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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
ソライロアサガオ

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37/59

第1話

既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。


他の締め切りが迫ってきたので、12時と21時の2回更新にします。

 健一郎と会ったときに陽樹は連絡先を交換していたが、彼から「いなり寿司」とだけメッセージが入ったのは四月初めのことだった。

 健一郎の意図は察したが、生憎油揚げがない。折り返し彼に油揚げも買ってきてもらえるように頼み、陽樹はキッチンに籠もって弁当の準備を始めた。


 花の形に抜いたにんじん、飾り切りをした蓮根。花見弁当にふさわしいように手を加えて、食材のストックとにらみ合いながら料理を作り上げていく。

 野菜の煮物とエビフライ、そしてだし巻き卵というそれほど派手ではない料理だったが、重箱に詰めると途端にそれっぽさが出てくるのが不思議だ。


 インターフォンが鳴ったのは、ちょうど陽樹が頭を悩ませながらおかずを重箱に詰め終わったその時だった。


「陽樹、手伝ってくれ。手が空いてたら永井も紗代も連れてこい」


 そんな健一郎の言葉で三人揃って玄関に行くと、以前見たのとは違う車が門の前に駐まっていた。

 緑色のナンバープレートが付いたワンボックスカーの後部スペースには、所狭しと桜の枝が積まれていた。永井は唸り、陽樹は思わず歓声を上げる。


「凄い量だね! これどうしたの? まさかどこかから切って」


「馬鹿なことを言うんじゃない。健さんは常識派だぞ? 花屋を回って買い集めてきたのさ。ほら、中庭にどんどん運んでくれ。花見をしよう! いなり寿司を作るのにはどのくらいかかる?」


「煮汁は用意してあるから、油揚げを煮てご飯を詰めるだけだよ。それほどかからないし、他のおかずはもう重箱に詰めてある」


 スーパーの袋に入った油揚げを受け取りながら陽樹が答えると、健一郎は我が意を得たりとばかりにニッと笑った。


「さすが陽樹、あの暗号だけで通じるとはなあ」


「暗号……っていうか、書き途中で送ってきたとしか思えない感じだったけど……。時期が時期だし、いなり寿司の話は僕も聞いてたからね」


「この辺は桜が遅いんだよ。たまたま通りかかった花屋で桜を見つけたから、これはもう花見をするしかないと思って買ってきた」


 四人がかりで中庭に桜を運ぶと、いつの間にか作られていた畑を見て健一郎は笑い転げた。以前はがらんとした場所だが、育った小松菜や蕪のおかげでかなり賑やかになっている。


「この殺風景な建物の中庭が畑とは驚きだよ。さすがの俺もこの発想はなかったな。桜を植えるかという話は大分昔にあった気がするが、ソメイヨシノの寿命が短いからってやめたんだぜ。草花ならともかく、木の寿命が自分たちより短いっていうのはあんまりにも切ないからな」


「こいつは昔、陸上部と園芸部を掛け持ちしてたからな。なんとなく、いつかやるんじゃないかという気はしてた」


「畑の話を持ち出したときに、永井くんが驚かなかったのはそのせいか。じゃあ、僕はいなり寿司を作ってくるから、ここは頼むよ」


「おう、任せておけ」


「あ、紗代はこっち」


 まだ残っている桜を取りに行こうとした紗代の腕を陽樹は掴んだ。きょとんとしている彼女の腕を引いてそのままキッチンへと連れてくる。


「私には料理は手伝えないけど?」


「君には教えてもらいたいことがあるんだ。君のお婆ちゃんが作ってたいなり寿司って、どんなのだった?」


 袖を捲って手を洗いながら、陽樹は紗代に尋ねた。なんのことかわからないという顔をしながら、紗代は普通だと答える。


「そうか、あんまりバリエーションを見たことがないんだなあ。形は四角かった? それとも三角?」


「形は、四角かった。そうか、三角形のもあるのね」


「四角か、うちと一緒だ。ちょっと安心したよ。関東と関西で形が違ったりするんだ。割と地域差があったりして、なかなか面白いんだよ。昔のことだからそんなに凄く凝ったものじゃなかったとは思うんだけど、逆にお祭りの料理だと昔の方が凄かったりすることもあるしね。中に入ってたのはご飯だけだった? 上は閉じてた?」


「だから、普通の……ああ、もう……。ご飯は、白ごまが入ってた。色は、ちょうどこの煮汁と似た感じで、上はぎりぎり閉じてた」


「ごまね、なるほど、美味しそうだなあ。ご飯は酢飯だったかい? それとも普通のご飯?」


 陽樹が尋ねるひとつひとつに紗代は必死に記憶を探りながら答えていたが、とうとうため息をついて降参した。


「当たり前に食べてた物だから、そんなに気にしてなかったしそこまで覚えてない。それに、お婆ちゃんの思い出を大事にしてくれるのは嬉しいけど、私は陽樹の料理も好きだよ。だから、陽樹が作ってくれるならなんだっていい」


 ともすれば投げやりに聞こえかねない言葉だったが、紗代の口調は噛みしめるようで、言葉の意味そのままであることがわかる。

 陽樹は手を伸ばして紗代の頭を撫でた。彼女が本心から、陽樹の作るものを好きだと言ってくれているのがわかって、それが何より嬉しい。


「ありがとう。――うん、そうだね、それじゃあ僕の好きないなり寿司を作るよ。せっかくだからごまは試してみたいけど。少し手伝ってくれるかな」


「私でも出来そうなことならね」


 陽樹が笑いかけると紗代は頷き、陽樹の横に並んで袖を捲った。

なろう初投稿作品です。ガンガン更新しますので、気になったらブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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