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【連載版】超能力者な公爵令嬢  作者: 緑名紺


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8 初デート


 屋敷の廊下を歩いていたら、窓拭きをするメイドたちの会話が聞こえてきた。


「ミュゼットお嬢様、まだ婚約解消を引きずってらっしゃるみたいね」

「ね。近頃ずっと上の空だもの。ため息も多いわ」

「前はもっと凛々しく……というか、ツンツンぴりぴりしていたのに、気が抜けているみたい」


 気が抜けているのはあなたたちも同じよ、と言いたくなる。屋敷の主であるお父様が視察続きで留守にしているから、どうにも緊張感がなくなっているようだ。


「でも、いつも以上に肌や髪の手入れはされているわよね」

「女として後がないと思っているのよ。可哀想に」

「昔は羨ましかったけど、超能力が強すぎるのも考えものね」


 失礼な。さすがに腹が立つ。

 ここは一つ、出て行って注意する?

 ……いいえ、聞かなかったことにしましょう。原因に心当たりがあって、彼女たちを怒る気になれない。


「カメリアお嬢様は、いつも可憐ね。私、今日笑いかけてもらっちゃった」

「まぁ、羨ましい。目の保養よね。庭園でお花に囲まれているお姿なんて、本当に妖精のよう」

「縁談の申し出が多すぎて、なかなかお相手が決まらないのも納得だわ」


 さっさと立ち去れば良かったと私は後悔した。

 私を語る表情とカメリアを語る表情に、北風と太陽くらい温度差がある。


「カメリアお嬢様もいつかお嫁に行ってしまうのよね。ずっとお世話していたいのに」

「そうねぇ。……ミュゼットお嬢様には、早く嫁いでいただきたいけど」

「ちょっと、それはさすがに」

「あ、変な意味じゃないのよ! 一刻も早く幸せになっていただきたいっていう意味だから」


 今度こそ静かに自室に戻った。

 ベッドに突っ伏して、ため息を一つ。最近癖になってしまっている。


「…………」


 メイドたちに悪気がないのは分かっている。仕事はしっかりしてくれている。それに、カメリアの方が可愛いのも事実。だから気にしないわ。

 いつもの私なら陰口をうじうじ引きずっただろうけど、今日はそこまで気分が沈まなかった。


 私の気が抜けているのは、婚約解消のせいじゃない。過去を思い出しているからじゃなくて、未来を待ち遠しく思っているから。

 ……今度はいつ会いに来てくれるのだろう。最近はそればかりだった。






 カフェでの一件から一週間。

 今日も学術院では当たり障りのない日常を送った。お友達と寄り道をするというカメリアを置いて一人で馬車に向かおうとしたら、頭の中に声が響いた。


 ――ミュゼ、学校お疲れ様。今日は時間ある? 一緒に博物館に行かないか?


 フィーが向かいの通りで小さく手を振っていた。すぐにピンときた。デートの誘いだ。

 私はすぐ頷きを返した。今まで眠っていたのかと思うくらい、心臓が激しく動き出してうるさい。


 ――ありがとう。目立ちたくないなら、現地集合にするか?

 ――そ、そうね。先に行っていてくれる?


 公爵家の馬車の御者に「気分転換がしたい」と告げ、博物館に向かってもらった。

 私がこんなことを言うのは初めてなので、御者は痛ましいものを見る目をしていた。彼にも婚約解消で未だに傷心中だと思われているようだ。もうほとんど立ち直っていて、別の男性とデートをしようとしていることに、少しだけ罪悪感を覚えた。

 博物館は例のごとく共通区域にある。本当は馬車で移動するような距離じゃなかったから、乗っている間はやきもきした。


 途中、学生街がちらりと見えた。

 妹から聞いたが、あの白煉瓦のカフェはとても繁盛しているようだ。出所不明の念動力がお客さんを守ったことから、銀神人様に見守られているという噂があるらしい。

 ……いろいろな意味で名乗り出なくて良かった。


 無事に博物館前に到着し、御者に二時間後にまた迎えに来てもらうように頼んだ。夕食には間に合うように帰らなければ、さすがに怪しまれる。


「あの、お待たせ」

「いいや、そんなに待ってないよ」


 このやり取り、すごくデートっぽい。

 フィーもそう思ったらしく、笑いをこらえている。心を読んでいるなら何か言ってほしい。


 入館料は既に支払ってもらっていたので礼を言う。


「どうして博物館なの?」

「人が少ないから」


 納得した。休日ならともかく、平日の夕方に博物館を訪れる若者は少ないらしかった。他の客はほとんどいない。いても年配の方なので、私やフィリオの知り合いはいなさそうだ。


「秘密のデートにはもってこいだろ?」

「……そうね」


 はっきり言われると照れる。

 私は誤魔化すように展示物に視線を向けた。


 超能力王国シルグレヴの博物館だ。あるのは銀神人の遺物か、超能力者の歴史にかかわるものばかり。


「子どもの頃以来だわ。全然覚えてない」

「俺も。昔はつまらなかったけど、今見ると楽しめるな」


 銀神人が乗っていた銀色の空飛ぶ船を再現した模型は、なかなかの迫力だった。流線型の美しいデザインで、この形から発想を得たドレスは今でも社交界で定期的に流行している。

