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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
断章・1

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35/59

菊江と和豊 第5話

既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。


他の締め切りが迫ってきたので、12時と21時の2回更新にします。

 フサ子は表向き親戚を養子にしたと周りには告げて、和豊は息子、菊江は嫁としてふたりを本当に家族として迎え入れた。和豊も菊江も本来日本国民に数えられていないせいで戸籍がない。役場で手続きをしたときに戸籍がないと困惑した顔で職員に言われたが、それは戦災で焼失したと困ったように告げて、経歴をでっち上げることまでしてみせた。


 菊江はこれだけが取り柄と言っても過言ではない裁縫の腕を生かせるようになって、和裁の仕事を受けては家計の足しにできるようになったし、更に器用な和豊は大工の真似ごとをしている。

 フサ子には夫と息子の遺族年金があったが、自分たちの食べる分だけでも稼ぐことができるのは菊江たちにとってとても嬉しいことだった。


 血が繋がっていないどころか、種族さえ違う者が三人一緒に暮らすうちに、いつしか本当の家族になっていた。菊江のつわりにいち早く気づいたのはフサ子だったし、その頃には和豊と菊江はフサ子をお母さんと呼ぶようになっていた。

 


 フサ子がいたことで、ふたりは周囲の人に受け入れてもらうこともできた。菊江の出産の時には自宅でフサ子が赤ん坊を取り上げた。

 世慣れしていない貴種のふたりが娘をなんとか育てられたのも、他の子供と同じように小学校へ通えるようにしてやれたのも、確かな身元があるフサ子のおかげだった。

 


 ふたりの間に生まれた娘の紗代は、貴種であることを隠して人間として育てた。30年後か40年後か、貴種の年齢の重ね方が人間のそれと顕著に違いが出てしまう時期が来たら、否応なく彼女が自分の素性を知るときは来る。しかしそれまでは、少なくとも紗代は穏やかに暮らせるはずだ。菊江と和豊は既に大人だから、長いこと外見が変わらないことは紗代よりもずっと早く気付かれてしまうだろう。けれど、15年くらいはこのまま暮らしていける。


 紗代がランドセルを初めて誇らしげに背負った時には、菊江は今まで生きてきた中で一番幸せだと思った。家族が一緒に安心して暮らしていられて、自分の手で何かをなすことができて。紗代が飛び跳ねる姿に涙を流して喜んでいるフサ子は、菊江にとっては本当に優しい母だった。


 

 そのフサ子が倒れたのは、紗代が小学校へ通い出して間もなくの時だ。誰も気づかないまま静かに進行していた病は、急激に彼女の命を削っていった。


「お母さん、お願い、元気になって。お母さんがいなくなっちゃったら、私たちはどうしたらいいかわからない」


 和豊と紗代は、黄色くむくんだフサ子の脚を必死にマッサージしていた。菊江はどうか逝かないでくれとひたすらに泣きついている。


「……ひとりきりで、誰も見送ってくれなくてあの世に行くんだと思ってた」


 息を何度も継ぎながら、すっかり力のなくなった声でフサ子は呟く。


「でも、息子と娘がいてくれて、可愛い孫の顔まで見れて。思いがけずに幸せだったよ。菊ちゃん、和ちゃん、ありがとう」


 長い時間を掛けてそう告げたのがまともな会話の最後だった。

 フサ子がひっそりと息を引き取ったのは、ふたりがこの家を訪れたときのような雨の降る夜のことだった。




 葬儀も何もかも、フサ子が生前に親しくしていた近所の人が助けてくれた。菊江と和豊の素性を知らない人々は善良な隣人として振る舞ってくれたし、それがふたりの救いにもなった。

 けれど、ようやく四十九日が過ぎて夏が訪れようとしていた頃、それまでの10年間の平穏を打ち壊す出来事が高橋家には降りかかったのだ。

なろう初投稿作品です。ガンガン更新しますので、気になったらブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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