院でもなければ誰かに気取られることもない。


「よっ、ふたりとも久しぶりだね。陽樹と健さんとはまた珍しい組み合わせだなあ。これは紗代のことでなにかあったかい?」


 弘明に会うのは数年振りだが、以前会ったときと比べてあまり歳をとった様子はなかった。陽樹の兄には白髪が目立ってきたが、彼にはそういう様子もない。激務にあるはずなのにくたびれた感じもなく、彼が何者かを知っていなければ、もっと気楽な職に就いているように見えただろう。人外の美貌とは言えないが、年齢不詳に感じるところがなんだか貴種じみている。


「話が早いな」


 面倒な挨拶抜きに弘明が核心に踏み込んできたので、健一郎は膝を打った。弘明は明るいけども、腹の底が読み切れないともいえる笑みを浮かべている。


「陽樹が中河内生化学研究所で働いてるというのは聞いていたからねえ。健さんから話があると言われて陽樹がついてくるなら、紗代絡みしかありえないだろう。それで? 早速話を聞こうか。まあ悪いようにはしないと思うから安心していいよ」


 促されて陽樹は紗代を取り巻く状況を打開するための計画を全て弘明に打ち明けた。弘明に協力を頼みたいのは、紗代からの骨髄液の採取と陽樹への移植だ。さすがにどちらもラボの医務室程度では設備が足りないことは弘明も周知の事実だ。

 うんうんと相槌を打ちながらそれを聞いていた弘明は、ぐい飲みに入った酒をあおって軽い調子で頷いて見せた。


「よし、わかった。ばっちり俺に任せておけ」


 あっさりとした言葉だが、弘明の目には力がある。彼は引き受けたことについては万難を排して完遂させる精神力と実力を持った男だと、陽樹も健一郎もわかっていた。

ここまで読んで下さってありがとうございます。

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