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14 目覚めるパワー



 

 雨粒は大きく、しばらく止む気配がなかった。瞬間移動は難しそうだ。


「無理ですからね! ボクのせいじゃないです!」

「分かってるよ。雨用の外套も持ってきてもらうんだったな」


 私はここぞとばかりに頭上に防御壁を展開し、雨を遮断した。シグが歓声を上げて喜んでくれる。


「ミュゼ、無理してないか?」

「これくらいなら平気」

「ありがとう、助かるよ」


 少しはみんなの役に立てたたようだ。ほっと息を吐く。

 フィーが腕組みをして目を閉じた。


「森には狼がいて、草原には正体不明の何かがいるかもしれない。瞬間移動は雨が止むまで使えない。さぁ、どうする?」

「オレはさっさと帰りたい。少しでも進もう」

「俺とセレンはそれでもいいけどな。ミュゼとシグは歩けるか?」


 私は頷いたが、シグは露骨に顔をしかめた。


「嫌です。背負ってください。歩いて疲れちゃったら、雨が上がったときにすぐ瞬間転移ができません」

「甘えるなよ。いつまでも子どもじゃないんだから」

「大丈夫。ボクはそこらの女性より軽いです」

「そういう問題じゃないし、失礼」


 フィーは迷った末、シグを背中に乗せた。きっと面倒に巻き込んだ罪悪感があるのだろう。


「俺が疲れたら降ろすからな」

「えー、カノジョの前ですよ。根性を見せてください」

「どうせならミュゼを背負いたかった……」

「うわ、やらしい。聞きました? ミュゼットさん、気をつけた方が良いです!」

「お前、本当は元気満タンだろ」


 軽口の叩き合いに励まされつつ、恐る恐る草原に足を踏み入れた。真っすぐ王都に向かわず、多少は足場の良い旧街道に出ることにした。

 先頭はセレン、真ん中が私で、後ろにフィーとシグ。


 雨音で聴覚は頼りにならない。

 何が飛び出てくるか分からず、私はびくびくしていたと思う。


「ミュゼ、そんなに気を張らなくていい。何かが近づいてきたら、俺とセレンがすぐに言うから」

「ええ、ありがとう……」


 念動力の屋根で雨に降られることはなくても、水を吸った草原を進めば体は濡れる。気持ちが悪いけど、我慢だ。

 しばらくは何事もなく進み、まもなく旧街道に出る。

 何にも遭遇せずに済みそうだとわずかに気が緩んだそのとき――。


「――っ!」


 遠くで不吉な咆哮が上がった。草をなぎ、風を発生させ、脳に直接突き刺さるような衝撃だ。


「三時の方向! 何か来る!」


 セレンが接触感応を使っても、正体を特定できないなんて。

 どしんどしん、と凄まじい速さと重さを持つ何かが、草の中を移動している。


 フィーがシグを降ろして銃を撃った。当たったかどうかは分からないが、それがきっかけでそれは宙を跳躍した。


 草むらから現れたのは、巨大な虎。

 目が異常に大きく、体が仄かに発光している。


 セレンが剣を構えて前に出る。


「気をつけろ! そいつ、念動力を持ってる!」


 フィーがこめかみを指で押さえながら叫んだ。


「それって、超獣っ?」


 それは超能力を持つ獣のことだ。人間と比べ、動物に超能力が宿ることは本当に稀だ。あっても猿のような類人猿が多く、虎のような肉食獣が超能力を持つ事例はほとんど報告されていない。


 これが、旧街道を脅かしている凶暴な獣の正体。

 私たちが乗っていた馬車を墜落させたのもこの虎だろう。


「くっ!」


 超獣虎は跳躍の勢いのまま、セレンに食いつこうとした。

 爪と剣がぶつかり、甲高い金属音が響いた。一度は堪えたように見えたセレンだけど、強烈な念動力が放たれ、後ろにいた私たちまで吹き飛ばされた。


 全員がバラバラになってしまう。


「わ、わわ! こっちに来ないで!」


 最初に狙われたのはシグだった。超能力を使えないのを見抜いているのかもしれない。だとしたら、随分と賢くて勘が良い。


「シグ! 伏せてろ!」


 フィーが叫ぶと同時に引き金を引いた。

 狙いは完璧だったのに、弾丸は虎の念動力の守りによって弾かれた。全くダメージを受けた様子もなく、そのままシグに飛び掛かろうとした。


 銃は効かない。セレンが虎に追いつくのは無理だ。

 なら、私がやるしかない!


