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3 お似合いでお互い様の求婚



 学術院の隣には、超能力の研究施設がある。

 フィリオはごく自然にその敷地に足を踏み入れようした。私も通い慣れた場所だから、恐ろしくはない。

 しかし直前で足を止める。なし崩しについてきてしまったけれど、急に我に返った。

 だって、ここには彼が……。


「大丈夫。今日、クルト研究員は休みです」

「……どうして分かるの?」

「あなたと彼の婚約解消騒動は有名でしょう? まだ顔を合わせたくないことぐらい推察できます」

「それだけじゃなくて、いろいろよ。さっきの犯人探しや王子への態度はおかしい。まるで何でも知っているみたい。あなたは……精神感応テレパシー持ち?」


 フィリオは肩をすくめた。


「ご名答。改めまして、第一級の精神感応能力者、フィリオ・アストラリスと申します。先ほどは不躾な真似をして申し訳ありませんでした。あなたを殺人犯にしたくなかったもので」


 私は言葉を詰まらせた。

 目の前にいるのは第一級の精神感応持ち。


 精神感応の超能力者と会うのは初めてではないけれど、全て第三級以下だった。その上彼らには、私の心は第一級の念動力の有り余ったエネルギーに覆われていて、よく見通せないと言われていた。

 しかしフィリオは第一級。力の階級は同じ。きっと私の心の中は丸見えだ。

 心を読まれるという状況が、ここまで羞恥心を煽るとは思わなかった。


 こういうことを考えちゃだめだということは分かっているけど、まるで全裸を見られているような気分……。


 フィリオは咳払いをして、手を叩いた。


「はい、力を抑えました。信用できないかもしれませんが、もう勝手に心を読んだりしません」

「え、あ、はい……」

「俺はあなたとゆっくり話がしたい。場所が気に入らなければ、どこでも好きなところへお連れしますよ」


 このまま解放される、という選択肢はなさそうだ。今更授業を受けに行く気分でもない。

 何より私は、フィリオの目的を知りたかった。この誘いは断れない。


 誰もいない休憩スペースに案内され、お茶が用意されたところで、私は言葉に迷いながら頭を下げた。


「先ほどは、ありがとうございました。フィリオさんのおかげで名誉を守れました」

「守れましたかね? 疑いを完全に晴らすことはしていませんが」

「ええ。あなたが前に出て顰蹙を買って下さったので、もう誰も私を強く非難しないでしょう。それに、カメリアも私を犯人だとは思わない。皆もすぐに忘れてくれると思います」


 カメリアへの嫉妬は確かにあるけれど、そんなことで危害を加えたりしない。それ以上の家族の情があるから。

 また、真犯人を憎む気持ちはあるが、カメリアと比較され続けた彼女たちの気持ちも分からなくはない。

 だから今後の対応については、妹の意志を尊重しようと思う。妹の交友関係に首を突っ込むほど、今の私に余裕はないし。


「仲の良い姉妹なのですね」

「…………」


 こうして正面から落ち着いて眺めてみると、フィリオは随分と綺麗な顔をしていた。

 歳は私とそう変わらないと思う。十七、八歳くらいだろうか。だけど雰囲気がとても大人っぽい。

 くすんだ金色の髪に、白磁のごとき肌。瞳は透き通ったエメラルドグリーン。中性的な雰囲気を持ち、物腰も先ほどとは打って変わって上品で優しげである。


 ヴァイス王子よりも、よほど王子様然としている美形だ。二人きりでいることに、急に緊張を覚えた。

 彼がふっと微笑む。


「そうまじまじと見られると、照れます」

「ご、ごめんなさい……」


 紅茶が激しく揺れている。

 私はさりげなくカップを手に取って隠した。動揺を悟られないように……って向こうが超能力を使っていたら全部無駄じゃない?


 落ち着け、落ち着くのよ。

 見た目に騙されちゃダメ。さっきの腹黒い対応を見たでしょう。

 私のことも、心の中ではどう思っているか分からない。

 こうなったら、早く話を終えて帰ろう。


 カップを置いて、深呼吸を一つ。


「その……お話って?」

「はい。実は俺、クルトとは個人的に親交がありまして、友人と言って差し支えのない間柄なのです」


 出てきた名前に、私は息を呑んだ。

 かろうじて念動力は抑えたけれど、危なかった。心がざわざわする。


「彼があなたにしたことについては、男から見ても情けないという感想です。でも、一つ弁護させていただくなら……クルト、あばらが折れてたんですよ」

「……え?」


 淡々とした口調でフィリオは説明した。


「王都の広場でお忍びデートをしたとき、初めて手を繋いだそうですね。あなたはとても恥ずかしそうにしていたとか。そのときに、念動力が暴走していたようですよ」

「そんな……」

「クルトはあなたを傷つけないように必死に隠した。仕事が忙しいと言い訳して、骨折が治るまで会わないようにして……でも、やっぱり、恐怖心までは拭いきれなかったようですね。触れるだけで骨を折られていたんじゃ、この先の結婚生活を不安に思うのも無理からぬ話だ」


