第5話
既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。
全5章の予定ですが、年内に3章まで上げたいなあと思っています。その後は直し部分がたくさんあるのでちょっとペースダウンします。
永井曰く、陽樹がこのラボに来てからは毎日が騒がしくなったらしい。
陽樹は自分が騒がしい人間だとは思わないが、ろくに会話もなかったであろう永井と紗代ふたりきりの時よりは、騒がしいと思われるほど賑やかになったのはいいことだと思っていた。
陽樹が来るまでは、永井は自室で仕事をしているか、時折トレーニング室に置かれた設備で運動をするのがせいぜいで、紗代も図書室かトレーニング室でなければ中庭か自室というくらいに行動が決まりきっていたらしい。
三人で揃い、顔を合わせて食事をするだけでも会話は増える。紗代と永井が距離を探るようにしながら言葉を交わすようになったのは、陽樹にとっては好ましい変化に思えた。
「永井くん」
夕食後に陽樹が深刻極まりない様子で挙手をしたのはそんな折だった。
「なんだ」
ほうじ茶の入っている湯飲みを置いて、永井は陽樹と同じ真顔で返す。
「僕、ここの食事に耐えられない」
陽樹の前に並んだ空の皿に永井と紗代は視線を注いだ。今夜のメニューはマカロニグラタンとかぼちゃのサラダ、軽くトーストされたバゲットにコンソメスープ。それら全てを平らげてからの発言とはふたりには思えなかった。
「足りないの?」
紗代に差し出されたパンを、陽樹は申し訳なさそうに押し戻す。
「いや、量は足りるよ。成人男性用のメニューだし、腹八分目でちょうどいいと思う。一日二日だったらともかく、いや、むしろ毎日ミールセットって栄養的にはいいかもしれないけど、僕は冷凍食品やレトルトをこんなに食べ続けるのは嫌だ! 鮭のムニエル、麻婆豆腐、チキンライスに鶏肉のピカタ! これは全部材料さえあればここのキッチンで作れるんだよ!? だったらここで作ったものを食べたいんだ!」
陽樹の熱弁に永井は嘆息し、紗代は意味がわからないというように首を傾げる。
「おまえは今、忙しい全国の主婦に喧嘩を売ったな」
「ここにいるのは永井くんと僕と紗代だけだよ。主婦いないから」
「グラタン、美味しいと思うけど」
「確かにグラタン結構美味しいね――って、そうじゃなくて。楽なのは間違いないけど、ひと味足りないというか、心が飢えるんだよ。食器も調理器具も一通り揃ってるんだから、材料を用意してここで作ったっていいと思う」
「俺と紗代は料理はできない」
「そう言いながら、永井くんは本気でやればできる人だってことはわかってる。でもまあ、食事でフラストレーション溜めてるのは僕だけみたいだから、僕が料理するよ。永井くんに手間は掛けさせない。
明日採血したの検査に出すけど、街まで車に乗せてもらってくる! 帰りはタクシーで領収書もらってくればいいよね!」
「香川、おまえは暇なのか?」
「おかげさまでふたりとも問題ないし、検査以外はほとんど医師としてはすることがないね。広義に捉えると健康管理が僕の仕事ってことなら、食事の見直しも僕の仕事に含めていいくらいだよ」
「おまえがいいならやればいいじゃないか」
「そうする!」
妙に勢いのある陽樹と投げやりな永井のやりとりを紗代は他人事のように聞きながら、最後に残ったパンを口に入れた。
なろう初投稿作品です。ガンガン更新しますので、気になったらブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。