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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
ソライロアサガオ

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47/59

第11話

既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。

毎日21時更新予定です。

 気楽なハイキングどころではない。まさか最後には雨の中を全力で走ることになるなんて思ってもいなかった。山道は登りより下りが疲れると言われていたことが今更実感となって蘇ってくる。太腿は張り詰め、パンパンになっているだろう。


「ははは……なんて幕切れだろう。こんなに泥まみれになって走ったのは初めてだ」


 だがそれが無性におかしい。まだ息を切らしながら陽樹が笑い続けていると、笑いを収めた紗代が陽樹の胸に頭を押し当てたままでぽつりと呟いた。


「生きてる」


 上下する陽樹の胸に手を当てて、紗代は目を閉じる。


「ずぶ濡れで、息が苦しくて胸が痛いのに、今までで一番生きてるって感じがする」


「そうだね……逆説的だけど、苦しいからこそ生を実感できてるんだろうな」


「苦しいから、生を実感できてる……」


 陽樹の言葉を噛みしめるように繰り返して、紗代は陽樹の鼓動を確かめるようにしばらく胸の上で押し黙った。


「……そういえば、なんで手を繋いでたの?」


 一分ほど経った頃だろうか、未だに繋いだままの片手を紗代が上げてみせた。陽樹も無意識にやってしまったことなので首を傾げるしかない。


「なんでだろう? 君の手を離しちゃいけないって思ったからかな。はぐれたら嫌だから」


 何気ないはずの言葉に、紗代がぐっと唇を噛みしめた。繋いだ手に力を込め、仰向けになったままの陽樹に顔を寄せてくる。

 紗代から重ねてきた唇は、雨に濡れたせいか冷たかった。けれど、合わさった場所から甘いさざ波が全身に広がっていく。

 ついばむようなキスを互いに続けた。それだけなのに心地よくて、ずっとこうして戯れていたくなる。


「――紗代」


 甘く濡れた声で陽樹が名を呼ぶと、金色の蕩けた目が陽樹をみつめた。もう一度、軽く音を立ててキスして、陽樹は紗代の頭を撫で、体を起こす。


「風邪をひくよ、中に入ろう」


「もっと、こうしていたい」


 それは先日陽樹のキスで硬直していたとは思えない言葉だった。何かが紗代の中で変わったことを知って、陽樹の胸にじわりと熱いものが広がっていった。



 玄関から濡れた足跡が続く。陽樹から離れようとしない紗代の手を引いて、陽樹は自室のドアを開けた。絞れるほどに濡れた服から、立ち止まったところに小さな水たまりができてしまう。だからといってさすがに玄関で裸になるわけにはいかない。


 古い建物のせいなのか、個室の中とはいえバスルームには脱衣所が付いている。紗代を脱衣所に押し込み、陽樹は紗代に先にシャワーを浴びるように促した。


「私より、陽樹が風邪をひくんじゃない?」


「そこまで(やわ)じゃないよ。ここには僕の服しか無いけど、君が着られそうなものを探して置くから」


「……わかった」


「僕のことは気にしないでいいから、ちゃんと温まってから出るんだよ。無精しないで髪も洗って、全部乾かしてから出ておいで」


「もう、お母さんみたいなんだから」


 いつかと同じように言われたが、今度は明らかに冗談めいている。笑い返して陽樹は脱衣所のドアを閉めた。



 透けない色のTシャツとトレーニング用のハーフパンツをそっと脱衣所のカゴに入れて置いたが、やがて明らかにサイズが合わないメンズウエアに四苦八苦しながら紗代がそこから出てきた。それと交代に陽樹が風呂に入る。


 勢いよく出る熱い湯が手足に心地よかった。思ったよりも冷えていたらしい。

 充分に温まってからいつもよりもラフな服に着替えて出ると、一度部屋に戻って着替えたらしい紗代がリビングで座っていた。


「寒くないかい?」


  尋ねた陽樹に紗代は歩み寄ると、陽樹の胸の中心に手を当ててそっと頭を寄せた。玄関でしたように、陽樹の厚い胸板にぴたりと耳を当てる。


「生きてる。鼓動がある」


「生きてるよ。どうしたんだい、藪から棒に」


 紗代の行動の意味がわからずに陽樹が軽く笑って問いかけると、紗代は前触れもなくほろりと涙をこぼした。


「おかしいの。陽樹が生きて、目の前にいるんだって確認しただけで胸が苦しくて、涙が出る」


 胸にある紗代の手に自分の手を重ねてみる。一回り以上小さな手は指先が冷たかった。それを握って温めていると、ぽつりと紗代が話し始めた。


「……私は、誰かをずっと待ってた。でも、自分でも誰を待ってるのかわからなかった。わからなくて、ずっとずっと考えてた」


 陽樹は何も言わずに、ただ紗代を温めるために抱き寄せながら彼女の声に耳を傾けている。


「最初は両親がここに来るんじゃないかと自分が期待してるのかと思ってた。その内、私は仲間を待ってるんじゃないかって思うようになった。最後の貴種と言われるのが寂しくて、まだ見つかっていないだけの貴種が現れて、出会える日を待ってるんじゃないかと。


 本当は、陽樹に初めて会った瞬間に私が待っていた相手だってわかったの。……でもあなたは貴種じゃなかった。――私が待ってたのは、貴種じゃなかった。私の仲間じゃなかった。じゃあなんでこの人を待っていたんだろうって、あの日一晩中考えたの」


「そうか、きっとそれを悩むことは、君にとって大変なストレスだったんだよ。だからあんな熱を出したのか」


「それで知恵熱なんて、今思うと馬鹿らしいね。紙飛行機の折り方を指が覚えてたように、私のどこかが知らないうちに、いつかのあなたを覚えてた。出会った瞬間にわかったのに、私はそれを認めたくなかった。

 永井さんも陽樹も仕事でここにいるだけだから、ずっと一緒にはいられない。陽樹が貴種だったらいいのにって何度も思った。私は、もう誰かを失って見送るのは嫌だから。

 陽樹を好きになるのが怖かった。私より先に死ぬ誰かを愛したくなかった」

なろう初投稿作品です。ガンガン更新しますので、気になったらブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

評価頂けて嬉しいです!


これ、まとめてガッと読む話の系統なので、向いてない投稿の仕方をしましたね……。

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