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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
白いホスピス
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第2話

既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。


最初の内は頻度たくさん、あとは1日2回とか1日1回などで更新するつもりです。



 戸惑いが現れて、陽樹の声は揺れた。視線の先にいる少女の柔らかそうな髪は軽く波打っていて、永井の髪よりも更に色が薄い。飾り気のない白いワンピースと相まって、冬の少し柔らかな日差しの中にいる姿は宗教画めいていた。物憂い表情は、ピエタを連想させる。


「そうだな、美しいけども人間と違うようには見えない。見た目がよく似ているのに彼らは明らかにヒトより優れている。だから『ヒトの上位種族』なんて言われ方をしたんだろう。もっとも、寿命が長かろうと、能力が優れていようと、繁殖力が低いために滅びようとしている種族を、俺はとても上位種族とは思えないがな」


 永井の言葉には苦さがあった。現在この生化学研究所の所長という肩書きを背負った彼は、一番貴種の近くにいる存在だ。



 永井祐介(ながいゆうすけ)と陽樹は高校時代の同級生で、学部は違うが同じ大学へ進学した。けれど、永井が生化学に関連した学科に進学したのではないことを陽樹は知っている。


 それでも永井の持つ肩書きを訝しく思わないのは、ここが一種の流刑地であることを知っているからだ。陽樹もまた、職場の人間関係の上で重大なミスを犯し、事実上の島流しでここに配属されたのだから。




 名義上は研究所。


 けれども実際にはここは貴種を集めて隔離しておくための施設だった。その貴種も数が減って最後のひとりになり、施設の重要度は薄れている。



 ここの職員は現在所長の永井と、医師の陽樹のふたりだけだ。



 陽樹は中庭に続く扉を開けた。廊下自体が寒いのだが、それでも外の寒さとは比べものにならない。開いた扉から吹き込んでくる風は冷たかった。


「そんなところにいて寒くないのかい?」


 昔は整えられていたのかもしれない中庭は、枯れた植物があちこちに残っているばかりで余計に寒々しい。陽樹が枯れ草を踏みながらそう声を掛けると、紗代が振り向いた。


 目が合った瞬間、時間が止まった気がした。


 自分と彼女の間に距離はなく、互いの目を至近距離で覗き込んでいるかのような錯覚さえ覚える。ガラス越しに紗代を見たときよりも強い既視感に目眩がした。


 ふらりと立ち上がった紗代が陽樹に歩み寄ってくる。

 額に掛かる髪は光に透けて金色にも見えた。形よく曲線を描いた眉、色素の薄い黒目がちの大きな目、通った鼻筋にいくらか小さめな紅い唇。完全に左右対称の、一流の彫刻家が手がけた像に命が宿ったような美貌は、表情がなかったら恐ろしささえ感じたかもしれない。


 離れているのに、彼女の金色の目に陽樹の姿が映っているのがわかり、驚きが見て取れた。戸惑いが揺れる目の中に、どこか必死な様子がある。


「……あなた、誰? 貴種(きしゅ)なの? 私に会ったことがない?」


 陽樹に紗代が問いかけてくる。容姿にふさわしく、聞いた者の心を掴むような美しい声だった。ガラスのベルが鳴るのにも似た、透き通って儚げな声。


 彼女もまた、陽樹と同じ既視感を覚えているのだ。僅かな間に喉がカラカラになっていて、陽樹は唾を飲み下した。


「僕は、香川陽樹。貴種じゃない、ただの人間だ」


「香川陽樹……かがわ、はるき……」


 紗代は何度か陽樹の名前を反芻した。何かを確かめるように、少し低い声でゆっくりと何度も呼ばれて、陽樹は胸がざわめくのを感じていた。


 貴種の彼女と陽樹は初対面だ。なのに、ふたりとも不思議な気持ちに捕らわれている。会ったことがないのは間違いない。こんな美貌の持ち主を忘れるわけがなかった。


「貴種じゃない、の?」


 陽樹が手を伸ばせば抱きしめられそうな距離まで近寄って、紗代は陽樹を見上げてきた。先ほどの様子がピエタだとしたら、今の彼女の題は『戸惑い』だ。期待と不安が入り交じった目が陽樹をみつめている。

なろう初投稿作品です。ガンガン更新しますので、気になったらブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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