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2 嫉妬渦巻く学術院

 

 婚約解消から一週間、久しぶりに学術院に顔を出すことにした。


 王都に住まう若者が通う学校だ。

 圧倒的に貴族が多いけれど、中には平民もいる。もちろん、超能力者もそうでもない者も。


 ちなみに私は学術院があまり好きではない。勉強はそこまで苦ではないけれど、孤独が浮き彫りになるだけの場所だから。早く結婚して辞めてしまいたいとずっと思っていた。

 またしばらく通わないといけないなんて……辛い。


 早く探さないと。未来の伴侶を!

 家柄や顔なんてどうでもいい。

 私の能力ごと受け入れてくれる、心優しく勇敢な殿方はいないかしら。


「…………う」


 理想を思い浮かべたら、クルトのことを思い出してしまった。

 彼は、本当に優しい人だった。

 私が超能力で何かをするたびに、「すごい」「格好いい」と目を輝かせて褒めてくれた。物を壊しても怒らなかったし、はしたない行動をしても笑って許してくれた。天使のような妹とも区別せず、平等に笑いかけてくれたのも嬉しかった。


 だから、勘違いしてしまったのだわ。

 結婚についてお母様に聞かれたとき、つい言ってしまったの。

 クルトみたいな優しい男性のお嫁さんになりたいって。

 言葉にして初めて、恋をしていることに気づいた。


 話してからたった数日で、クルトとの婚約話がまとまっていた。

 きっとお母様が公爵家の権力をフル動員したのだろう。クルトは「光栄です」と喜んでいたようだったけど、あのときからもう嫌だったのかもしれない。

 彼は優秀だけど家柄はそれほどでもなかったから、きっと縁談を断れなかったのね。

 そう考えると、悪いことをしてしまった。彼を恨み切れない。


「はぁ……切り替えなきゃ」


 だけど、心のモヤモヤは消えない。

 授業にも出ず、中庭のベンチでぼんやりと時間を浪費する。


「あ、ミュゼット様よ」

「随分と落ち込んでらっしゃるわ……無理もないけれど」


 いつの間にか、休み時間になっていた。

 私の婚約解消話はすっかり広まっているみたい。誰も目を合わせてくれず、話しかけてくる者もいなかった。

 元々カメリアと違ってお友達なんていなかったけど、前よりもっと居心地が悪い。


 こんなんじゃ、もう、誰かと結婚するなんて無理かもしれない。

 こんな能力を持って生まれてきた私だけど、人並み以上に恋愛や結婚に憧れがあった。


 政略結婚だったお母様は、娘たちには同じ思いをさせないと誓っていたようだ。王子様とお姫様が結ばれる童話をしばしば語り、恋愛結婚を強く推奨していた。私が恋愛に夢を見てしまうのは、その影響だと思う。


