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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
ソライロアサガオ

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38/59

第2話

既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。


他の締め切りが迫ってきたので、12時と21時の2回更新にします。


 紗代に手伝ってもらって艶のある酢飯を作り、油揚げは少し醤油と砂糖を足して煮て陽樹の慣れ親しんだ味にした。健一郎たちの元に持って行く前にこっそり味見をするのはとても楽しくて、じわりとだしの染み出るいなり寿司をふたりで頬張り、指を舐めて笑い合った。


 四人で食べても余るほどのいなり寿司を重箱に詰め、冷蔵庫にあったありったけの缶ビールを持って陽樹と紗代は廊下に出た。何気なく目を中庭に向けると、桜で囲まれたベンチに健一郎と永井が所在なげに座っているのが見えて、思わず笑いが漏れる。


「お待たせー。いなり寿司とビール、持ってきたよ」


「なかなかシュールな光景だけど、なんでそんなことになってるの?」


 たったひとつだけのベンチの周りに、一定間隔に桜が生けられている。桜を見るという意味では花見に違いないが、言葉のイメージするものと現実はほど遠い。


「花見と言えばレジャーシートだろうと思ったんだが、ここにはないらしくてな」


 がっくりとうなだれた健一郎のぼやきに、隣で肩を落としたまま憮然とした永井が答える。


「レジャーシートなんて見た覚えがない。そもそも使うことがない」


「ブルーシートでもいいんだぞ」


「それこそ何に使うんだ」


 健一郎はレジャーシートくらいはあると思っていたが、永井が非情な現実を突きつけたらしい。それで結局ベンチに座っているしかなかったようだ。


「えっ、それじゃあ、これはどこに置く?」


 三段の重箱を陽樹が掲げると、健一郎と永井は揃って悩み始めた。




 結局、ベンチに重箱を置き、各自が皿を持ってその周りに立つという立食スタイルを取ることになり、彼らは桜に背を向けて立ったままで黙々と料理を食べ始めた。


「なんか……妙だね」


「中河内が驚きのノープランだったからな」


「いやいや、ここの備品に関しては永井の責任じゃないのか? ブルーシートくらい用意しておいた方がいいと思うんだが。雨漏りしたらどうするんだ」


「業者を呼ぶ。こんな建物の雨漏りを、応急処置とはいえ自分たちでブルーシートを使ってどうにかできるとは思わないからな」


「健さん……今回は健さんの負けだから」


 皿を持ったまま地団駄を踏む健一郎を陽樹がなだめると、紗代がぷっと吹き出していた。


「切枝の桜を見ながら立ったままで食べてるなんて、おかしなお花見!」


「全くだ。俺も長いこと生きてるが、こんなに間抜けな花見は初めてだよ……」


「企画した人がそれを言う!?」


「あああ、陽樹の料理はうまいなあ!」


 よく晴れた空に向かって健一郎がやけっぱちになって叫ぶ。ビールの缶を傾けて飲み下してから、永井が珍しく声を立てて笑い始めた。


「ああ、全くもって間抜けで馬鹿みたいだ。……でも俺は、こんなのも息抜きには悪くないかと思い始めたな」


「まあ、それもそうかな。こんな変なお花見は、きっとここじゃないとできないよね。――忘れられないお花見になったよ。健ちゃん、ありがとう」


「くーっ! 紗代の頭を撫でたいのに、両手がビールと皿で埋まってるとは! 俺はどうしたらいいんだ!」


「健さん、ビールこっちに置きなよ」


「ちょっと、やめてよ健ちゃん。子供じゃないんだから」


 健一郎から逃げようとする紗代がベンチの反対側に回り、皿とビールをベンチに置いた健一郎は手を広げたままで左右にフェイントをかけている。そのうちにどちらからともなく笑い出して、健一郎は笑いながら地面に転がった。


「はははは! あー……これはいいな。寝っ転がると桜を見上げられるぞ。みんなもやってみろ」


「中河内、飲み過ぎたのか?」


「缶一本で酔うものか。だが、少しはいい気分だ」


 健一郎が楽しそうに笑うので、陽樹と紗代も皿を置いて地面に直に寝転がった。服が汚れることがちらりと頭をよぎったが、そんなことよりもっといいことがありそうに思えたのだ。


「ああ、本当だ。目の前に桜がある。悪くないね」


「こうして見ると、座って見てるときより空が広いねえ」


 陽樹は隣の紗代にちらりと目をやった。紗代は桜ではなくて、やはり空を見ていた。

 楕円形をした中庭で立っているときよりも、こうしている方が空の全てが見えたのだ。

なろう初投稿作品です。ガンガン更新しますので、気になったらブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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