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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
ソライロアサガオ

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48/59

第12話

既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。

毎日21時更新予定です。

 陽樹を見上げる紗代は苦しげで、彼女の頬を涙が流れていた。そんな泣き顔すらも美しいが、陽樹の胸は締め付けられる。


「でも、苦しいから生きてるって実感できた。私は陽樹に会うまでは、生きてる実感がなかったの。陽樹が好きで苦しい。苦しいのは嫌だと思って怯えてたけど、苦しいのは悪いことばかりじゃないってさっき陽樹に言われて気づいた。

 ――苦しいくらい、陽樹のことが好き。苦しさごと全部、陽樹のことを愛してる」


 紗代が苦しむことを陽樹は恐れたはずなのに、紗代は自ら苦しみながら愛することを選んでいた。紗代に言わせてはいけないと思ったはずの言葉だったが、彼女の唇から紡がれたそれは、愛おしさに溢れていた。


「僕も好きだよ、紗代。君が苦しんでも僕を愛してくれたことが、僕は嬉しいんだ。酷い話だろう? 君を苦しませたくなかった。でも、僕も愛されたかった」


「酷くなんかない。私を見つけてくれて、側にいてくれて、誰かを好きになることを教えてくれたのはあなただから。私はひとりでずっと寂しかった。未来のことはわからないけど、あなたが来てからは寂しいなんてほとんど思わなくなって。今が、幸せ」


 互いの気持ちを通じ合わせて抱きしめ合うのは、とても不思議な感覚があった。確かな意思を持って自分の身体に回される華奢な腕、首筋に触れる柔らかな髪の感触、そして、「陽樹が好き」と告げた声。



 この声を覚えている。この髪を、目を、肌を――。



 足元がふわふわとして、目が回るようだった。紗代のいろいろな部分に触れる度に、新鮮な驚きよりも慣れ親しんだどこか懐かしい気持ちに胸が締め付けられる。

 キスを重ねるごとに、胸の中に散らばっていた絵柄のわからないジグソーパズルが組み上がっていくようだ。


 愛おしい。

 愛おしい。

 愛おしい。


 ひとつの言葉が胸の中で渦を巻いて、陽樹の胸の中をを狂おしく塗りつぶしていった。


「君に初めて会ったとき、酷く冷たい手をしてた……。温めてあげたいと、あの時思ったんだ。君が凍えないように、ずっと抱きしめていたい」


「こうしてて、ずっと。私を離さないで。陽樹が貴種なら、どんなに良かったかなあ」


 紗代の静かな言葉の中に、哀切な願いが見えた。詮無いこととわかっているはずなのに、紗代が深いため息と共に叶わない望みを口に上げる。初めから叶うはずもない願いは、ただ悲しい。


「僕がもし貴種だったら、君の兄か弟――そうでなくとも、かなりの近親に生まれた事は間違いないだろうね。君が生まれた時点で、繁殖が可能な貴種は恐ろしく少なかったはずだよ」


「わかってる。そうしたら本当に兄妹だったかもしれない。兄妹だったらよかったかなあ。生まれたときからずっと一緒にいられたから」


「それもいいかもしれないけど、兄妹だったら、恋愛はできなかったろうね。兄妹じゃなくても、ずっと側にいるよ。僕の命の限り」


 優しく紗代の髪を撫でると、紗代が胸にすり寄ってくる。その愛おしい温かさを感じながら陽樹は目を閉じ、考えた。


 その自分の命は、どれだけ紗代の側にいることを許してくれるだろうか。口には出さなかったが、やはり紗代と同じ貴種として側にいられたら良かったのにと思う。自分がいなくなってから、紗代がどれほどの時間を生きるのかを考えると胸が締め付けられた。




 いつもならば寝付いているはずの深夜に、陽樹は寝付けずにいた。

 紗代と想いを交わし合ったけれども、命の長さの違いという問題を思うと、胸に重石を詰めたような気持ちになるのだ。


 寝酒でも、と思って部屋を出てキッチンに向かって暗い廊下を歩いていると、所長室のドアの隙間から光が漏れていることに気づいた。

 日付はとうに変わっている。こんな遅くまで永井が仕事をしているということが驚きだった。

 もしかすると、居眠りをしてしまっているのかもしれないと思い、陽樹は控えめにドアをノックした。すぐに中からは永井の声が返ってきて、彼が起きていることがわかる。


「永井くん、こんな時間まで仕事してるのかい? 忙しいとは言ってたけど、これほどなんて思ってなかったよ」


「もう少し、今の考えがまとまったら、区切りをつけて寝る。心配させて悪いな」


 永井の顔には疲労の色が濃い。そういえば、同じ建物の中にいるのに以前よりも永井を見かける頻度が下がっていたことに陽樹は気づいた。それほどまでに根を詰めていることに気づいてやれなかったことが、友人として悔しい。


「コーヒーを淹れてこようか? お腹は空いてない?」


「小腹が空いてたんだ、助かる」


 永井が陽樹に頼ってくるのは比較的珍しい。それほど疲れているのだろう。

 陽樹はキッチンでカフェオレを淹れ、残っていたパンをトースターに入れた。キツネ色に焼き上がったトーストを食べやすいようにスティック状に切って、爽やかな酸味のオレンジマーマレードに蜂蜜を少し混ぜて塗る。

 それを持って所長室に戻ると、永井は陽樹に礼を言って夜食にさっそく齧り付き始めた。いつもよりも若干甘めのトーストが気に入ったのか、険しかった顔を緩めてサクサクという音を立てながら無言で食べきり、満足げにため息をついた。


「頭を使うと甘いものが効くな。ありがとう」


「僕も寝付けなくて、何か飲もうかと思って起きてきたところなんだ。ついでだったから気にしなくていいよ。……永井くん、前から気になってたんだけども、僕はここがそれほど仕事量が必要な職場には思えないんだ。なのに、君はそんなに根を詰めて疲れた顔をしてまで仕事をしてる。もしかして、僕が知らないことを抱え込んでるんじゃないのかい?」


 陽樹の指摘に、永井は目を伏せてカフェオレのカップに視線を落とす。僅かなためらいの後で、温かいカフェオレを一口飲んで彼は語り出した。

少しでも気に入っていただけたら、是非ブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

ほんっとーに☆ひとつブクマひとつ増えるだけで、とても嬉しい数字です。


これ、まとめてガッと読む話の系統なので、向いてない投稿の仕方をしましたね……。

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