 彼ら自身は、服を着ていなかったみたいだけど。


「銀神人様は、靴も履いていなかったのかしら」

「そうみたいだな。ほら、地面から常に少し浮いている」


 壁画のコーナーを見ると、確かに彼らは浮いているように描かれていた。


「じゃあ、常に念動力を使っていたということね」

「ちなみにミュゼはできる?」

「え、それくらいならできるわよ。自分の体だもの」


 念動力で最も動かしやすいのは、自分の体、もしくは直接触っている物体だ。


「どれくらいの時間?」

「ちょっと浮くだけなら一日中でも大丈夫」

「さすが第一級」

「浮いていられても、日常ではあまり役に立たないわ」

「靴を履かなくていいじゃないか」

「ずっと素足を晒しているなんて恥ずかしいじゃない。靴を履かないのに靴下を履くの?」

「まさか、靴下の存在意義を問われるとは思わなかったよ」


 便利だなと思えるのは、脚立なしで書架の一番上の本を探すときくらい。

 本当は登下校で念動力を使えたら楽だけど、大抵スカートだし……。


「あ、待って。今は心を読んじゃダメ」

「……ああ、うん。大丈夫。よく分からなかったから」

「絶対嘘!」

「静かに」


 変な汗をかいてしまったわ。

 気を取り直して別の壁画を見ると、今度は牛が空中に浮かび上がっている絵だった。意味不明だ。


 フィーが説明書きを読んでくれた。


「銀神人様は、昔は牛をよく誘拐アブダクションしていた。けれど、人間が困ると知ってやめた。今は冬に外を歩いているような野良猫を連れ去り、一つの星に集めて楽園を創っている」


 銀神人が猫派だというのは割と有名な話だけど、その前は牛が好きだったらしい。これは初めて知った。猫の方が断然可愛いので、趣味が変わって良かったと思う。


 超能力に関する歴史のコーナーでは、少ししんみりしてしまった。今では考えられないけど、かつて戦争や内乱で超能力による大虐殺があった。超能力至上主義の王国とはいえ、限度と言うものがある。

 学術院の授業で知識として知っていたけど、改めて具体的に凄惨な歴史を学ぶと考えさせられるものがあった。


「私がこの時代に生まれていたら、間違いなく兵器になっていたわね……」

「俺は捕虜の尋問係だったかもな。カフェで覆面調査員をやれる時代で良かったよ」


 激しく同意する。平和って尊い。


 他にも、目を見張る展示物はたくさんあった。

 念動力で初めて作られた陶磁器、念話能力を持った猿の全身骨格標本、瞬間移動で取り寄せたという月の石。


 この世は可能性でいっぱいだ。

 密かにつまらないと決めつけていた博物館は、とても楽しい場所だった。あっという間に時間が過ぎた。


 ただ、見学に熱中しすぎてしまったかもしれない。フィー自身のことはあまり知れなかった。

 まぁ、他愛のないお喋りはたくさんできた。こんなに男性とスムーズに話せたのは初めてかもしれない。また距離が縮まった気がする。


「はい、プレゼント」


 最後に売店を見ていたら、フィーが猫のぬいぐるみを購入してくれた。

 スペースキャットと呼ばれる、銀神人のペットの猫だ。どんな猫だったのかはっきり分かっていないから、いろいろな種類のぬいぐるみが売られている。共通しているのは、基本的に驚いている顔というところだ。


「そんな……いいの?」

「初デートの記念。ぜひ受け取ってほしい」

「…………」


 フィーがプレゼントしてくれたのは、灰色の長毛の猫だった。驚いた顔というよりも間の抜けた顔をしていて、普通に可愛いと思っていた子だ。

 ぬいぐるみなんて子どもっぽいかもしれないが、この売店で売っている中では間違いなく私が一番欲しいものである。


 最初からあまり高価なものは受け取れないし、我が家の場合花束は妹の憎しみを買う。そう考えると、ぬいぐるみは素晴らしいプレゼントな気がしてきた。

 何より私のイメージに似合わない可愛いものを贈ってくれたことが嬉しかった。他の男性なら絶対に選ばない。

 さすが精神感応持ち。プレゼント選びは絶対に外さない。


「ありがとう。大切にする。私も何か贈りたいわ」

「気持ちだけでいいよ。それよりも、この子を俺だと思って――」

「え!」

「名前を呼ぶ練習をしてくれ。心の中ではフィーって呼んでくれているけど、まだ声に出して呼んでもらってないよな」

「なっ」


 私はフィーと猫の顔を見比べ、言葉を失くした。

 まだ愛称を呼ぶのが恥ずかしくて、無意識に避けていた。そんなところまで見透かされている。


「ああ、もう時間切れか。ミュゼ、今日もありがとう。楽しかったよ」

「こ、こちらこそありがとう。プレゼントまで……」


 迎えの馬車が近づいてくるのが見えて、フィーはさりげなく離れた。


「その猫の耳や腕がちぎれないことを祈ってる」

「そ、そんなことしないわ。こんな可愛い子に!」

「冗談だ。じゃあ、また」

「ええ、またね………………………フィー」


 消え入りそうな声は届いただろうか。

 彼は振り返らなかった。これは本当に練習が必要かもしれない。恥ずかしさのあまり猫を攻撃しないよう、細心の注意を払うことを決意する。


「お嬢様……」


 さっきまで持っていなかった猫のぬいぐるみを、大切に膝に乗せる私を見て、御者が涙ぐんでいた。

 そんなイタい子を見るような目をしないでほしい。幼児退行じゃないわ。


 ……状況的に言い訳ができなかった。また屋敷で変な噂をされるかも。



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