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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
ソライロアサガオ

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42/59

第6話

既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。


他の締め切りが迫ってきたので、12時と21時の2回更新にします。

 ラボが建っている場所は、それほど極端に標高が高いわけではない。それでも平地に比べて朝晩は寒く、春が来るのは少し遅かった。雨の日などは殊更に寒さを感じるし、この分だと夏も短いのかもしれないと陽樹はカレンダーを睨みながら悩んだ。


 夏が涼しくて過ごしやすいのは歓迎だ。けれど、平地の感覚で野菜を植えていたら多少ずれが出るのだ。遅霜には驚いたし、既に植えられている夏野菜の生長はやはり若干悪い。

 育て方を事前に調べた朝顔の発芽適温は二十度から二十五度で、寒くない地域ならゴールデンウィークを過ぎれば大体植えられるようになる。しかしここは六月になっても最高気温が二十度に届かない日が多かった。

 


 その日は梅雨も一段落したのか、朝から爽やかに空は晴れ渡っていた。

 雨のせいで数日飛行機を見ることができなかった紗代は、いつもよりもその時間を心待ちにしていたらしい。やっと乾いて座れるようになったベンチで飽きることなく空を見上げている。


 その紗代に気付かれないように、陽樹はこっそりと用意していたものがあった。中庭へ続く扉の陰にそれを隠し、飛行機が通り過ぎるのを待つ。


「紗代」


 飛行機が通り過ぎてベンチから立ち上がった紗代を呼び止めると、紗代が陽樹に気づいて振り返った。陽樹が片手に掲げているものを見て、軽く目を見開いている。


「プレゼントだよ」


 おどけて渡したのは緑色をしたプラスチックの鉢だ。陽樹が子供の頃にも使った覚えのあるスタンダードな形をしたもので、教材を扱っている会社から通販で手に入れていた。それを渡すタイミングを、陽樹はずっと計っていたのだ。


「土はここの畑のを入れたらいいと思う。それと、これは種」


「陽樹……ありがとう」


 軽い鉢と、ティッシュに包まれた種を受け取って、喜びを隠しきれないように紗代は唇を震わせていた。喜ぶ紗代を見て満足する気持ちと、切ない気持ちが同時に陽樹の胸に沸き起こる。




 朝顔を育てるなんて、本当にささやかな願い事なのだ。それを彼女は何十年も胸の奥にしまったままで、表に出すことができなかった。それはあまりにも痛ましいことではないか。




 畑の端にしゃがみ込み、受け取ったばかりの鉢の中に小石を拾っては入れている紗代をみつめながら、陽樹の目の奥がつんと痛くなった。それを堪えて紗代を見守っていると、紗代はハンドスコップで鉢の縁にある段差の部分にまで土を入れ、陽樹の方に振り向いた。


「ここから、どうしたらいい?」


「うん、うまい具合に8割のところに段が作ってあるんだなあ。さすが教材用。小指でちょっと土を押して、1センチくらいの深さの穴を何カ所か開けて……そうそう、そこに種を置いて、土を被せて。うん、それでいいよ。それじゃあ、水をたっぷりあげて、日当たりのいいところに置いておこう」


「どうしよう、凄く楽しみ」


 如雨露(じょうろ)で黒々とした土に水を掛けながら、紗代は子供のようにうきうきとした表情を見せた。先ほど感じた重い気持ちを振り払うように、陽樹は背に隠し続けた左手に持ったものを紗代に差し出してみせる。


「これも、プレゼント」


 陽樹が差し出したものは、さすがに紗代も予想していなかったのだろう。紗代は無言で穴が開くほど陽樹の手にあるものを凝視した。


「……随分と本格的ね?」


「やるからには徹底的にやらないとね」


 陽樹がわざと出した楽しげな声に、紗代は呆れたようにため息をついた。

 陽樹が用意していたのは、絵日記帳と色鉛筆のセットだった。その組み合わせの示すところを、紗代は正しく把握したから呆れて見せたのだろう。


「君が送れなかった夏休みを、僕たちでやり直そうと思ったんだ。朝顔を育てて、観察日記をつけて、僕は毎日それを見せてもらう。健さんが来たら一緒にバーベキューをして、スイカ割りもしよう。もっと暑くなったら、スプリンクラーで水遊びをして――ああ、空いてるスペースの雑草を抜いて、小さいプールでも出そうか」


 陽樹が描いて見せた夏の光景を想像したのか、紗代は一度大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出した。夏というにはまだ弱い日差しだったが、彼女の目には夏の光が見えているのかもしれない。


「この歳の私にお子様プールに入れって?」


「いや、もっとアメリカンでセレブなジャグジーの感覚で。どうかな?」


「意味がわからない!」


 声を立てて紗代が笑う。ここに来た頃にはまったく想像がつかなかった笑顔だ。

 さすがに陽樹もそれを実行するつもりはなかったが、小さなプールからはみ出して寝そべる自分たちの姿を想像してふたりは声を上げて笑った。ひとしきり笑ったあとで、陽樹は最後のプレゼントをポケットから取り出し、紗代の首に掛けた。


なろう初投稿作品です。ガンガン更新しますので、気になったらブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

評価頂けて嬉しいです!

これ、まとめてガッと読む話の系統なので、向いてない投稿の仕方をしましたね……。

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