16 vsお父様
いざ、決戦のときである。
公爵家の屋敷にある立派な応接室――私もめったに足を踏み入れないこの部屋に、役者は揃っていた。
私、フィー、そしてセドリック・ファラデール公爵。
お母様も参戦したがっていたけれど、まずはこのメンバーでの睨み合いになった。もちろん私はフィーの味方なので、二対一。数の上ではこちらが有利である。
ちなみに私が興奮することを考慮して、お茶の用意はない。ある意味準備万端である。
重苦しい空気の中、フィーが口火を切った。
「ミュゼットさんを私の妻に迎えたい。お許しいただけますか」
お父様は忌々しげに目を閉じた。
「どうせ、こちらの心は分かっているのだろう。確認する意味が?」
「俺には分かっても、彼女は全く理解していません。ご説明いただきたい」
確かに、私は分かっていなかった。二人の顔を交互に眺めることしかできない。お父様がどのような判断を下しているのか、ちゃんと言葉にしてもらわないと。
「王位継承権を持つ第一級の超能力者、それも国王陛下が特別目をかけている貴殿からの申し出だ。断ることなどできまい」
「お父様……」
こんなに早く勝負がつくなんて、と私は糠喜びをした。
「仮に断って他の家に嫁がせようにも、もはや手遅れ。ただでさえ第一級の念動力を恐れて貰い手が少ないのに、娘には婚礼の直前で取り止めた恥ずべき経歴がある。それに加え、少し調べれば男と二人きりで王都を出た上、第一級の超獣を討伐したことはすぐに分かる。このような非常識な娘を何食わぬ顔で嫁に出せるほど、我が公爵家は厚顔ではない」
ぐうの音も出なかった。
言われてみればその通り。未婚の身で殿方と二人きりで遠出をして、結構な事件に巻き込まれるなんて、これ以上ない醜聞だ。まともな家ならそんな娘は受け入れない。もうフィー以外の殿方に嫁ぐのが実質不可能になっている。
自分で自分の退路を断っていたようだ。軽率。でも結果的に良かった。
「それを狙っていたのだろう」
「まさか。虎との遭遇は偶然です。ですが、最初から責任を取るつもりではいました」
お父様の鋭い視線を、涼しい顔で受け流すフィー。
この状況でよく笑っていられるものだ。頼もしい。同時に、お父様が面白くないと思うのも無理はない。あとでちゃんと謝ろう……。
「しかし、公爵閣下。公爵家と繋がりを持ちたい家はごまんとある。ミュゼットさんはとても美しいですし、第一級の娘からは超能力者が生まれる可能性が高い。相手を選ばなければ、嫁ぎ先はいくらでもあったはずですが?」
「……そのような下卑た目的の輩とは縁を繋ぎたくなかったものでな」
「そう言っていただけると、安心します」
「自分がそうではないと?」
「ええ、私はミュゼットさんが公爵家を勘当されたって、妻に迎えますから」
「家柄がなくとも、ミュゼットは第一級の念動力を持っている。その価値は消えない」
お父様は鼻で笑った。
「私は忙しい。精神感応持ちの相手と腹の探り合いをするほど、無駄な時間もあるまい。いい加減、貴殿の目的を言いたまえ。猫を被る必要もない」
「そうですね。はっきり言います。俺はミュゼを一人の女性として愛しています。絶対に彼女を王位継承争いの道具にはさせない。そのためにも彼女を妻に迎えたいと思っています」
父親の前で情熱的な言葉を聞くのは、これ以上ないほどこそばゆい。でも、ときめいている場合ではなかった。
王位継承争い。
ここにきて、予期せぬ言葉が出てきた。打合せにはなかった展開だ。急に不安になってきた。
「どういうこと?」
「……黙っていてすまない。王国の未来に関することだから、ミュゼの気持ちが固まるまでは話せなかった。断じて、これが目的でミュゼに近づいたわけじゃないから」
フィーはお父様に目線で許可を得て、一つ一つ教えてくれた。
「現状、次期国王に一番近いのが誰かは知っている?」
「第一王子のヘルガンド様でしょう。国王陛下に次ぐ、王国最強の超能力者だもの」
この王国の玉座に座るのは、王家の血を引く最強の超能力者。銀神人の墓を守るためには力が必要であり、それゆえに銀神人も墓守にふさわしい者に強大な力を与える。
それは建国以来シルグレヴ王国でずっと信じられ、守られている決まり事だ。
