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12 ピークとどん底


 

 救援を待っている間、私たちは岩場の影に入って休むことにした。セレンの超能力なら近くにいれば見つけてもらえる。それよりも、森の野生の動物に見つかりたくなかったのだ。

 フィーが改まって言った。


「ミュゼ、本当に申し訳なかった。俺の提案のせいで、おかしなことになってしまった」

「いいえ、フィーが悪いわけでは……元々私が王都を出たいって言ったんだし、あんなの予測できないわ」

「そうだな。じゃあ、お互い悪くないってことで。セレンたちには馬鹿にされるだろうけど、気にしないこと」


 張りつめていた胸が楽になった。わだかまりが残らずに済みそうだ。


「暇だな。いい機会だ。今なら何でも話すよ。俺に聞きたいことはあるか?」

「……何でも?」

「ああ。例えば俺の家のこととか」


 お見通しのようだった。

 私がずっと聞きたくて、聞けないでいたこと。

 フィーも意識的に避けてきた話題だろう。結婚の話をしているのに、彼は自分の家の情報を少しも匂わせていなかったのだから。

 いきなり核心を問うのが怖くて、私はまず自分のことを話すことにした。


「嫌じゃないなら聞かせてほしい。でもその前に、私の父のことを聞いてくれる?」

「ああ」


 もう知っているかもしれないけど、と心の中で前置きしてから口を開く。


「私のお父様はね、昔は優しい人だったの。私にもカメリアにも平等に接してくれていた、と思う。念動力のことだって、自分の娘が第一級であることを誇らしそうにしていたのよ。お父様は超能力を持っていなかったせいで、随分苦労をされたと聞くから」

「うん」

「でもあるときから、急に私にだけ冷たくなった……あれは、あの土砂崩れの後ね。私が初めて、念動力で人命救助をした……」


 あれは私が十三歳頃のとき。

 新街道の工事中、土砂崩れが起こって作業員たちか生き埋めになった。連日の大雨で地盤が緩んでいたのだ。

 その日も雨が降っていた。空間にノイズがあると瞬間移動は難しい。救出するには念動力を使うしかなかった。

 部下の方がお父様に報告する場面に居合わせた私は、制止も聞かずに現場に急行した。

 無我夢中で土砂を動かして、全員を掘り出した。それで全員が助かった。


「大活躍だな」

「……お父様も最初は喜んでくれたし、感謝もしてくれたのよ」


 家族や現場の作業員の方たちだけじゃなくて、国王陛下にまで直々にお褒めいただいた。間違いなく私の人生のピークだった。本当に誇らしかった。


「でも……しばらくしてから急に、お父様が言ったの。『お前は化け物だ、その力は呪われている』って」


 それからずっと、私への当たりがきつい。要らない子のように扱われた。

 お父様が私に向ける感情は、嫉妬なんて生易しいものではなかった。あれは憎悪だ。


 私は悲しくてたまらなかった。

 こんな力があるから愛されない。こんな力さえなければ……そう考えるようになって、念動力の訓練をしなくなった。クルトに励まされて、もう一度訓練しようとも思ったけど、いつも頭にお父様の侮蔑の表情がちらついて……。

 いつの間にか念動力を使うのが怖くなっていた。


「ああ、それから、力が暴走するようになったのだったわ。だから、念動力を抑える訓練を優先して……そうだ。私がこんな風になったのは、お父様が原因だったのね。どうして忘れていたのかしら」

「辛い記憶に蓋をするのは人間の防衛本能だよ。それくらい、ミュゼの悲しみは深かったんだな」


 フィーは励ますように、私の手を握ってくれた。そういえば、今日はいつになく接触が多い。

 私はその手を握り返すことができなかった。照れや恥ずかしさよりも恐怖の方が大きい。


「フィーは大丈夫? 怖くない? 私、そろそろ回復しているから、念動力が――」

「大丈夫。クルトのときとは違う。もうミュゼは、力を暴走させたりしない」


 フィーが自信満々に断言する。きっと根拠はなくて、そう信じ込ませようとしているだけ。それが分かっていても、私は不思議と安心できて体から力が抜けた。

 そっと手を握り返してみる。お互い、どんな顔をしているのだろう。とても目が合わせられない。


「じゃあ、今度は俺の番だな。俺の父親は……すごく外面が良かったんだ。温和で聡明な人格者で、神殿長をやっていたときは人望もあった」


 今度はフィーが自分の家族について話し始めた。

 開始から早々、言葉の節々から不穏な雰囲気が漂っている。


「まぁ、実際は性悪なんだけど。自分が一番じゃないと気が済まなくて、自分こそ国王にふさわしいっていう、危険思想の持ち主だったわけだ。もちろん上手く隠していた。でも、俺には分かってしまうから……」