 私もいつか幸せなお嫁さんになれると信じていた。

 現実は、童話のようにはうまくいかない。

 このままじゃお父様が探してくる処分先に嫁ぐしかない。いえ、処分先が結婚相手とは限らない。どこかの研究施設に閉じ込められてしまうのかしら。


 そんなの嫌だわ。

 そんなことになるくらいなら、いっそ家を出て一人で生きていく――。

 悪い方向に思考が沈んでいた私は、気づかなかった。


「おい! 聞いているのか!?  ミュゼット・ファラデール!」


 肩を揺らされ、はっと顔を上げる。

 目の前にヴァイス王子がいた。珍しい。妹ではなく、私に声をかけてくるなんて。


 よく見たら、王子だけではなかった。カメリアの学友たちが、真剣な表情で私を取り囲んでいた。みんな年下とはいえ、この人数に囲まれると冷や汗が出る。


「なんの騒ぎでしょう?」

「とぼけるな! よくもカメリアに怪我をさせたな!」


 私は弾けたように立ち上がる。


「カメリアが怪我? 一体何が? 無事なのですか?」

「下手な演技だな。お前がやったくせに」


 私は訳が分からなかった。

 何を言ってるの、この色ボケ王子は。

 カメリアのことが好きすぎて、おかしな妄想に囚われたのだろうか。


 今すぐカメリアがいるであろう医務室に駆け付けたいが、自国の王子を無視するわけにもいかないし、この人垣を突破するには……超能力を使わないと無理だ。


「本当に、身に覚えがないのです。説明していただけませんか」

「ふん、いいだろう」


 王子は罪状を突き付けるように、よく通る声で述べた。ますます人が集まってくる。


 つい先ほど、カメリアが学舎の前を歩いており、そこに大きな植木鉢が落ちてきた。当たりこそしなかったものの、カメリアは驚いて転び、手足に軽傷を負ったとのことだった。


「可哀想なカメリア……実の姉に殺されかけるなんて」

「ちょっと待ってください。どうして私だと決めつけるのです?」

「お前以外の誰がカメリアを傷つける? 万人に愛される彼女を恨む人間なんて、お前くらいしかいない。妹が羨ましくて憎かったのだろう? 惨めな女だな! そんなことだから婚約破棄されるんだ!」


 その物言いに頭がカっとなると、中庭の木々が大きく軋んだ。

 周囲がざわつき、大柄の男子が王子を庇うように前に出た。

 いけない。ここで誰かを傷つけたら、心証が悪くなる。


「違います……私はずっと中庭にいました」

「それを証明できる人間がいるのか? いや、どこにいたって関係ない。お前が、その第一級の念動力で、鉢を落としたんだろう!」

「私じゃありません。鉢を落とすくらいの念動力なら私以外にも使える者はいますし、瞬間移動でだって……いえ、学舎から直接投げ落としたなら、誰にだって犯行は可能でしょう?」


 ヴァイス王子は取り合おうとしない。

 動機がある人間は私しかいない、と決めつけている。


「お前みたいな危険な女を、野放しにしていたのが間違いだったんだ。いい機会だ。国の研究機関に籠るか、北方の最前線で蛮族と戦うか選べ。せいぜい、その化け物じみた力を国のために使うんだな。お前はカメリアの姉にふさわしくない。ずっと目障りだったんだよ!」


 何故、こんな風に言われなければならないの。

 悔しくて、悲しくて、目の前が滲む。

 何も言い返さない私に、周囲から遠慮のない言葉が投げかけられる。


「やっぱりミュゼット様なんだ……なんて恐ろしい」

「実の妹に、どうしてこんなひどいことができるの?」

「婚約者に逃げられて、自暴自棄になったのか」


 ひどい屈辱だわ。

 流れは完全に私が悪者になっている。

 もっと強く否定しなくちゃいけないのに、どうしよう。何か言葉を発しようものなら、一緒に念動力を放ってしまいそう。怒りの感情をそのまま力に変えちゃうわ。


「ふん、もはや弁明もないようだな! 学術院の警備兵を呼べ!」


 このままだと、ふんぞり返った王子を粉々にしてしまう。まずい。殺人はまずい。

 超能力を使った犯罪は重罪。しかも相手は出来が悪くても王族。私どころか、家族にも咎が及ぶかも。

 我慢、我慢よ。私なら制御できる。大丈夫。クルトと一緒にたくさん練習した……。


「……っ」


 心がずきりと痛んだ。

 駆けつけた警備兵が事情を聴き、戸惑いながら手を伸ばしてきたとき、私の自制心はもう限界だった。

 頭が真っ白になった、そのとき――。


「お待ちください。彼女は犯人ではありません。勝手なことをされては困ります」


 横から伸びてきた手が、警備兵の腕を払った。

 私は驚いて、怒りを忘れた。

 背の高い少年が、私を庇うように立ち塞がった。

 誰だろう。知らない人だ。


「なっ、貴様、フィリオ・アストラリス、か?」

「お久しぶりです、ヴァイス殿下。相変わらずのようで、ある意味安心しましたよ」


 口調は穏やかだけど、声ははっきりと苛立っていた。

 フィリオという名前、どこかで聞いたことがあるような……?


「さっきから聞いていれば、一方的に女性を罵って、見苦しいにも程がある……恥ずかしくないんですか?」

「な、何を……!」

「視野が狭くて、思い込みが激しくて、悪辣な正義感で無遠慮に人を傷つける。あなたの方こそ目障りだ。王家の恥晒しが」


 フィリオは王子を睨み、舌打ちをした。

 直系王族に対してこの言動。不敬罪に問われてもおかしくない。

 しかし罪に問われる前に、彼は流れるように人垣を指さした。


「もう一度言います。ミュゼット嬢は犯人ではない。彼女の妹を傷つけたのは――あなたとあなたですね」


 指さされたのは、二人の少女だった。

 見覚えがある。よくカメリアと一緒にいる……妹の友達だ。


「ち、違います。どうして私たちがカメリアさんを?」

「そうです! 友達なのに!」


 否定の言葉を叫びながらも、二人とも見る見るうちに顔色が悪くなっていった。


「動機は単純。嫉妬でしょう。カメリア嬢ばかり男にちやほやされる。自分たちは彼女の引き立て役にしかなれない。にもかかわらず、彼女自身は男たちの好意を石ころのように扱い、無邪気に花と戯れる。それでいて、成績優秀で家柄も最良。そりゃ鼻につきますよね」