「そう、順当にいけばヘルガンド殿下で間違いない。だけど、あの方にはかなり問題があって、一部を除いた臣下からは王位継承を望まれてない」
「え、そうなの?」
ヘルガンド様と言えば、北方の半獣民族に対する抑止力として名高い。王国北部の住民にとっては英雄だ。国民の人気も高いはず。
「ヘルガンド殿下は、超能力を持たない者を人間と思ってない。無能、なんて差別用語を平気で使うような選民思想の塊だ。俺も数年会っていないから、今もそう思っているかは分からない。でもあの人が即位したら、超能力者以外は奴隷のように扱われることになるかもしれない」
フィーは不愉快そうに言った。
「今だって超能力者はかなり優遇されている。強大な力を持ちながら、使用を禁止されていないだろ? ただ一つ、超能力を用いた犯罪行為が重罪になっているから、みんな抑制しているんだ。でもヘルガンド殿下は、その法律すら撤廃して超能力者を守るつもりらしい」
「そんなことをしたら……」
「この王国の秩序は無茶苦茶になる。調子に乗った超能力者がいろいろとやらかしてくれるだろうからな」
とても信じられなくてお父様に視線を向ける。
「事実だ。ヘルガンド様が即位したら、この王国はさらに超能力者優位の社会になる。私も、大臣の地位は追われるだろう。爵位まで脅かされぬよう、早めにリヒテルに家督を継ぐつもりだが」
「そんな……」
フィーは肩をすくめた。
「そんなわけで、ヘルガンド殿下の即位に反対する者は多い。王女殿下や王弟殿下を支持する派閥ができている。だから陛下はヘルガンド殿下に北方遠征を命じて王都から遠ざけているんだ。城にいるだけで、揉め事の種になるし」
「それは、陛下がヘルガンド様を庇っているということ?」
「まぁ、そうだな。今のところ、廃嫡にできるだけの正当な理由もない。それに、王子たちに真っ向から対立をされても困る。王位継承争いが国内だけで解決するならまだいいけど、西方諸国に隙を見せるわけにはいかない。内乱で疲弊したところに侵略戦争を吹っかけられたら、この王国の不敗神話が崩れかねない」
なんだか随分と危うい話だった。平和な国だと思っていたけれど、未来にかなり不安を覚える。次期国王が誰になるかによって、あるいはそれが決まる過程で、血が流れる予感がする。
なんとなく、話が見えてきた。
だってフィーは王位継承順位の第四位。これらの話に無関係なはずもない。
「フィーはどうするつもりなの? 誰が次期国王にふさわしいと思う?」
「俺は……調整者の働きを陛下に期待されている。継承争いを平和裏に終わらせること。できればヘルガンド殿下が即位されても王国の平和が続くように、彼の考えを改めさせ、超能力者とそれ以外の者の融和を促してほしい、と。無茶をおっしゃる」
フィーは玉座に興味がない。実の父親がクーデターを起こそうとしたとき、情報を流したことから、国王陛下に信頼されているのだろう。
そして彼の精神感応があれば、誰も心を隠せない。不穏な芽を摘み、事態が起こる前に収拾できる。彼が城を歩くだけで、暗殺も謀殺も不可能になるのだ。
ヘルガンド様は確かに最強の超能力者なのだろうが、それは武力面においてだけ。精神的に弱さがあれば、フィーにだって対抗できることがあるかもしれない。
「俺は、ヘルガンド殿下の思想には共感も賛同もできない。むしろ反吐が出る。だけど、次期国王として考えるなら、彼以外にはあり得ないと思っている。それくらい継承順位第二位の王女とは力の差がありすぎる。西方諸国がこの王国を狙う動きがある以上、強い王が必要だ。向こうとの文明の差は歴然だからな。そのうち超能力で太刀打ちできない兵器を作るかも」
「……そんなことを言えるのは、貴殿が高階級の超能力者だからだろう。弾圧される者の不安は分かるまい」
お父様が皮肉を口にする。しかしフィーも負けていなかった。
「冗談でしょう、閣下。誰より分かりますよ。俺は精神感応持ちだ。負の感情が王国に蔓延したら、一番苦しむのは俺だと断言できます。内乱も侵略戦争も、起こさせるわけにはいかない。あなただって同じ気持ちでしょう? ご自分が国内に敷いた道が、血で汚れることなど望んでいない」
