1 超能力で婚約解消
※先日短編で投稿した作品の連載版です。
1~3話が短編部分の加筆修正、4話から続きになります。
連載に伴い、「R15」「残酷な描写あり」のタグを追加しています。ご注意ください。
他人と比べるのは良くないことだと分かっている。でも私は、平均よりずっと不運な人生を歩んでいると思う。
生まれつき、この身に過ぎた強い力を持ってしまったせいだ。
例えば、こんなことがあった。
よく晴れた日の昼下がり、我が家自慢の庭園でのこと。
対面に座っている顔色の悪い青年――クルトは私の初恋の人で、三か月後に結婚する予定の婚約者だ。
「すまない、本当にすまない……きみとは結婚できない。別れてほしい」
彼のこんな情けない声、初めて聞いた。
「どうして? 他に好きな人ができたの?」
そんなはずない。分かっている。クルトは誠実で真面目な人。仕事が忙しくて、そもそも女性と出会う機会は少ないと言っていた。
彼に限って、婚約期間に他の女性に心変わりなんてあり得ない。
本当は、察しがついていた。原因は私にあるのだ。
咄嗟に彼のせいにしようとした自分が情けなかった。
「クルト、お願い。はっきり言って。そうしないと、納得できない」
右手で胃を押さえながら、鉛を飲み込んだような顔で、クルトは弱々しく答えた。
「ミュゼ、きみが怖くてたまらないんだ。もう僕は、きみと普通に接することができない。その力さえなければ、そう思うようになってしまった……」
私はクルトに感謝した。
言いづらいだろう言葉をちゃんと告げてくれたから。
そして、心から納得できた。彼の言葉は、常日頃から私が思っていたことと同じだったもの。
でも、感情の整理はそう簡単にはできなかった。
手つかずの紅茶が波立つ。
「なんでっ」
どうして今更そんなことを気にするの?
最初から分かっていたことじゃない!
素晴らしい力だと散々褒めてくれたあの言葉は、全部、全部、嘘だったのっ!?
気づいたときには、テーブルの上の茶器が大きな音を立てて弾け飛んでいた。
「ひぃっ!」
破片や紅茶が私と彼に当たることはなかった。頭の芯は冷えていたのか、ちゃんと防御壁を張っていたのだ。
顔を真っ青にして震えるクルトを見て、関係修復が不可能だと理解した。たった今、私が粉々にした。
「分かったわ。婚約解消を受け入れます。今まで、怖い思いをさせてごめんなさい……」
私は椅子から立ち上がり、目を伏せた。
彼は腰を抜かしているのか、立ち上がることができないようだった。でももう手を貸すことはできない。
たった一度手を繋いだときの体温を思い出し、目の周りが熱くなった。
あれが、最初で最後だったんだ……。
今は、絶対に泣かない。最後の意地だった。私は涙が零れないように、声が震えないように、全身に力を入れる。
「でも、一つだけお願いがあるの。これから私の両親にも話すのでしょう? 別れる理由は、嘘をついてほしい」
両親には、特にお母様には真実を伝えられない。
私の超能力のせいで婚約者に逃げられた……なんて傷つけるだけだから。
シルグレヴ王国。
この国で生まれた人間の一部には、摩訶不思議な力――超能力が宿る。
それは何故だろう。こんな神話が残っている。
はるか昔、銀色の空飛ぶ船がこの地に降りた。
乗組員もまた銀色の小人だったらしい。今では銀神人と呼ばれている彼らは、仲間の遺骸をこの地で埋葬し、空に去っていった。
それ以来、この土地で超能力者が生まれるようになったと言われている。
よくよく考えると怖い話だ。
しかし長い年月をかけ、人々は超能力者を受け入れていった。
銀神人は仲間の墓を守るように土地の人間に頼んでいったらしい。その見返りとして、荒れた大地を美しい緑で満たし、清らかな水が湧き出るようにしてくれた。その大地の豊穣は今もなお続いている。
墓守の末裔たる王家が、銀色の神様を祀っているのも無理はない。
大昔の話なんてどうでもいいか。大事なのは今、現代を生きる私の人生。
超能力とは、具体的にどんなものなのか。
長年の研究により、今ではある程度分類されるようになった。
代表的なものは、
物を動かす念動力、
炎を発生させる発火能力、
空間を瞬時に移動する瞬間移動、
物から情報を読み取る接触感応、
人の心を読んだり伝えたりする精神感応、
知るはずのない情報を知覚する第六感
……など。他にもたくさんある。
同じ分類の力でも人によって使う感覚が違ったり、制限があったりする。基本は生まれつき力を持っているけれど、稀に後天的に超能力に目覚める人もいるらしい。気づいていなかっただけかもしれないけど。
これらの能力を持つ者は総じて超能力者と呼ばれている。
私――ミュゼット・ファラデールもまた、生まれつき念動力を持つ第一級の超能力者。
第一級と言うのは国が定めた能力の強さの階級ね。第一級から第六級までで、第一級は最強ってこと。
巨大な岩を持ち上げることも、湖を真っ二つにすることも、ダイヤモンドを砕くこともできる。
もちろんやったことはないけれど、手を触れずに人の命を奪うことだって、できてしまうでしょう。
……婚約者も怯えるわけよね。
