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楽園は遙か遠く  作者: 加藤伊織
空と夢は遠く
17/59

第3話

既に10万字弱で書き上がっているので、ちょこちょこ直したりエピソードで足す部分があったら直しながらアップしていくつもりです。


最初の内は頻度たくさん(年末年始ですしね)、あとは1日2回とか1日1回などで更新するつもりです。

 翌日の朝食は三人で揃って摂った。人が揃うだけで味気なかった食事もだいぶましになったし、紗代がすっかり復調した様子でいるので陽樹は胸を撫で下ろしていた。


 発熱の原因ははっきりとはわからず、心因性発熱――いわゆる大人の知恵熱なのではないかと説明すると、紗代は納得していた。彼女なりに何か思い悩んだ心当たりがあるのだろう。


 その紗代がまた中庭にいるのを見かけたのは、朝の冷気も抜けきらない内だ。


「寒くないかい?」


 紗代を驚かせないように遠くから声を掛け、陽樹は紗代の隣に腰掛けた。木で作られたベンチは夜露を吸ったのかひんやりと凍ったように冷たく、昨日高熱を出していた紗代がいるにはあまり具合が良くない。


「今日は平熱だったけど、四十度なんてとんでもない熱が出たばかりなんだよ。体が冷えると良くない。中へ入ろう」


 陽樹に声を掛けられ、紗代は微かに眉を寄せる。彼女の膝の上には本が置かれていたが表紙は閉じたままで、それが読まれていないことがわかった。


「先生は寒いと思う?」


「えっ? かなり寒いよ! ちょっとの間ならともかく、コートも着ないで外に出る気温じゃないと思う。日光浴もいいけど、体が完全に良くなったって僕が判断してからにして欲しいな。せめて冬の間は厚着して欲しいし」


「……もうすぐ、飛行機が見えるの」


「飛行機?」


 ぽつりと紗代が漏らした言葉に、彼女の膝にある本のタイトルを陽樹は見直した。タイトルから航空力学の入門書だとすぐにわかるハードカバーの本は、相当読み込まれているようで角がすり切れている。


「飛行機が好きなの? これはまた随分本格的な本を読んでるね」


「子供の頃、何も知らなかった頃はスチュワーデスかパイロットになりたかった。飛行機に乗ってみたかった。今はここで、遠くに見える飛行機を見るのだけが私の楽しみ」


 紗代の言葉は静かで、それが余計に陽樹の胸を締め付ける。ぐるりと建物に囲まれた中庭は直接冷たい風が吹き付けてくるわけではないが、それでも日陰の部分には立派な霜柱が残っていた。その程度には寒いのだ。


 将来の夢を語るようになったのはいつ頃だろうか。陽樹が覚えている限りは、幼稚園の頃から幼いながらに夢を語っていたような気がする。野球選手、ヒーロー、ケーキ屋さん、周りの子供たちはいろいろな夢を持っていた。



 紗代は、その夢を見続けることすら許されなかったのだ。新しい夢を見つけたり、自分では無理だと思って諦めたのとは違う、理不尽に断ち切られた夢。


 ぎゅう、と胃の奥を握られたような苦痛を陽樹は感じた。


 陽樹は無言で自室へ戻り、コートを手にして紗代の元へと戻った。


「分厚い膝掛けでもあったら良かったのかもしれないけど。これ、着てて」


 紗代の肩に黒いコートを羽織らせる。紗代は華奢だが小柄ではない。自分との身長差をみると百六十センチほどあるだろうか。それでも陽樹のコートを着せると笑えるほどに肩幅と袖が余った。


「……ありがとう」


 俯いて紗代がぼそりと礼を言った。触れた手が酷く冷たかったので、包み込むようにして握りしめる。自分でも寒いと思っていたのだろう。陽樹の手の温かさが心地よいのか、紗代はおとなしく陽樹に手を握らせていた。


「飛行機を見たら中へ戻ろう。明日からは君も最初からコートを着て外へ出ること。いいかい?」


「持ってない」


「何を?」


「コート」


「なんで!?」


 思わず大声を上げてしまった陽樹を紗代が不思議そうに見返してくる。陽樹は未だ耳を疑っていた。


「なんでそんなに驚くの?」


「驚くよ!」


「私はここから出られないんだから、室内用の服しか持ってない。コートを着てたのは、幼稚園まで」


「あっ、なるほど……そういうことか。でも不測の事態で暖房が使えなくなることがあるかもしれないし、防寒着は持ってないといけないね。永井くん、そういうこと気づいてなさそうだな」


「多分あの人、私がコートを持っていないことすら知らないと思うよ。――あ、見えた」


 紗代が指さした方角の空に、小さな機影が見えた。相当遠いのだろう、円形に切り取られた空をゆっくりと横切って、後には一筋の飛行機雲が残る。


「……紗代さん」


「うん、わかってる」


 陽樹が促すと名残惜しげに紗代は立ち上がって、肩に掛かったコートを脱ごうとした。


「まだ着ていて。それと、一緒にダイニングへ行って温かいものを飲もう」


「そうだね。……暖かかった。ありがとう」


 陽樹のコートの前を掻き合わせて、紗代は微笑んだ。紗代の笑みに昨日よりも距離が縮まったのを感じながら、自分は彼女のためにここにいるのだということを陽樹は改めて考えた。


 大学であのまま研究を続けているよりも、顔が見える誰かのために在るということは思ったより意味のあることだった。そして紗代が抱えた傷が全て陽樹に見えているわけではないが、ここで彼女を見守っていたいと僅かな間に思うようになっている。


「落ち着いたらふたりでできる遊びでもしようか。トランプならあるけど、将棋とかチェスとか今度用意しようか?」


「トランプ……ババ抜きでもするの?」


「ふたりじゃ成立しないね。ポーカーとかスピードとかならどうかな」



 ほんの少し暖かいだけの廊下の空気にほっとしながら、ふたりは並んでダイニングへと向かった。


なろう初投稿作品です。ガンガン更新しますので、気になったらブクマ・評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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