 言われてみれば、思い当たる節があった。

 たった一度だけ手を繋いだことがある。あれ以来、彼は指一本触れてこなかった。デート自体は悪い雰囲気ではなかったのに……彼はずっと痛みと恐怖に耐えていたんだ。


「そう死にたそうな顔をしないでください。クルトの怪我は完治したし、そもそも怒ってないし、あなたのことを嫌っているわけじゃない。ちょっと念動力に対してトラウマができて愛せなくなっただけだ。気にしなくていい」

「そんなの無理! ものすごく気にする!」


 私は必死に呼吸を整えた。今なら自分に対する怒りで、部屋ごと圧縮破壊しかねない。

 フィリオは困ったように笑った。


「落ち着いてください。気にするのなら、気の済むまで謝ればいい。最初は手紙が無難でしょうね。こんな形で伝えてしまって、申し訳ないと思っています。でも俺は、トラウマに耐えて直接別れを告げに行ったクルトの男気を、あなたに知ってほしかったんだ。二人には、ちゃんと想いを吹っ切っていただきたい」


 うぅ、クルト。本当にごめんなさい……。

 どうやって償えばいいのか分からないけれど、でも、何もせずにはいられない。

 助言に従い、手紙をしたためることを決意する。


「話を戻しますよ。手紙と言えば、俺は最近まで西方の国々を渡り歩いていて、クルトからの手紙であなたのことを知ったんです。帰国したのは三年ぶりです。何をしていたかはご想像にお任せします」


 私は落ち込みつつも、なんとか会話に応えた。

 ようやく思考が追いついた。


「噂を聞いたことがあります。傍系の王子が第一級の精神系の超能力を持っていて、その、密偵をしているって……」


 どこかで聞いたことがある名前だと思っていた。この研究施設と実家で、彼の存在を示唆する話を耳にしていたのだ。

 フィリオはため息を吐いた。


「そんな噂が? 一応俺の存在については秘匿されているはずですが……この国の情報管理は杜撰ですね。まぁ、別に隠すようなことでもないか」

「じゃあ、やっぱり?」

「ええ。一応俺は王家の末席にいます。自分から王子を名乗れるほどの血筋じゃないです。継承権で言ったら、四位くらいにはなってしまうのですが」

「え!?」


 思ったより高い、と驚いてから、自己解決した。

 ここは超能力者のための王国。玉座に座るのは、超能力者に他ならない。血統よりも能力の強さが優先される。

 第一級の能力を持っているなら、傍系でも王位継承順位は押し上げられるだろう。

 なんなら、王城ではヴァイス王子よりも立場が上だと思う。だからあんな強気な対応ができたのか、と私は今更理解した。


 どうしよう。大変だ。流れで馴れ馴れしい態度を取ってしまっていた。今からでも口調を改めた方が良いわよね?


「申し訳ありません。私、失礼な言葉遣いを――」

「俺に対してかしこまる必要はありません。あなただって俺と同じ第一級の超能力者で、公爵家の血筋だ。ほとんど対等じゃないですか。どうぞそのままで」


 いやいや、そんな馬鹿な。

 王家の人間と臣下の家の娘が対等なはずがない


「で、そろそろ本題に入っていいですか? クルトから話を聞いて、俺はあなたに興味を持っていました。まさかクルトと婚約するとは思っていませんでしたし、俺も恋愛感情を持っていたわけではありませんが、別れたと聞いてふと思い立ったのです」


 混乱する私を置き去りにして、フィリオが真顔で言い放った。


「俺と結婚しませんか」


 カップから紅茶が跳ねて零れた。

 だけど私はそんな些細なことを気にしていられなかった。


「え? ええ? ……私と!?」


 体中の熱が顔に集まってくる。

 初対面の人間にプロポーズされた。相手は傍系王子で密偵で元婚約者の友人で、精神感応能力者だ。意味が分からない。


「ど、どうして、でしょう……?」


 フィリオはどこか満足げに笑っている。なんだろう、この一仕事終えた感じ。まだ全然話は終わっていないのに。


「俺たちがお似合いで、お互い様の関係だから」


 意味が分からない!

 急に砕けた口調でフィリオは語った。


「クルトみたいなお人好しの超能力オタクでもダメだったんだ。もうあなたを娶る一般人はいないよ。かといって、超能力者は変なプライドがあるから、妻よりも力が弱いと男は気にする。ヴァイス殿下がいい例だろ。だったら相手は第一級に限られる。そうなると、年齢が近い男は俺くらいだと思うよ。家柄も釣り合っていて、きっと親御さんも文句を言わない。見た目も身長もバランスが良い。ほら、お似合いだ。なぁ?」


 同意を求められても、素直に頷けない。


「それに、危険な念動力と嫌われやすい精神感応。夫婦になったら苦労すると思うけど、お互い様なら痛み分けで禍根が残らない。能力の違いはあれど、互いの苦悩も共有できるだろう。俺の場合、あなたの気持ちは誰よりも理解できるわけだし、嫌な思いはさせないよ。念動力を暴走させるようなことも、しないように気をつけられると思う」


