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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
ソライロアサガオ

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第9話

既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。


1日2回更新は果たして意味があるのか? と我に返ったので、1回の分量を多くして21時更新にします。

「永井くん、ちょっといいかな」


 普段は特別なことがない限り所長室に籠もっている永井の元を陽樹が訪れたのは、その日の夕方のことだった。


「どうしたんだ」


 几帳面な彼らしくなく、広い机の上には紙が散らばっていた。陽樹がやってきたことで、少し休憩するつもりになったのだろう。普段は掛けていない眼鏡を外すと、目頭を揉みながら永井は呻いた。


「随分お疲れだね」


「ああ、まあ、おまえとは仕事が違うからな。それより、わざわざおまえがここに来るのは珍しいじゃないか」


「うん、相談したいことがあるんだ。半日でいいから、紗代を外出させてもいいかな? もちろん僕が同行するんだけど」


 否、と言われることを陽樹は予想していた。それに対して反論する材料を心の中で用意しつつ、わざと軽い調子で切り出す。


「どこへ行くつもりだ?」


「そこの山の見晴らしのいいところまで、軽くハイキングに。山の中を歩いて、お弁当を食べたら帰ってくるよ」


「俺は構わない。紗代が了承すれば連れて行ってやればいい」


 永井の言葉は、この出入りが厳重な施設の管理者とは思えないものだった。予想外すぎる永井の反応に、陽樹は拍子抜けして目を瞬かせる。


「いいのかい?」


「紗代が行くと言ったらだ。あいつは今まで外に出たいなんて言ったことがないからな」


「そっか。それは、多分外に出られるなんて考えたことがなかったんだよ。僕がハイキングに行こうかって言ったら、喜んでたからね」


「紗代が、喜んでた?」


 今度は永井が驚きを露わにする番だった。口元に曲げた指を当てて、永井は眉を寄せて考え込んでいる。


「やはりあいつは、変わったな……。前は、外の世界に興味がないようだった。いや、興味を持たないようにしていたのかもな。ここだけが確実に安全だと他の大人から刷り込まれて育ったんだろう。香川がここに来る前の紗代は、何かをひたすら待ち続けてるようだった」


 健一郎と同じことを永井も口にしたことに更に陽樹は驚いていた。紗代と距離を取っていたはずの永井だが、案外紗代のことをよく見ていたのだろう。


「健さんも、そう言ってたよ」


「あいつが待ってた何かは、おまえなのかもしれない。おまえがここに来てから紗代が変わっていったことを思ったら、俺にはそうとしか思えないな。

 俺がこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、おまえにできる範囲で、あいつによくしてやってくれ。望んで貴種に生まれたわけじゃないだろうに、そのせいでいらない不幸を味わってきたはずだからな」


 規律に厳しく仕事人間だと思っていた友人の口から出た、予想外に優しい声と言葉に陽樹は息を詰まらせた。

 健一郎が紗代を気に掛けているのはよくわかっていた。しかし、身近にいながら永井が陰で紗代をこんなにも気に掛けているとは陽樹は知らなかった。

 永井は何か理由があって、紗代と距離を置いていたのかもしれないと陽樹は初めて気がついた。そういえば、陽樹が来た翌日に紗代が高熱を出したとき、永井は彼らしくなく動揺していたではないか。


「永井くんも、一緒に行かないか?」


 思わずそんな誘いを陽樹は掛けた。けれど永井はゆっくりと首を振ってそれを断る。


「俺はおまえが思ってるより忙しい。山歩きも趣味じゃない。元から、紗代のケアはおまえの仕事だろう。その時には鍵を貸してやるから勝手に行ってこい」


「――わかった、ありがとう。永井くん、何か食べたいものはあるかい? 今度作るよ」


「どうしたんだ、いきなり。今までそんなこと言ったことなかったくせに」


「いや、僕が紗代中心にものを考えるのは当たり前だと思ってたけど、君も彼女のことをそんなにちゃんと見てたなんて思わなくて。何の仕事してるのかよくわからないけど、ちゃんと所長してたんだなって思ってさ。たまには永井くんを(ねぎら)わないと、って急に思ったんだよ」


「なんだ、失礼極まりないな!」


 永井は笑いながら凝った体をほぐすように伸びをした。そしてふと動きを止める。


「ああ、あれがいいな。学生時代によく作ってもらった豚丼。あれは本場の十勝で食べたのよりうまかった」


「懐かしいなあ。お肉だけ食べちゃ駄目だよ、山盛りキャベツもつけるからね」


「注文を聞いておいて厳しいな」


 苦笑しながら永井が返す。陽樹は温かい気持ちになりながら、所長室を出た。




 山の中腹にある見晴台を目的地に定めて、陽樹はハイキングのルートを決めることを紗代に任せた。地図アプリはかなりの精度があって、中河内生化学研究所という文字を地図の上に見つけた紗代は不思議な気分になったようだ。この一般には内容を公にできない研究所が、堂々と地図に載っているのは微妙に納得いかないらしい。


「もっと、こういうものは秘密になっているのかと思った」


「確かに、中身は胡散臭いけどね。でもここは中河内製薬の会社概要にも載ってる、ちゃんとした施設だよ。逆に所在地も名称も明らかになってるから、中身を疑われない。木を隠すには森の中ってことかな」


 複雑な表情をしている紗代にコーヒーを出しながら、陽樹は苦笑した。

 陽樹の答えにふうんと気のない返事を返し、紗代は指を地図の上に滑らせながらコースの提案をする。それを一通り聞いて、陽樹は修正が必要な点を指摘した。


「ここの道から見晴台まではいいんだけど、この道路に出るまでこのスタート地点から道のないところを突っ切って行くのかい?」


「たかだか二キロくらいでしょ? 上を目指していけば着くんじゃない?」


「典型的に迷子になる人の考え方だなあ……。 意外に道のないところってまっすぐに進めないから。ここから迂回をして山道を通ってでも道らしいところを歩いた方がいいんじゃないかな」


「大丈夫よ。現在地に迷ったらGPSでなんとかなるはずだから。それだったら、突っ切った方が時間短縮になるし」

「パワフルだね……」


 思わぬ紗代の脳筋発言に陽樹が驚いていると、短期間でタブレットを使いこなしてしまっている紗代は自信ありげな様子で頷いた。


「私が調べた限り、この程度の山なら問題ないと思うよ。だいたい、ここの道に至ってはストリートビューも入ってる。道に出たところから見晴台までシミュレーションもばっちりなんだから」


「ははは、僕より余程使いこなしてるね。わかった、ルートは君に任せるよ。永井くんはいつでもいいって言ってくれたけど、お弁当の準備もあるし明後日晴れたらってことでいいかな」


「明後日! どうしよう、ドキドキしてきた」


 陽樹が知る限り、紗代がここから外に出たことはない。久し振りの外の世界に――それがただのハイキングだとしても――期待を隠しきれないのだろう。紗代はいつもより興奮した様子で頷いた。

なろう初投稿作品です。ガンガン更新しますので、気になったらブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。


評価頂けて嬉しいです!


これ、まとめてガッと読む話の系統なので、向いてない投稿の仕方をしましたね……。

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