「…………」
お父様が言い負けるなんて……とんでもない光景を見てしまった。
「ミュゼ、いろいろと不安にさせてしまったけど、陛下がご壮健のうちは大丈夫。王位継承で本格的に揉めるのはまだだいぶ先だよ。今はどの陣営も準備段階で、人材の確保に動いているところ。より国家に影響力のある人物を取り込もうとしているんだ。ちなみに、今一番注目されているのは、誰だと思う?」
「……それは、フィーでしょう? 帰国したばかりだし」
「残念。答えはミュゼ、あなただ」
心臓が嫌な音を立てた。
嘘だと言ってほしくてお父様を見る。これ以上ないほど渋面だった。どうやら事実らしい。
「恐ろしいことに自覚がないようだけど、おそらく戦闘向きの超能力者では第一王子に次いで強い。言い換えれば、第一王子に対抗できる戦力になり得るということ。どの陣営もそれに気づきかけている。絶対に取り込んでおきたい人材だよ」
「え、もしかして超獣を倒してしまったから? でも、そんな、確かに強かったけど、たかだか一匹じゃない。あれくらいのことで……」
「さすが虎を一撃で屠った令嬢。言うことが違う」
「フィー!」
「ごめん。でも、ミュゼについてはもっと前から話題になっていたみたいだよ。土砂崩れで生き埋めになった作業員二十二名を、全員生還させたときから」
そんな前から?
今度こそ嘘だ、とお父様を見る。疲れたようにため息を吐いていた。
「ミュゼット。お前は自分が何をしたのか分かっていない。あの災害は何もかもが奇跡的だった。普通なら即死しかねないほどの土砂が崩れたというのに、資材が支えになって空間ができていたおかげで全員が土の中で生存していた。そこに、お前の存在だ。お前が報告を盗み聞いてから、現場に向かうまでどれくらいの速度で飛んだ? お前が持ち上げたあの土砂が何十トンあったと思う? 救出時に心肺停止だった者には、念動力で蘇生処置まで施しただろう。当時十三歳のお前になぜそのようなことができた?」
「……よく覚えていません。とにかく無我夢中で……ごめんなさい」
あのときは、「私がやらなきゃ」「絶対に助けなきゃ」それしか頭になかった。だって、お父様に報告に来た人も、災害現場にいた人たちも、みんな嘆き悲しんでいた。救うことができるのは私だけだったから。
「責めているわけではない。あのときのことは、私も深く感謝している」
「お父様……」
「だが、あの奇跡的な救出劇は噂を呼んだ。『ミュゼット・ファラデールは銀神人様に寵愛されている。あるいは、銀神人様が彼女に降臨して人々を救ったのだ』と」
目が点になった。
不安になって今度はフィーを見る。彼は苦笑していた。
「ミュゼは全く知らなかったみたいだが、その噂が流れていた頃、王家から公爵家に求婚の打診をしたそうだよ」
「え!?」
「相手は第一王子ヘルガンド殿下、王弟殿下、そして、第二王子ヴァイス殿下。モテモテだな」
「ヴァイス王子まで?」
「第一王子や王弟では年齢が離れすぎていたし、既に第一夫人がいた。相手としては、ヴァイス殿下が一番自然だったんだろうな。もちろん本人は納得していなくて、周りが勝手に進めた縁談だけど」
フィーは言う。
ヴァイス王子があれほど強引に私に濡れ衣を着せようとしたのも、クルトと婚約解消したことで、また自分との縁談が持ち上がらないか心配したから、という理由もあるらしい。とにかく私を遠ざけたかったのだろう。
恐ろしい事実が次々と晒され、私は寒気と吐き気を覚えた。フィーがさりげなく背中をさすってくれる。
「全然知らなかった……」
「ミュゼが知る前に、ファラデール公爵が事態を収拾したから。国王陛下からの正式な通達でもなかったし、打診の段階なら有耶無耶にしようと思えばできた。そのためにミュゼは公爵閣下から冷遇されることになったんだ。……愛娘に辛く当たるのは耐えがたいことだったでしょう?」
「私の心情を脚色して伝えないでいただこう。私は、必要とあらば実の娘でも容赦しない」
「そうですか。俺に語られるのが嫌なら、ご自分でどうぞ」
すがる思いでお父様を見る。
私に冷たく当たっていたのは、私の超能力を憎んでいたからではないの?