 私はこの時点で、のこのこフィリオについてきたことを後悔した。

 彼の提案はこれ以上ないほど魅力的で、逃れようのない罠に思えた。


 ちょっと本音を晒そうか、とフィリオは目を伏せた。


「正直に言って、俺は結婚を諦めてた。私生活まで人の顔色伺って生きたくないし、どう考えたって精神的負荷にしかならない。血の繋がりのある親子関係すら拗れてるのに、夫婦間で上手くいくなんて思えなかった。第一、俺の超能力を知ってまで妻になりたいと言ってくれる女性なんて、いないだろうから」


 人の心が分かる――便利そうに思えるけれど、実際、辛いことの方が多いのだろう。

 嘘も秘密も暴いて、醜い本音ばかり知ってしまったら。

 知られていると、知ってしまったら。

 きっとまともに顔を合わせることも苦痛になる。そんな結婚生活を送るくらいなら、一人でいた方がマシに決まっている。


 私は、どうだろう。

 フィリオと一緒にいたら、心の中は筒抜けになってしまう。


「でも俺は、悔しかったんだ。みんなが当たり前にしていること、この力があるせいで諦めるなんて。こんな力さえなければって何度も思ったよ。でも、どう頑張ってもなかったことにはできないから、せめて自分だけはこの力を受け入れてやらなきゃ。俺はもう、そう割り切ることにした」


 フィリオはどこか捻くれてはいるけれど、不思議と嫌な人間だとは感じない。

 当たり前か。彼を否定したら、自分も否定することになる。私たちは考えることがよく似ていた。

 だけど、私よりずっと強くて前向きだ。逃げてばかりの私と違って、彼は自分の力と向き合ってきた。たまらなく眩しく思える。


 異性としてはまだ分からない。だけど私は、いつの間にかフィリオに好感を持っていた。

 人として、同じ超能力者として、尊敬できる。

 なんて単純なのだろう。自分でも呆れてしまう。


「言ってみれば消去法だし、失礼な話かもしれないけど、あなたとなら遠慮せずに長く付き合えると思ったんだ。まだクルトを好きでもいい。今すぐ決めなくても構わない。だから、前向きに結婚を考えてみてくれないか。少なくとも俺にはあなたしかいないんだ」


 心臓の音がやけに大きかった。手に嫌な汗をかいている。


「一つだけ聞かせて。私のこと、怖くないの? 念動力を暴走させるかもしれないのに」


 フィリオはまっすぐ答えた。


「念動力はやっぱり少し怖い。でも、あなたが望んで人を傷つける人間じゃないってことは、分かるから……あなたの心は怖くない。だって、ものすごく臆病でいじらしいじゃないか。そういうところ、可愛いと思うよ」


 心を読まないって言ったくせに、嘘つき。

 ……でも、可愛いと言われて、満更でもなかったりする。私も大概だ。


「あなたが自分一人で超能力を制御できないのなら、俺も手伝うよ。その力が感情に左右されるんなら、俺の専門分野だ。失敗したら、連帯責任ってことでいい」


 ずるい。私限定でとんでもない威力を発揮する口説き文句だ。

 そんな格好いいことを言われたら、ときめかずにはいられないわ!


「…………うわぁ」


 フィリオが小さく呻く。私ほどではないにせよ、彼の頬も少し赤くなっていた。

 なるほど。私が恥ずかしいことを考えると、フィリオもまた恥ずかしくなるようだ。

 これが痛み分けね。


「…………」


 確かに、精神感応に対して抵抗はある。死ぬほど恥ずかしい。私のうじうじした心を覗かれて、幻滅されるかもという不安は常に付きまとう。


 だけど、私の念動力への恐怖を押し殺して、それでも手を差し伸べてくれるなら。

 危険な目に遭わせても、お互い様だと笑って許してくれるなら。

 心の中身くらい、差し出しても構わない。


 人生の急展開に頭がついていかない。私は大きく息を吸って、慎重に答えた。


「わ、分かった。考えてみる。もう少し、待っていてください」


 まだ返事はできない。心の中にクルトの存在が残っている限り、ここで頷くのはあまりにも無礼だと思うから。

 まずはクルトに謝罪の手紙を出そう。自己満足になってしまわないように、彼がこれからの人生で気に病まないように、たくさんの祈りを込めて。


 心の整理をして、よく考えて、それからフィリオに答えを返したい。


 だけど、なんとなく予感があった。

 私にとっても、フィリオしかいない。こんなことを言ってくれる人は二度と現れないだろう。だから私は、いつか彼と――。


 目の前の勝ち誇ったような笑顔が憎かった。


「ありがとう、ミュゼット。ゆっくり考えてくれ。俺は焦らない。心の広さには自信があるんだ」


 その日を境に、私は自分を不運だと思うことはなくなったのだった。



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