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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
空と夢は遠く

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29/59

第15話

既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。


全5章の予定ですが、年内に3章まで上げたいなあと思っていま……した。2章と3章の間に断章があった……自分で忘れてました。


その後は直し部分がたくさんあるのでちょっとペースダウンします。

 紗代の様子を陽樹は心配したが、翌日の紗代は特に陽樹に改めて距離を取ることもなく、表面上はいつも通りだった。陽樹も昨日のことを蒸し返すことはできず、意識していつも通りに振る舞った。


 それが本当の「いつも通り」に戻った頃、少し遅い春の兆しがやっとこの場所にもやってきた。



 ジャージに長靴という出で立ちで、陽樹は軍手をはめて中庭の僅かな枯れ草を引き抜いた。ベンチの周りは草を残すようにはするが、永井に許可を取って庭を改造しようとしている。


「……おまえは、どこでそういう物を見つけてくるんだ?」


「ネットで売ってるよ。ちょっと土が飛ぶけど凄く楽だよ! 凄いなあ」


 雑草を抜いた後に家庭用の耕運機で土を掘り返している陽樹を見て、通りすがりの永井は大いに呆れた。


 陽樹は中庭に畑を作りたいと永井に申し出ていたのだが、永井はまさか耕運機をこんなところで見ることになるとは思ってもみなかったようだ。


「これで3万円くらいだよ。労力に比べたら安いね」


「俺は、家庭用の耕運機なんて物があることすら知らなかった」


「苗とか調べてたらお勧めに出てきたんだ。蛇の道は蛇ってやつかな」


「ところで、おまえは本職以外の仕事をどれだけ増やすつもりだ?」


「おかげさまで本職が暇なものでね。医者が暇なのはいいことさ」


 鼻歌を歌いながら楽しそうに畑を耕している陽樹をしばし眺め、額に手を当てて永井は所長室へ戻っていった。入れ替わりに紗代が姿を見せて、耕した土を踏まない程度の距離で物珍しげに耕運機と陽樹を見ている。


「まさか、ここが畑になるなんて思わなかった」


「そうだろうね。特に何か植わってるわけでもなくて殺風景だし、放っておいたら夏は雑草がはびこって大変じゃないかと思って。だったらいっそ、ここで何か育てようと思ったんだ」


「何を植えるの?」


「うーん、実はまだ決めてないんだよね」


 陽樹は耕運機を止めて畑を眺めた。なかなかの広さの家庭菜園ともいえる。何種類かの野菜を育てることができるだろうが、耕運機を見つけて善は急げで買ってしまったので、具体的な計画は立てていなかった。耕してしまったのも耕運機が届いてテンションが上がってしまい、使ってみたかったというだけの話で、完全なノープランの結果だ。


「ここ、結構いい土だと思うよ。黒土だし、掘り返してみたら思ったよりガチガチじゃなかったんだよね。野菜向きの土だ」


 軍手に土をすくってじっくりと見ていると、すぐ隣から紗代もそれを興味深げに覗き込んでくる。


「トマトとナスは必須だとして、でも植え付けには早いんだよなあ……。まずは小松菜でも植えようかな。すぐに採れるし、朝ご飯の前にちょっと摘んでくれば味噌汁に入れたりもできるしね」


「小松菜って簡単なの?」


「小松菜は簡単。プランターでも育てられる。そうだ、君も何か育ててみるかい? 初心者だとミニトマトなんかお勧めかな。やっぱり実がなると達成感があるしね」


 陽樹の提案に紗代は真剣に考え込み始める。陽樹が黙ってそれを見守っていると、やがてぽつりと彼女は呟いた。


「……朝顔を、育ててみたい」


「朝顔を?」


 思わず陽樹は聞き返していた。野菜ではなく花の名前が出てきたことを一瞬意外に思ったが、畑といえば野菜という考えに捕らわれていたのは陽樹の方だった。外見通りの精神年齢を持った紗代なら、花に興味を持つことは考えてみれば意外でも何でもない。


 うん、と頷き、紗代は空を見上げながら陽樹に答える。


「小学1年生の時に、理科の授業で育ててたの。蔓が伸びて大分育ってきてたのに、蕾が付く前に事故に遭ってここに来ちゃったから花が咲くところを見られなくて。……あの朝顔は、何色の花が咲いたんだろうなぁ」


「紗代……」


 ぐっと喉の奥に熱いものがこみ上げてきそうだった。かろうじてそれを堪えて、陽樹は腕を伸ばした。


 遠い昔の、ここではない場所の思い出に心を囚われている紗代が、今にも消えてしまいそうに思えた。紗代の体に腕を回してしっかりと抱きしめると、紗代が息を飲んだのが伝わってきた。


「ごめんね……僕が直接したことではないけど、人間が君にしてきたことは酷すぎる。君からいろんなものを奪ってきて。ごめん……」


 驚いて身を強ばらせていた紗代は、ふうと息をつくと陽樹の肩に頭をもたれかけ、陽樹を抱きしめ返した。その腕から、紗代が決して人間を恨んではいないと伝わってくる。


 言葉にできない想いを交わすように、ふたりはしばらく互いの体を腕の中で感じ合っていた。やがて、陽樹が小さく声を漏らす。 


「あ……本当にごめん、君の服に土が付いた」


「気にするところ、そこなの? 本当に変な人」


 鈴を振ったような声で軽く笑いながら答えた紗代は、そのまま目を閉じて静かに呟く。



「貴種じゃなくて人間でも――陽樹に会えて良かった」

なろう初投稿作品です。ガンガン更新しますので、気になったらブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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