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【連載版】超能力者な公爵令嬢  作者: 緑名紺


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17 超能力者な婚約者(終)

本日2話目

 

 不穏な空気が漂う中、私たちは話を続けた。


 土砂崩れの救出劇の後、お父様は今後私が神がかった超能力を発揮しないよう冷遇して精神的に追い詰めた。結果、私はまんまと念動力が制御できなくなってしまった。

 王家の方たちは私の状態を知り、求婚の打診をなかったことにしたらしい。「銀神人から寵愛されている」、「銀神人が降臨した」という噂もすっかり下火になった。


「そして、超能力を持たず政争とも無関係なクルトに嫁がせて、異動と称して南部の研究所に連れて行かせるつもりだった。そうすれば、晴れてミュゼは王位継承争いから逃れられるはずだったんだけど……」

「それについては、その……言い訳のしようもありません」


 私はお父様に正直に白状した。

 私が超能力を暴走させて、クルトのあばらを折ったこと。それでクルトは心まで折れてしまい、婚約解消を申し出てきたのだと。

 そのせいで、お父様の計画は泡と帰したのだ。


「その件については、私もクルト君には悪いことをしたと思っている。ミュゼットの超能力はただでさえ感情に左右されやすいのに、根幹となる自信を奪えば暴走するリスクは高まる。彼もそれは承知の上で婚約を受け入れてもらったのだが……耐えられなかったようだな」


 お父様の言葉に私は冷や汗をかいた。


「じゃあ、性格の不一致という理由は、全く信じていらっしゃらなかったのですか?」

「とてもそうは見えなかったからな。お前とクルト君は、上手くいっていたはずだ。見ていて恥ずかしくなるくらい初々しかったではないか」


 ちらりとお父様がフィーを見た。これはもしかして意趣返しかしら。フィーはにこにこしていたけれど、声が少し硬くなっていた。


「クルトは友人なので、俺もよく知っています。あいつは俺が今まで出会った中で一番と言っていいくらい心が綺麗な男です。でも、ミュゼを守るには優しすぎたようですね」

「そのようだな。とても残念だ。おかげでこんな事態になってしまった」

「…………」


 こころなしか部屋の温度が下がった気がする。

 私は二人の間で視線を彷徨わせ、おろおろしてしまった。

 どうしてこんな険悪な雰囲気になってしまったのだろう。お父様の真意を知った今となっては、二人には仲良くしてほしいのに。

 ふと気づくと、フィーが肩を揺らしていた。


「ごめん。調子に乗りすぎた。ミュゼ、別に俺と公爵閣下は心の底からいがみ合っているわけじゃない。可愛い娘を、こんな鼻持ちならない精神感応持ちの男に奪われるのが嫌で、拗ねているだけだから」

「いや、私は心底貴殿が嫌いだが」

「こんな力なんで、嫌われるのは慣れているので構いません。俺は公爵に好感を持っています。それだけ覚えておいてください」


 俺の父親とは大違いだ、とフィーが小さく呟いた。

 お父様は分が悪いと察したのか、咳払いをして話を進める。


「……それで、貴殿はミュゼットを王位継承争いの道具にさせないと言ったが、そのようなことが可能なのか? 先の超獣討伐のせいで、再び王家の注目がミュゼットに集まってしまった。本当に余計なことをしてくれたものだ」

「そのことについては謝罪します。ですが、こうなった以上、なおさら俺と結婚すべきです。俺ならミュゼの盾になれます。ミュゼを利用しようにも、俺が隣にいたのでは騙せません」


 盾、という言い方が気になった。フィーに負担をかけてしまうのは嫌だ。


「同時に、ミュゼの存在が俺の盾になる。陛下の手駒であり、王位継承権を持ち、心を見透かす俺の存在はどの陣営にとっても厄介だ。自分で言うのもなんですが、敵に回したくないでしょうね。短絡的に消そうとする輩がいてもおかしくない」