「やめて!」


 シグと虎の間に何重にも防御壁を展開した。一撃が防がれ、虎は後ろにしなやかに着地する。どこか驚いている様子で。


「…………」


 そのとき、虎が私を振り返った。何の感情も宿っていない寒気のするような目。

 すぅっと瞳孔が開く。「お前が一番邪魔だ」……そう言われた気がした。直感的に理解する。次に狙われるのは私だ。


 虎はすぐに飛び掛かってこず、草むらに身を潜めた。それなりに私を警戒しているようだ。


「ミュゼ!」

「こっちに来ちゃダメ!」


 私は恐怖に足をもつれさせた。虎がどの方向から来るのか分からない。


「フィリオ! 中継しろ!」


 どこからかセレンの声だけが聞こえた。すると、頭の中に映像が流れ込んできた。

 虎とみんなの現在位置、それが知覚できる。セレンの接触感応で得た情報を、フィーが私に送ってくれているのだ。


 教えてもらった通りの場所から、虎が飛び出してきた。

 私は悲鳴を上げながらも、必死で念動力を放った。お互いの力がぶつかる。


「嘘……!?」


 私は押し負けた。

 衝撃で体が思い切り吹き飛んだが、地面との衝突の痛みはなかった。

 フィーが受け止めてくれていたのだ。そのままがっしり抱きかかえられる。


「う、フィー、どうしよう……私……っ」


 虎が、憔悴した私を見て嘲笑った……ような気がした。


「多分気のせいじゃない。侮られた」


 第一級の私の本気より上だなんて、あの虎は正真正銘の化け物だ。

 再び虎が草の中に隠れた。でも、今度はセレンに中継してもらうまでもなく、分かりやすい動きだった。

 私たちの周りで、円を描くように走っている。


「俺たちを怖がらせて楽しんでるみたいだな。はは、性悪な虎だ」


 フィーは私を背中から抱え込んだままだ。一応片手で銃を構えているが、当たる気はしていないだろう。

 まだ私が狙われている。きっとフィーだけなら逃がせる。

 私たちが虎に付きまとわれているうちに、セレンとシグは合流したようだ。そこにフィーを念動力で送れば……。


「そんな作戦は許さない。一人犠牲になって死ぬ気か? あの感じじゃ、玩具にされていたぶられるぞ。きっとめちゃくちゃ痛いぞ」


 どうしてこんなときにそんな怖いことを言うのだろう。意地悪にも程がある。

 私だって死にたくないし、一人になるのは怖いに決まっているのに!


「正直に言う。ミュゼが殺されたら、俺たちも終わりだ。逃げきれるとは思えない。あなたの力だけが希望だ」

「フィー、でも、私の力じゃ……勝てないわ」

「まだ全力じゃない。ミュゼならもっとできる」


 きっとまた根拠のない発言だ。今度という今度は、簡単には信じられない。いい加減なことを言わないでほしい。

 そして、これだけで終わらないところがフィーの性質の悪いところだった。暗い声が耳朶を撫でる。


「できないなら、いいよ。俺が先に死ぬ。求婚した相手が目の前で殺されたら、俺は人生のどん底に戻るしかないからな」


 私の息が止まったそのとき、じゃれるように虎が飛び掛かってきた。

 頭の中が真っ白になっていて、念動力の使い方が分からない。


「っ!」


 私を庇い、フィーが虎の爪を受けた。

 濡れて冷えた体に、生温かい感触が伝わってくる。フィーの腕から赤い血が零れ落ちていた。

 そのとき、私の中で何かが弾けた。


「……ミュゼ?」


 フィーに怪我をさせた。

 あの虎が、私の大切なフィーを傷つけたのだ。


 許せない。


 その怒りは自分自身にも向かう。

 私は何をやっていたのだろう。戦う力を持っているのに、誰にも負けないくらい強いのに、意味があることに使いたいと願っていたはずなのに。


 静かに立ち上がり、そのまま少し宙に浮かぶ。脳内にまた虎の現在地の情報が送られてきた。


「ミュゼットさん! これを使ってください!」

「あ、おい!」


 突然目の前に剣が現れた。シグがセレンの剣を転移させてくれたらしい。気づけば、いつの間にか雨が上がっている。

 生まれて初めて剣を手に取った。

 剣は武器。戦うための道具。敵を倒す攻撃のイメージができる。


 虎が十分に助走をつけ、私に牙をむいて襲い掛かってきた。

 まずは防御壁を展開して、虎とぶつかり合う。半泣きの顔で虎を睨みつけた。


「もう!」


 フィーとの空中デートを邪魔した、みんなを襲った、フィーに怪我をさせた。

 私の中で怒りはピークに到達していた。


 虎を思い切り弾き返し、私は真上に飛び上がった。

 怒りの感情がエネルギーに変わっていく。

 全力の、そのさらに上の力を剣に込め、虎に向かって振り下ろした。


「フィーは私が守るんだから! もうどこかに行ってよ馬鹿っ!!」


 青白い光が草原に走る。

 馬鹿なのは私だ。こんな力で上から押さえつけたら、虎はもうどこにも行けないのに。

 相当錯乱していたのだと思う。力の制御なんて、全く頭に残っていなかった。


 ぐしゃっ、という不穏な音が草原に響いた。

 私はやっと我に返った。足元の……虎だった何かを直視できない。草どころか地面まで潰れ、赤い池ができているような気がするけど。


「あっ」


 脳が揺れて、自分の体を浮かせていられなくなった。ゆっくりと高度が下がっていく。


「ミュゼ!」


 間違っても真下に落ちたくなかった私は、もがくようにフィーの元に戻った。

 地面に足がついた瞬間、力が入らなくてそのまま倒れこむ。


 嫌わないで。私を怖がらないで。あなたに拒絶されたら、私はもう――。

 ぼんやりとした頭でそれだけを考えていた。


 フィーが笑顔で私を抱き留めてくれた。


「守ってくれてありがとう。よく頑張ったな。最高に格好良かったよ」


 その一言に安心して、私は意識を失った。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 柴田昌弘先生の「赤い牙」シリーズをふと思い出しました。制御しきれない強い力との葛藤は永遠テーマですね。
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