6、邂逅
「そこまで。」
カチャカチャとペンを置く音が響く。
それと同時に深く息をつく音が周囲から聞こえた。
最後の科目の試験が終わり、周りの生徒は皆開放感に包まれていた。
私も少しだけ力を抜く。
無事に試験が終わった。
真剣に取り組んだ勉強のかいもあってか、試験内容は特に躓くことはなかった。
一安心だ。
担当の教師が試験用紙を回収していく。
「試験終了です、お疲れ様でした。」
試験用紙を数え終わった教師が終了を告げると、教室は一気に声で溢れかえった。
試験が終わった開放感からか教室内は煩いくらいにザワザワとしている。
街へ出かける約束を立てる声や、家に帰って眠りたいという声が聞こえてきた。
私も家に帰ったら少し休もう。今日は本当に疲れた。
懐中時計を見ると時刻は午後3時を過ぎた頃だった。
マシューに迎えは頼んでいないから、朝のお礼も兼ねてお土産にお菓子でも買って帰ろう。
お昼を食べていないから少しお腹も空いている。
頭の中で予定を立てつつ鞄に筆記用具などを片付けていると、ロバート先生が迎えに来た。
「試験お疲れ様でございます。迎えの車まで付き添いましょう。」
「いえ、迎えの車は頼んでいません。少し校内を見て回りたいので、先生もここまでで大丈夫です。先にお伝え出来ず申し訳ありません。」
「校内を見て回られるならご案内致しましょうか?」
「…あ、いえ…先生もお仕事があるでしょうし、私は大丈夫ですわ。」
「ですが…。」
「学校内でしたら安全でしょうし、家の者も心配しないでしょう。本日は本当にありがとうございました。」
「…そういうことであれば、私はここで失礼します。気を付けてお帰りくださいませ。」
適当な理由を述べて付き添いを断る。
口早にお礼を述べて頭を下げると、先生も納得したようで深くお辞儀をして下がって行った。
コナーやマシューの事を家の者と言っていいのか分からないが、これで通じるのならばいいだろう。
そそくさと鞄を持ち上げ教室を後にする。
廊下には生徒達がごった返していた。
…こんな中をエスコートされながら歩くのは勘弁だ。
相変わらず刺さる視線を気にしないように、足早に歩みを進めた。
校舎の外に出ると、朝よりも暖かくなった初春の陽気が心地良い。
生徒達は各々自由に街へ向かったり、帰路へつき始めている。
さっさと帰ってしまってもいいのだが、今は送迎用の乗り合い馬車も混んでいるだろう。
少し時間を潰してから向かった方が賢明だ。
校内を少し見て回って、適当な場所で休もう。
奥まった中庭の方ならば人も少ないだろう、そう思って校内案内図に沿って中庭に向かった。
・・・・
「__い。……ろ!」
「ち__て…!」
中庭の方へ向かうと、どこからか口論する声が聞こえてきた。
…踵を返そうかと思った時だ。
「…やめてって言ってるでしょ!」
「…!!」
聞き覚えのある声に思わず振り返る。
口論するグループを見れば、渦中の人物は自分の記憶にある少女とよく似ている。
数人の男子に囲まれ、眉を吊り上げて怒る桜色の髪の少女。
「…サーシャ…」
記憶にある姿より幼い。けれどあの姿を間違えるはずがない。
紛れもなく彼女は、サーシャ・フィリップス。
___私が自らの手で殺めてしまった、かつての友だ。
「なんでダメなんだよ!」
「なぁサーシャ、ボタン一つ位いいだろ?」
「いいわけないでしょ、嫌よ!」
どうやら揉めているのはサーシャと、その目の前に立つ赤い短髪の少年らしい。
周りの男子達はそれを宥めているようだ。
口論の理由は分からないが、少年が嫌に食い下がる。
「そもそも何でアンタなんかにボタンあげなきゃいけないのよ!」
「それはっ!…とにかくいいから寄こせよ!」
サーシャの言葉に顔を赤くした少年が、サーシャの胸元に乱暴に手を伸ばした。
それを見た瞬間、体が勝手に動いていた。
「何をしているのかしら。」
「は?何だよお前!」
サーシャのブレザーを乱暴に掴んだ少年がこちらを振り返る。
「質問をしているのはこちらよ。それに、レディの体に許可なく触れるなんて、マナーがなってないわね。…手を離しなさい。」
「おい…エドガー、この子さっきのお貴族様だ。言うこと聞いといた方が……。」
「何だよお前らビビってんのかよ!」
「そういう事じゃなくてさ…。」