「そんな……でも私が隣にいれば、フィーを守れる?」

「ああ。強力な抑止力になるだろう。もちろんそれでも手出しをしてきたら、ミュゼにも危険が及ぶかもしれないけど……」

「そんなの構わないわ」


 お互いを守り合うのなら、対等だ。罪悪感を抱かずに済み、私としては願ったり叶ったりである。

 私がこんな強大な力を持っているのは、フィーを守るためなのかもしれない。誰かを傷つけるのは嫌だけど、フィーを守るためなら話は別だ。私は分かりやすく酔っていた。


 気づけば、視線を交わし合って甘い空気を出す私たちに、お父様がげんなりしている。フィーが居住まいを正した。


「公爵としては、面白くないかもしれません。俺たちが互いに承知していても、結局は俺がミュゼを利用するようなものです。ですが、俺は今のところ陛下の庇護下にいるし、立場も中立に近い。超能力を持たない人々を迫害する気はこれっぽっちもありませんし、公爵に便宜を図ることもできるでしょう。それでももし気に入らないというのなら――」


 フィーが私の手を取って、決して離さないと言わんばかりに握りしめた。


「立場も身分も役目も全て放棄して、ミュゼと二人でこの国を出ます。俺はそれくらいの覚悟です」

「フィー……」


 嬉しい。また泣いてしまいそう。

 だけど、私は感動してばかりではいられなかった。彼に頼ってばかりではいけない。説得すべき相手は私の父親だ。ならば私が頑張らないと。


「お父様、お願いします。認めてください。私にこんなことを言ってくれる人は、フィー以外にいないんです。彼はこの王国に必要な人だわ。失わせてはいけない。それに私も、できれば国のために頑張りたい。もうこんな力さえなければなんて思いたくないし、お父様の仕事だって手伝いたいの。だから、だから――」


 お父様は気圧されたように呻き、そして小さなため息を吐いた。


「……どうせ私に選択肢はない。好きにするといい。処分先が見つかって何よりだ」


 腑に落ちない私はフィーに視線で尋ねた。


「『しばらく見ぬ間に随分成長した。似合いの相手を見つけられて良かった。今度こそ必ず幸せになりなさい』……そう思ってくださっているようだ」

「まぁ、お父様ったら……!」


 私とフィーは怒ったお父様に応接室を追い出された。






 あの後、結婚に関してお父様に一つだけ条件を出された。


『あと一年学術院に通い、きちんと卒業すること』


 ……何の意味が?

 私は憂鬱で仕方がなかった。


「まぁ、さすがに婚約解消してすぐに別の男と結婚したんじゃ外聞が悪いし、婚約期間を設けるのは当然じゃないか」


 昼休み、学術院の裏庭で一人文句をたれていると、どこからともなくフィーが現れた。もうこれくらいでは驚かない、絶対に。


「そうかもしれないけど……きっと意地悪されたんだわ」

「俺に対してはそうかもしれないが、ミュゼに対しては違う。せっかく娘と和解できたんだから、もう少し手元に置いておきたいんだろ」


 そうなのかしら。でもそういう理由なら、私もあと一年、一生懸命親孝行をしようという気になる。そしてできれば、フィーの超能力に頼らず、お父様の感情が分かるようになりたい。


「カメリアさんも、お姉さんと離れがたいと思っている。本当に仲の良い姉妹だな」

「ええ。そうだ、聞いて! カメリアがね、結婚式のブーケを作らせてほしいと言ってくれたの。もちろん生花よ。すごいと思わない?」

「……ああ。それはありがたいな」


 フィーの笑顔が引きつっている。

 ダメね、フィーが相手だと話のオチがすぐ伝わってしまう。


『切り花を用意するときは、お花たちと交渉して約束するの。寿命の前に手折る代わりに、子孫を未来永劫繁栄させる、と。姉様を祝福するためならそれくらいお安い御用だわ』


 ……重い。

 重すぎて、私、ブーケトスができないかもしれない。


 近頃ではお父様とお母様も心配している。私と同じかそれ以上に、カメリアの嫁ぎ先を探すのは難易度が高いのではないか、と。

 あと一年公爵家で暮らすなら、妹を精一杯見守ろうと思う。


「ごめんなさい、私の家の都合で待ってもらうことになってしまって」

「いいよ。俺としては長期戦を覚悟していたから。今後は婚約者として堂々と振舞える。それだけで十分だ。一年くらい我慢できるよ」


 フィーが差し出してきた手に、嬉々として自らのそれを重ねた。もちろんドキドキはするのだけど、念動力が暴走することはなかった。


 フィーの推論では、私がクルトに怪我を負わせてしまったのは、日頃から念動力を抑えていたことが大きいそうだ。


『俺もだけど、一等級の超能力は発動しているのが普通の状態なんだと思う。ミュゼは一日中宙に浮かんでいられるくらい力を有り余らせているだろ? 適度に使って発散しないと、暴発もするさ。……クルトは本当に貧乏くじを引いたな。余計なお世話かもしれないが、神殿の祈願箱にあいつの幸せを願った紙を入れておこうと思う』