彼は渋々と言った様子で語ってくれた。
「あの時点では、誰かを選ぶわけにはいかなかった。超能力者以外を差別するヘルガンド様は以ての外だが、他のお二方を選べば、お前が先頭に立ってヘルガンド様と戦うことになるだろう。我が公爵家までが王位継承争いに巻き込まれ、反逆の旗印にされてしまう。だからお前を王家に嫁がせるわけにはいかず、私はお前から自信や自我を奪い、超能力を恐れさせ、使えなくなるように仕向けることにした。噂は間違いであったと示さねばならなかったのだ」
「…………」
今でもはっきりと覚えている。『お前は化け物だ、その力は呪われている』……お父様の憎しみに満ちた声。
「あれは全部、演技だったの? とてもそうは見えなかったわ」
「全てが演技じゃない。あの言葉も、公爵の中に確かにあった本音だよ。でもそれ以上に、公爵には家族の情があった。どうしてもミュゼを王位継承争いの道具にしたくない。その力で誰かを傷つけるようなことをさせたくなかった。そんなことになるくらいなら、自分で娘を傷つける方がマシだと」
お父様は、今度はフィーの言葉を否定しなかった。
応接室の机がガタガタと振動し始める。お父様が息を呑んだように固まった。
「どうして……どうして、教えてくださらなかったのです?」
「……お前も、妻も、王子という存在に幻想を抱いているだろう。王家との婚姻について話してしまえば、乗り気になるのではないかと」
「そんなの、お父様がきちんとお話ししてくだされば済む話です。私は童話の中の王子様なんかより、お父様の言うことを聞いたのに……!」
私はお父様が大好きだった。誰より尊敬して信じていたのに、急に冷たくされてどうすればいいか分からなくなった。
いくら私を守るためとはいえ、ひどい。私の悲しみはなんだったの?
私の瞳からこぼれ落ちていった涙が、存在を主張するように宙に浮かぶ。隣から差し出されたハンカチが涙の玉を捕まえて、目元も優しく拭いてくれた。
「ミュゼ、落ち着いて」
「でも……」
「傷ついたミュゼには悪いけど、俺は公爵閣下にとても感謝している。ミュゼを守ってくれたし、実に俺好みの卑屈で面倒な女性に育ててくれた。できれば、許してあげて欲しい。結果的に良かっただろ?」
これ以上ないほど爽やかな笑顔だった。少し腹が立つけれど、その王子然とした姿に思わず見惚れてしまう。
結果として、私は傍流とはいえ王子と呼ばれてもおかしくない身分の人に捕まってしまったのだ。お父様の心配はあながち的外れともいえない気がしてきた。
あのときの私は、精神的に子どもだったのだ。お父様が真実を告げるに足る器がなかった。私にはお父様を怒る資格なんてない。
「そうね……フィーの言う通りだわ。お父様、ごめんなさい。私を守ってくれてありがとうございました。私が今幸せなのは、お父様のおかげだわ」
私が素直に頭を下げると、お父様は顔をしかめた後、やさぐれた。遠慮なくフィーを睨む。
「よくこの短期間で娘をここまで手懐けたものだ。どうやって誑かした」
「心外です。俺は真っ当な方法で口説きましたよ。あなたがクルト以外の男を寄せ付けないでくれたおかげで、とても効果的でした」
「……つくづく癇に障る男だ」
今度はお父様とフィーの間に溝ができてしまった気がする。