エドガーと呼ばれた少年は意地を張ったようで、サーシャから手を離さない。
周りの男子達が慌てたように止めに入っているが気にもとめない。
頭に血が上っているようだ。
「何でお前に指図されなきゃいけない!関係ないやつはどっか行けよ!」
強い口調でこちらに叫んでくる。
どうやってこの場を収めるべきか思考を回していると、不意に静かな声が響いた。
「エドガー…離して。」
抵抗もせず黙っていたサーシャが、不意に少年の腕を掴む。
「いい加減にしないと…この腕、折れちゃうよ。」
「い…ッ!!!」
ギリギリと音がしそうな程力が込められた腕に少年が顔を歪める。
咄嗟に離された手にサーシャが力を緩めると、その手を振り払い、恨めしそうにこちらを睨んできた。
「ッ〜〜…諦める気ないからなッ!」
「おい、エドガー!…ごめんなさい、失礼します!」
そう吐き捨てると、少年は振り返って走っていってしまった。
他の男子たちもその後を追いかけるようにどこかへ行く。
その場が収まったことに安堵していると、サーシャがおずおずと声をかけてきた。
「助けて頂いて、ありがとうございます。あの、エドガーも…悪い子じゃないので、どうか…。」
「いえ、余計に彼を怒らせてしまったのは私が割り込んだからよ。浅慮だったわ、本当にごめんなさい。」
咄嗟に体が動いてしまったが、あの場で事を大きくしてしまったのは私だ。
他の対処の仕方もあったのに、その方法を考えず、揉め事に割り込むのは浅はかな行動だった。
「…それに、私は貴族じゃないわ。だからそんなに固くならないで。彼も処罰されたりしないだろうから、大丈夫よ。」
「…え、あ…そうなんですか?」
「父が子爵位を賜っただけで、私自身は貴族じゃないわ。…だから敬語も必要ないし、使わなくていいのよ?」
「そ、そういうもの、なの?」
ぎこち無く敬語を使うサーシャに、誤解を解くように説明する。
不思議そうに見返してくる深いアンバーの瞳は、記憶にある彼女のものと何一つ変わっていない。
…また、出会えた。
「なら、お言葉に甘えて。私はサーシャ・フィリップス。さっきはホントにありがとう、助かった。」
「フィニア・ウィルソンよ。…助けになってたのかしら?」
邪魔をしてしまっただけな気がする。
「うん。あのままだったら私もカッとなって、多分エドガー突き飛ばして怪我させてたから…。」
「…そういうこと。」
「あ、私、普通よりも力が強いの、多分想像以上に。だからほんとに突き飛ばしてたら、危なかったし…。間に入ってくれて助かった、ありがとう。」
サーシャは人より力が強い……強いという言葉で済ましていいのか分からないくらい、強い。
どのくらい強いかというと、平気で体の3倍はある岩を投げたり、丸太を蹴りで粉砕出来るほどだ。
魔物を素手で投げたという話を聞いたこともあったか。
常人の10倍くらいの力を、力の強化魔法なしで発揮出来る。
先程の腕が折れるというのも、はったりではなくそのままの意味だろう。
そんな彼女に突き飛ばされていたら、確かに彼も怪我どころでは済まなかったかもしれない。
「あ、フィニアさん、これから時間ある?」
「…あるけれど、どうして?」
敬称をつけて呼ばれる名前に少し擽ったさを覚えながら、聞き返す。(コナー達の感覚はこんな感じだったのだろうか。)
街へ寄ろうとしていたくらいだ。時間はまだ余裕がある。
「良かったら、お礼にお茶でもどうかなって思って。」
「喜んで。ちょうど街へ寄ろうと思っていたの。」
「ほんとに!よかった!」
「…乗り合い馬車は空いてる頃かしら。」
「どうだろう、行ってみよっか!」
花が開いたような、綺麗な笑顔を返されて思わず目を逸らす。
彼女の笑顔は、1度目の記憶の中と変わらず、美しい。
だからこそ、胸が痛む。
…この花を散らしたのは、私だったのだ。
そっと目を閉じ、俯く。
脳裏に浮かんでくるのは鮮烈な赤と、染まっていく桜色。
嫌な記憶を振り払うように、目を開けて顔を上げる。
目の前で揺れる桜色の髪をじっと見つめ、小さく息を吐くと、前を歩いていたサーシャの隣に歩みを進めた。
「フィニアさん?」
「何でもないわ、行きましょう。」
もう一度、やり直せるのだ。
ならば今度は、大事に大事に育もう。
もう二度と、散らさぬように。