『私も書くわ……』


 そんな会話があった後、私は適度に念動力を使うようになった。屋敷ではできるだけ浮いており、使用人をざわつかせているけどもう気にしない。陰で何を言われようとも、両想いの相手がいるだけで気にならなくなるものだ。


 フィーには絶対に怪我をさせたくない。そして、いざというときには守るのだ。

 そのために、念動力を使いこなす努力は怠らない。


「そういえば、謹慎が解けたよ。明日から隊に戻る」

「そうなの。良かった。もし機会があれば、セレンさんやシグくんに改めてお礼を言いたいわ。お見舞いのときはあんな感じだったし」

「じゃあ、シグが俺の復帰と婚約祝いと称して食事をたかろうとしているから、今度会ってくれるか? なんで祝われる俺が奢らされるのか納得いかなかったんだけど、ミュゼが来てくれるなら甘んじて受け入れよう」

「ええ、ぜひ」


 シグは相変わらずのようだ。


「セレンも、カメラを使いたくて仕方がなさそうだったから、誘って撮ってもらおうか」

「本当? 実は少し興味があったの。何を着て行こうかしら。写真に残るなら、ドレスの方がいい?」

「……いつも通りでいいよ。あいつらにあなたの着飾った姿を見せてやるなんて勿体ない。俺だってまだ見たことないのに」

「そんな……じゃあ今度舞踏会の誘いがあったら、一緒に行ってくれる?」

「もちろん。むしろ俺以外の誰がエスコートするんだよ」


 控えめに言って、蜜月だった。

 世界は私たち二人を中心に回っている。そう勘違いしてもおかしくないほど、お互いしか見えない世界が展開されていた。

 しかしさすがの私たちも、時間を止める力はなかった。そろそろ昼休みが終わる。名残惜しい。


「ミュゼ。せっかく学術院にしばらく籍を置くんだ。やり残したことがあるなら、しておくといい」

「……もう。さすがに余計なお世話じゃない?」

「それは失礼。でも心配なんだよ。人のことは言えないが、ミュゼの周りにはもう少し超能力者以外の人間がいてもいいと思う」


 私が学術院でやり残したこと……それは、お友達を作ること。フィーにセレンやシグ、クルトがいるように、私も家族やフィー以外に心を許せる相手が欲しい。

 そうね、できれば超能力者以外がいいかも。私も欲張りになったものだ。


「気楽に頑張ってみるわ」

「ああ。相手が女性の場合に限り、応援する」


 私を怖がらない、そんな勇敢な乙女がいるかしら。きっと一人くらいいるわよね。


「ミュゼは随分前向きになったな。よく笑うようになったし、よく喋ってくれるようになった。随分と印象が変わったよ」

「それはあなたのおかげよ。あのときの私は人生のどん底にいたの。救い出してくれて本当に感謝しているわ。でも……私、変わらない方が良かった?」

「…………」

「フィーは卑屈で面倒くさい女性が好みなんでしょう? 私はそんな自分が嫌だから、変わりたいんだけど」


 フィーはじっと私を見つめ、そして頷いた。


「大丈夫。そのいじらしさはそう簡単には変わらない……加虐心をくすぐられる」

「なっ!?」

「というか、俺がその気になれば、いつだってミュゼを卑屈で面倒くさい女性に戻せる。気にしなくていいよ。ああ、もちろんどんなあなたでも魅力的だよ」


 その言い方はない。とってつけたように……。

 確かに私はいつもフィーの手の平の上で翻弄されっぱなしだ。でも仕方がない。私の気持ちは筒抜けで、フィーはいつだって精神的優位に立っている。

 ずるい。たまには私もフィーを焦らせてみたい。主導権を取ってみたい。


「…………!」


 閃くと同時に私は行動に移した。精神感応持ちに対抗するには瞬発力が大切。思考を読んでも対処が間に合わなければ意味がない。 

 私はふわりと自分の体を持ち上げ、長身の彼の首に腕を回す。

 