 フィーは深いため息を吐いた。


「実の父親と国王陛下、どちらにつくべきか。散々悩んだけど、俺は精神感応持ちだから心に嘘は吐けなかった。俺のことを優秀な息子だと笑顔で褒めながら、気色悪いクソガキだって見下す男の味方はできなかった。あんまり詳しく話したくないけど、虐待もあったよ。俺が不都合なことを喋らないように恐怖で縛り付けて、たまに優しくして懐柔しようって魂胆だ。俺の力を意のままに使いたかったんだな」


 壮絶な告白に私は息を呑んだ。


「小さい頃は素直に従っていた。単純に父が怖かったんだ。でも、やっぱり、クーデターは見過ごせないだろ? しかも俺より継承権が上の王族を暗殺して、俺を国王にして傀儡政治をしようと目論んでいたんだ。絶対に嫌だと思った。だからその計画を国王陛下に全てお話しした。俺は実の父親を売ったんだ」


 クーデターなんて物騒な話は、王都にずっと暮らしていたのに噂すら聞いたことがなかった。フィーのおかげで未然に防がれたのだろう。


「いや、当時の俺は馬鹿だったんだ。密告するのが少し早くて、決定的な証拠が挙がらなかった。他の精神感応の能力者たちに見てもらって、父の叛意そのものは認められたけど、まだ何もしていないから罰することができなかった」

「そんな」

「法律でもそうなっているだろう? たとえ超能力で証明できたとしても、ただ殺意を抱いたり、殺害計画を練っただけでは罪に問えない」

「でも、確か、殺人罪と国家反逆罪では扱いが違うんじゃなかったかしら?」

「ミュゼはよく勉強しているな。実は、俺の父親のことがあってから、法律が少し改正されたんだ。クーデターに関しては、頭の中で具体的に計画した時点で禁固刑に処す、だったか」


 法改正の真実を知って、私は唖然とするしかなかった。


「法律改正前だったし、父の場合は密かに流刑扱いになった。王族の静養地の管理という名目で僻地に軟禁されて、今もずっと監視されている。アストラリス家自体にはお咎めなし。家のことは叔父が代行していて、そのまま従弟が家督を継いでいくようにしてもらう予定。母は……俺を責めはしなかったけど、父の方についていった。両親にはもう、何年も会っていないな」

「そうだったの……」

「ああ。でもたまに、呪詛みたいな手紙が届くんだ。最近ではセレンが中身を透視して、勝手に破いている。まぁ、俺がセレンの心を読んでしまうから、どっちみち伝わるんだけど」


 軽い調子で笑うフィーに、私はただ手を握ることしかできなかった。

 フィーが可哀想だ。何も悪いことをしていないのに。


「ありがとう。でも、もう本当に大丈夫。俺が西方に行っていたのは、陛下の計らいなんだ。正直国内には居づらかったから助かったよ。向こうでしばらく過ごして、精神感応とも折り合いがついて、任務でいろいろな人間の心を見て、なんか悟った。人間はみんな汚いけど、俺の父親くらい強烈なのは珍しい。身近にそんな人間がいたのは不運だった。でも、早いうちに片付いたのは幸運だったな。俺の人生のどん底は終わったから、これからは楽しくやろうって気になっている」

「そう……良かった」


 再びじわりと目に涙が浮かんだ。

 そんなに辛いことがあったのなら、これからのフィーの人生にはもう嫌なことが起こらないでほしい。いや、それだけでは足りない。いっぱい幸せになってもらわないと。


 フィーは少し呆れていた。


「なぜそんなに他人事なんだ。あなたは俺とともに人生を歩む予定では?」

「あ、えっと」

「ミュゼ、ちょっと引いてるな。こんな生い立ちの男とは、やっぱり結婚できない?」

「そんなことない。でも、でも……本当に、私でいいの?」


 フィーは私の想像以上に重い過去を背負っていた。力になれる自信がない。

 こんな面倒な性格の私では……。


「何度も言っているはずだ。あなたしかいない。俺もなかなか面倒な男だからな。俺たちはお似合いだよ」


 彼の言葉はいつも私の心を温かくしてくれる。

 私は目を伏せて、首を横に振った。


「私はまだ、お似合いだなんて思えない。あなたみたいに強くないから。でも、いつかそうなれたらいいなって思っているし、そうなれるように頑張りたい。だから……だから――」


 心臓が痛くて、それ以上の声が出なかった。

 繋いだままの手の温度が上がる。これがどちらの体温なのかよく分からない。


 もう大丈夫。二人の距離はこんなにも近づいた。何も怖いものはない。言ってしまうのよ。


「ミュゼ、言ってくれ」


 フィーも待っている。

 あなたの求婚を受け入れます、という一言を。


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