 フィリオは同情めいた視線を彼女たちに向けた。

 周囲はざわめいたが、王子は絶句していた。


「だけど、あなたたちの方が悪質ですね。下手したら本当にカメリア嬢が死んでいましたよ。大体、友人と言うのなら、医務室にいる彼女に付き添うべきでしょう? 植木鉢が落ちたとき、そばにいなかったんですよね? 一体どこにいたんです?」


 彼女たちは咄嗟に答えられなかった。

 フィリオが目を細める。


「言えないでしょう? あなたたちに千里眼クレヤボヤンスはない。学舎の屋上には人影がなかったかもしれませんが、他の場所には誰がいたのか分からない。下手なことを言えば、嘘がバレてしまいます。二人で口裏を合わせることもしていない。計画性の欠片もありませんね。この分だと、少し探せば目撃者が見つかるかもしれない」


 彼女たちの体が小刻みに震えている。

 フィリオの言葉に根拠はないのに、それが真実かのような強さがあった。

 ちょっと怖い。何もかも見透かされているみたいで……。


 このまま強引に彼女たちの口を割らせるのかと思いきや、フィリオは急に掌を返した。


「……ああ、すみませんね。よく知りもしないのに決めつけてしまった。これでは殿下と変わらない。申し訳ありません、お嬢様方。心から謝罪します」


 う、嘘くさい。声に微塵も心がこもっていない。

 犯人と目された彼女たちも、それ以外の生徒たちも、戸惑いを隠せなかった。


「さて、ヴァイス殿下」


 フィリオに呼ばれ、呆けていた王子の背筋が伸びた。


「ミュゼット嬢以外にも疑わしい人物はいます。普通の人間には人の心の中なんて分からない。動機から犯人を絞るなんて不可能です。以後、気をつけてください」

「し、しかし――」

「まだ何か? ……へぇ、どうしてもミュゼット嬢を犯人にしたかったんですか? ああ、殿下は昔から、第一級の超能力者に嫉妬していましたからね。ご自分が第二級だからって、気にされることはないのに」


 王子の顔色が変わった。


「違う! 僕はそんなこと――」

「例えば、そうですね……カメリア嬢に結婚を前提にした交際を申し込んだけど、『姉の結婚が決まるまで考えられない。今そんな話をするなんて無神経だ』と遠回しに断られて途方に暮れた。……そんな会話があったとしたら、殿下にもカメリア嬢に危害を加える動機はありますね。目障りなミュゼット嬢に濡れ衣を着せて遠ざけ、傷ついたカメリア嬢の弱みに付け込む。ついでに恥をかかされたことに対する意趣返しもできる。はは、クズ野郎だなぁ」


 どこまでも場違いな、爽やかな笑顔を浮かべるフィリオ。

 この男もなかなかの……と私は一歩引いた。


「ば、馬鹿な! この僕を侮辱する気か?」

「先にミュゼット嬢を侮辱したのは殿下だ。いいですよ? 議論が足りないのなら、いつまでも付き合いましょう。だけど、舌戦で俺に勝てるとでも? これ以上恥ずかしい思いをしたいのなら、止めませんが」

「…………っ!」


 殿下は戦慄いた。そして沈黙した。負けを認めたのだ。


「こんなところで不毛な犯人捜しをするよりも、早くカメリア嬢のところに見舞いに行くべきです。俺たちも失礼します。ほら、道を開けてください。そろそろ次の授業が始まりますよ」


 あまりの事態に放心していた私は、言われるがままフィリオの後に続いた。

 心に怒りは欠片も残っていなかった。


 余談だけど、ヴァイス王子は見舞いに切り花を持って行って、妹の機嫌をさらに損ねた。

 そして犯人については、「植木鉢の中身が空だったので許します」という被害者の能天気な一言で有耶無耶になった。




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