「え」


 驚いた顔が一瞬だけ見えた。けれどすぐに近すぎて分からなくなる。思い切って唇を重ね合わせるのと同時に、日頃から積もり積もった気持ちを鮮やかに蘇らせた。


 ――フィーは、背が高くて大人っぽくていつも格好良い。優しくて頼りがいがあって前向きなところも尊敬しているわ。ちょっと意地悪で捻くれているところも、本当は大好き。


 息が続かない。まだまだ伝えたいことがたくさんあるのに。唇を離してから、私は宙に浮いたまま彼の首にぶら下がった。彼の腕が咄嗟に支えてくれる。


 ――知っているわ。いつも私が喜ぶ言葉を選んでくれているって。それにあなたは私が本当に傷つく言葉は絶対に言わない。そこだけが少し不満なの。私だって、あなたの本音を知りたい。


 フィーが息を呑むのが分かった。


 ――私が嫌がることでも、言っていいのよ。少しは落ち込むかもしれないけど、私は絶対にフィーのことを嫌いになったりしないからね。だから、私にだけはあなたの本当の心を教えて。


 言いたいことを言い終えて、私は恐る恐る彼の顔を盗み見た。 

 顔が見たことないくらい真っ赤だ。しかもエメラルドグリーンの瞳がこれ以上ないほど潤み、大きく揺れていた。

 絶大な効果があったようで、私まで動揺してしまった。もしかしたら、やりすぎた……?


「馬鹿だな、ミュゼ……」

 

 先に立ち直ったのはフィーだった。彼は私の頭に手を添えて、強引に唇を奪った。いつもみたいな触れるだけのキスとは違う。


「んっ」


 頭が真っ白になった。酸欠でくらくらする。やっと解放されたときには、私はすっかり参ってしまっていた。念動力を使うのも忘れ、彼に腰を支えてもらわなければ立っていられない有様である。


「俺は、ミュゼみたいに可愛い思考をしてないんだよ」


 耳元でフィーの声がした。いつもみたいな余裕はなく、切羽詰まったような色がある。


「本音が聞きたいなら教えるけど……本当は俺、一年も我慢できるか分からない。今完全に自信を失くした。もし今度同じことをやったら、あばらの一本や二本犠牲にしてでも――」


 そこから先の言葉は、とてもお伝えできない。私は大きな勘違いをしていた。フィーは王子様ではない。狼さんだった。


「というわけで、後先考えて行動しような?」

「……はい」


 体を離してからも、ドキドキが全身に広がって熱が引かない。どうしよう。午後からの授業をどんな顔で受ければいいのか分からない。クラスメイトにますます変な子だと思われてしまいそう。

 無様な私を見て、フィーは満面の笑みを見せた。


「ミュゼの熱烈な愛情表現は嬉しかったよ」

「うぅ……」

「これからは俺も少し素直になることにする。あなたも嫌じゃなかったみたいだし」

「…………くっ」


 完敗である。やはり私はどうあがいてもフィーの手の上から逃れられない。


「また放課後に迎えに来るよ。甘い物でも食べに行こうか。白煉瓦のカフェのワッフル、ミュゼ好みに改良されたか確認しよう。じゃあ、午後の授業も頑張って」


 いつになくご機嫌な背中を見送りながら、私は嘆息した。彼の新しい一面を見てしまった。ちょっと怖かったけれど、力強くて男らしかった。心臓の辺りがきゅんきゅんする。


 婚約者が今日も素敵で、私は今、とても幸せ。






お読みいただき、ありがとうございました。

感想や評価などいただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。



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[良い点] とっっっっっってもすてきでした!!! ファーの本気の気持ちぶつけてるのをますますみてみたくなりました!!
[良い点] 短編の時から好きでした。連載版になってより楽しくどきどきするようになっていて、最後まで一気に読み進めてしまいました。もし叶うのであれば、2人のその後や周りの人たちのお話が読みたいなと思いま…
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