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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
空と夢は遠く

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22/59

第8話

既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。


全5章の予定ですが、年内に3章まで上げたいなあと思っています。その後は直し部分がたくさんあるのでちょっとペースダウンします。

 最寄り駅からこの研究所までは車で30分ほどかかる。あらかじめ回収の時間が決まっていたので、陽樹はそれに合わせて自分も外出できるように準備を整えて待機していた。


 時間通りにインターフォンが鳴り、永井から借り受けていた鍵を持って陽樹は玄関へ向かった。ガチャリと音を立てて重い手応えの鍵を回す。


「こんにちは。ブラッド・ピットです」


「うわっ!?」


 ドアを開けた瞬間、ドアの陰から陽樹と変わらないほどの長身の人影が滑り込んできて、陽樹は声を上げて後ずさった。


 そんな陽樹の反応を見て、自称ブラッド・ピットがニヤリと笑う。年齢は50歳ほどだろうか、昭和の映画スターのような存在感を放つ男性が、スリーピースのスーツをびしりと着込み、見るからに質のよいマフラーを巻いて帽子を片手に立っていた。


 街中を歩いていたら、恐ろしく目立つこと間違いない。ダンディを絵に描いたような出で立ちだが、中身はそうでないらしいことは出会った瞬間にわかってしまった。


「君が新しい医師だね? 俺はブラッド・ピット――でもレオナルド・ディカプリオでもジョニー・デップでもなく中河内(なかごうち)健一郎(けんいちろう)という。まあ、ここの関係者で半貴種だよ。驚いたかい?」


 帽子を胸に当てて一礼した男性がパチリとウインクをする。そんな仕草のひとつひとつが胡散臭いほど様になっていた。


「……どこから突っ込んでいいかわからないくらい驚いた……そもそも、ディカプリオとか全然似てないんですけど。ジョニー・デップというか、ジャック・スパローだったらわかりますが」


「うむ、なかなかのリアクションだな。気に入ったよ」


 クックックと喉を鳴らして健一郎が笑う。半貴種というからには彼も見た目通りの年齢ではないはずだ。貴種の女性が中河内家の男性との間に子を成した話は永井から聞いていたし、中河内という姓からしても彼がその「子供」に間違いないだろう。


「こんな古典的な方法今更で驚かされるなんて……ああ、すみません。僕は香川陽樹といいます。中河内さんの仰る通り、新任の医師です」


 悔しがった後に礼儀正しく自己紹介をした陽樹に向かって、健一郎は目を細めた。


「うん。なんというかな、永井の時も面白かったが、君の悔しがった顔もいいな。なんだか妙に懐かしく感じる。君、貴種と間違えられたことはないかな? いやー、愚問か、俺以外には紗代しかそんなことしそうな奴はいないからねえ」


 嬉しそうな健一郎の様子に、陽樹も怒る気になれなかった。元々他愛ない悪戯なのだ。初対面ではあるが健一郎には憎めない雰囲気がある。


「実際に間違えられましたよ、紗代に」


「ほう?」


 健一郎の目がきらりと輝く。陽樹に対する好奇心が全く隠せていなくて、厄介な相手に気に入られた事を陽樹はうっすらと感じ取っていた。




 貴種と人間の間にごく希に生まれる半貴種は、一代限りの存在で生殖能力がない。種を超えた交配ではよくある話だ。


 健一郎の年齢は紗代の父とあまり変わらないらしい。彼が自ら語ったところによると、貴種がまだ中河内の別荘などで暮らしていた頃、当主の次男坊と恋に落ちて結ばれた貴種の女性がいた。それが健一郎の母だそうだ。これによって中河内と貴種の結びつきはより一層強いものになったし、中河内の後ろ盾のおかげで健一郎は人間の戸籍を持ち、自由に行動することができたとのことだった。


「ときどきここにも遊びに来るんだよ。可愛い紗代の顔を見るためにね。それと今回は、新しい奴が来たっていうからその顔を拝みに来たというわけだよ」


 健一郎の車に今回は中河内製薬の社員が同乗してここへやってきたという。陽樹が街へ出たいと言うと、駅まで社員を送るついでにと乗せてもらうことができた。今日は泊まっていくという健一郎の言葉で買い物の量を増やし、ふたりで研究所へ戻る間にも健一郎は気さくに陽樹に話しかけた。初対面なのに互いに人見知りをしない性質(たち)のせいか、長い付き合いの友人であるかのように話すことができる。研究所に着く頃には、ふたりはすっかり打ち解けていた。


「永井の時なんてなあ、初対面であれをやったらいきなり説教が始まって参った参った! その点君は冗談だとわかるところで合格さ」


 余程長い説教をされたのか、健一郎は心底閉口したというように当時のことを語り、陽樹は廊下に正座させられている健一郎を想像して声を上げて笑った。


「お説教か、永井くんらしいな。ところで中河内さんは、普段は何をしてるの?」


「おいおい、他人行儀だなあ。俺のことは気軽に健さんと呼んでくれたまえよ。


 俺は旅をしていることが多いな。日本だけじゃなくて海外もよく行くよ。まあ、それが仕事の一部というわけだ。


 それに、外の話をしてやるのが紗代は一番喜ぶからな。……だけどあの子は、外に出ようという気はないんだ。まったく嘆くべき事だな……」


「えっ? 外に、出る気がない?」


 急に声のトーンを落とした健一郎の言葉に、陽樹は思わず聞き返していた。


 飛行機を見るのだけが楽しみだと言っていた紗代は、間近でそれを見てみたいとは思わないのだろうか。彼女は貴種だからという理由でやむなくここにいるのだと陽樹は思っていた。


「前に一度話を聞いたことがある。あの子は何かを待っているのさ。それが何なのか、自分でもよくわかっていないようなんだがねぇ。待っているから動けない。探しに行く発想はないし、実際無理だろう。だから、より確実に待ち人に出会うために待っているというわけだ」


 紗代が待っていたのは、自分なのではないか。


 ぽかりと胸にそんなことが浮かんでくる。



 初対面の時の紗代が印象深かったとはいえ、自意識過剰だろうと陽樹は頭を振ってその考えを追い出した。

なろう初投稿作品です。ガンガン更新しますので、気になったらブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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