前述した神話のおかげで、超能力者自体は忌避されてない。
それどころか、表向きは敬愛されている。
王家からは高確率で超能力者が生まれるし、強い超能力者ほど銀神人に愛されているとして、神格視されるのだ。
なんといってもこの王国は、超能力者の超能力者による超能力者のための国家だから。
確かに、超能力はすごい。人助けに役立つことだってある。
私も数年前、土砂崩れの現場で人命救助を手伝ったことがあった。そのときは国王陛下直々にお褒めの言葉をいただき、家族も使用人もみんなが誇らしげだった。王都の平民たちにも大いに感謝されたものだ。
だけど、たった一度の活躍なんて簡単に忘れ去られてしまう。もはや過去の栄光だ。
こんな大きな力が役に立つ場面は限られる。人助けをしようとしても、今では遠慮されるばかりだ。無理矢理手伝っても怯えられるだけ。迷惑なだけ。
超能力を持たない人にとって、私は化け物だ。
表向きは尊敬される。だけど心の中では怖がって嫌っているに決まっている。
私だって、自分の力が怖くてたまらない。
結局、クルトとは口裏を合わせて「性格の不一致で破局」ということにしたけど、それでも両親は嘆き悲しんだ。
私の家は先祖代々国に仕え、王家からの信の厚い由緒正しき公爵家。お父様も現役の大臣だ。決まっていた婚約が流れるなんて、醜聞以外の何物でもない。
ある夜、両親が喧嘩しているところを目撃してしまった。
「全く、面倒なことになった。早くミュゼットの処分先を――」
「あなた! 実の娘に対して処分だなんてひどいわ!」
「うるさい! 娘ならば、カメリアがいれば十分だ!」
私は自室に逃げ帰って泣き明かした。しばらくは食事も喉を通らなかった。
お母様も体調不良で臥せってしまったらしい。もう最悪だ。
「姉様、お菓子を作ってきたわ。どうか召し上がって」
二つ下の妹のカメリアが見舞いにやってきた。
正直今は、妹の顔は見たくない。
カメリアのストロベリーブロンドの髪は今日もサラサラの艶々。優しげな目元のピンクの瞳もいつも通り潤んで愛らしい。
私? 鏡を見るまでもない。
青みがかったアッシュブロンドの髪は寝癖でウェーブが大暴れしているし、普段は冷たい印象しかないアイスブルーの瞳だって、充血して悲惨なことになっているでしょう。
妹とは目と髪以外のパーツはそっくりなのに、どうしてこうも正反対なのかしら。惨めだわ。
しかも彼女は第三級の超能力者。私とは違って、人々に怖がられることはない。
だって、「植物の気持ちが分かる」なんて可愛らしい能力なんだもの。植物を健康に美しく育てるのが得意で、我が家の庭園はいつだって瑞々しい緑と色とりどりの花で溢れている。
可憐な容姿と相まって「花の妖精」と呼ばれるような令嬢だ。
危険な能力を持つ私は、「破壊の女神」とか「鉄姫」なんて呼ばれているというのに。
「あと、これ、ラナンキュラスよ。姉様にぴったりだと思うの。飾っておくね」
カメリアに悪気がないのは分かっている。
彼女はちょっと植物の気持ちに耳を傾けすぎて、見舞いに鉢植えを持ってくるようなド天然な子なのだ。
私の部屋が一気に土臭くなった。いや、綺麗だからいいけど……私とは似ても似つかない花だわ。
「あ、ありがとう。カメリアは……ヴァイス王子と上手くいってるの? もうプロポーズされた?」
「いやだ、姉様。殿下とはそういう関係じゃないわ」
「……そうなの?」
「ええ。わたし、女の子のお友達やお花といる方が楽しいの。王子に限らず、殿方と喋るのは苦手だわ」
そうですか。
王子に同情してしまう。あの熱烈な求愛は全て空振りに終わっているようだ。
カメリアはとにかくモテる。こういう色恋にガツガツしていないところがいいのでしょうね。
「もちろん姉様と一緒にいるのも好き。今回のことは本当に残念で、わたしも悲しいし、こんなこと言ったらダメだって分かってるけど……姉様がまだこの家にいてくれるのは少しだけ嬉しいの。早く元気になってね。また庭園でお茶会をしたいわ。もうすぐ薔薇が見頃なの」
「…………」
私のことを慕ってくれる妹のことは可愛い。可愛いけど、ちょっと素直に受け入れられないときがある。
本当に彼女は悪くない。私が勝手に妬んでいるだけだ。
でも父親よりは好き。もう段違いで好き。
だってお父様は見舞いどころか、あれ以来声をかけてくることさえなかった。私が挨拶をしても無視。
ひどいわ。私のことを、なんだと思っているのかしら。
今度、お父様の部屋の家具を全部壊してやろうか……。
ううん、物に罪はない。ここはやっぱり宙に浮かせて空の旅を体験させてあげましょう。お星さまに近づけて、泣かせてやる。
出来もしない復讐に胸を躍らせ、精神がだいぶ持ち直したところで、決意した。
こうなったらクルトより、もっともっと良い男を捕まえましょう。すなわち、私の力を恐れない勇敢な殿方だ。
そう、どこかにいるはずよ。
世界は広い。こんな私を受け入れてくれる人間が、一人くらいいたっていいはず。
無理矢理自分を奮い立たせた。
私の超能力は感情に左右されやすい。いつまでもうじうじ閉じこもっていたら、本当に屋敷の調度品を壊しかねない。