5、試験当日
あれからしばらく、試験勉強に没頭する日々が続いた。
そしていよいよ試験当日である。
マシューが試験会場まで送ってくれると言うので、自動車の中でも勉強出来るのが嬉しい。
「乗り物酔いしないようにね。」
「えぇ、これくらいは大丈夫。」
相変わらずのマシューは、度々実験に誘ってくることがあったが、誘惑に惑わされず真面目に試験勉強に取り組んだ。
一度、研究団の中を案内しようかとコナーが提案してくれたが、それは試験に通ってから改めてお願いすることにした。
油断は禁物なのだ。
試験会場は私が通う予定である、国立ウィステリア学園初等部の校舎の一角。
ウィステリア学園はローナ市の中でも中々に大きい学園だ。
男爵位程度の貴族階級も通っていると聞くが、私のような庶民も通える。
魔導師を目指す生徒が通う魔導学科もあれば騎士を目指す生徒が通う騎士学科もある多彩な校風が売りの学園だと聞く。
私が受けるのはどの分野も平均して学べる総合科だ。
この国の制度から言えば初等部の卒業試験に合格出来れば卒業資格を得られ、そのまま中等部に進める。
「じゃ、フィニア頑張って。」
学園へ着く少し手前でマシューは車を止めた。
周りを見ると制服を身につけた生徒が歩いている。
試験は現役で学園に通う生徒と共に受けることになっているのだ。
派手にならないような服装を選んできてはいるが、制服を来ていない自分は少し目立ってしまうかもしれない。
そんなことを考えながら車を降りると、自動車の窓からマシューが軽く手を振っていた。
彼もイデアでの仕事がある為これからイデアの本部に向かうのだろう。
「ありがとう、頑張るわ。マシューも気をつけて。」
軽くマシューに手を振り返し、校舎へと足を進める。
周りには白いブレザーを着た生徒が歩いている。
各々試験勉強をしていたり、友達と談笑をしながら学園へと向かっているようだ。
度々何人かがこちらを見ている気配がする。
私が身につけているのは深い紺色のフォーマルなワンピースに深いグレーのジャケット。この白いブレザーの中では変に目立つ。
外部から卒業試験を受けに来る者も少ないため、肩身が狭い。
失敗したと少し後悔しながら、気にしないように歩みを早めた。
学園に着くと周りはもう白いブレザーを着た生徒達で溢れかえっていた。
ここまで来てしまうと、周りと格好の違う自分は嫌でも注目を集める。
この中を視線を受けながら進んでいくのは少々勇気がいる。
大きな正門をくぐり抜けて、届いた受験票に示されている校舎へ足早に向かった。
「失礼、ウィルソン子爵令嬢であられますか?」
目的地に着くと、先程まで居た生徒達はほとんど見かけなくなっていた。
校舎の入口には黒い髪をオールバックに固めた男性が立っていて、丁寧な口調で声をかけられた。
「はい、そうですわ。」
「やはりそうでしたか、ここまで御足労頂きありがとうございます。私、この学園で教師しておりますロバート・メイソンと申します。本日の案内役をさせて頂きます。」
「丁寧なご挨拶、感謝致します。私はフィニア・ウィルソンと申します。本日はよろしくお願いいたします。」
教師と名乗る男性に丁寧な挨拶をされ、慌てて淑女の礼と挨拶を返す。
父が子爵位を受けているとはいえ、自分まで貴族として扱われるとは考えていなかった。
貴族階級のマナーを勉強していて良かったと頭の隅で安堵する。
「生徒達は各自の教室で待機しております。試験開始時刻まではまだ余裕があります。こちらで待機室をご用意しております故、ウィルソン様もそこでお休みください。」
お荷物はこちらでお持ちします、と手に持っていた鞄を教師が持ってくれる。
丁寧過ぎるほど手厚い対応に少し申し訳なくなった。
周りの人間に貴族として扱われたことも無いため少々気後れしてしまう。
「ありがとうございます。…有難いのですが、子爵位を賜ったのは父ですし、その父も先日亡くなっております。私自身に対して、そこまで丁寧な対応をして頂くのも少々気が引けます。敬称はいりませんし、名前もフィニアとお呼びください。」
「…この度は当然のことで大変でしたね、心からお悔やみ申し上げます。…では、生徒と同じようにフィニアさん、と呼ばせて頂きます。」
「…ありがとうございます。助かります。」
それでも丁寧に頭を下げる教室にこちらも慌てて頭を下げる。
貴族階級も通っているとは聞いていたが、ここまで手厚い対応をしているとは純粋に驚く。
内心で焦りながら緊張を殺しつつ頭をあげると、教師はエスコートの体勢に入っていた。
「では案内致します。」
「…はい、よろしくお願いいたします。」
相変わらずの貴族対応に、試験に対する緊張とは種類が違う緊張で体が固まる感覚がした。
「こちらになります。時間が来ましたら、呼びに伺いますので、それまでゆっくりお過ごしください。」
「はい、ありがとうございます。」
校舎に入ってしばらく廊下を進んだ先、応接室と書かれた部屋に案内された。
中には革のソファーとシックなローテーブルがあった。
…あくまでただの受験生なのですが、と心の中でつっこみを入れておく。
教師から鞄を受け取って礼を述べると、丁寧にお辞儀をして扉を閉めてくれた。
おずおずとソファーに腰掛けて深く息をつく。
まさかここまで気疲れすることが重なるとは思っていなかった。
筆記用具や参考書が入った鞄を置いて、重要な単語をまとめた紙を取り出す。
試験ギリギリまで勉強できる時間はあるようだし、周りの目を気にせずに集中出来るのは有難い。
と言っても本番はまたあの生徒達の中に入るのだから、この環境にも慣れておかなければいけない。
気持ちを落ち着けつつ、集中して最後の詰め込みに取り掛かることにした。
1時間が過ぎた頃だろうか、部屋の扉がノックされ、ロバート先生が呼びにやって来た。
「そろそろ試験開始30分前になります。生徒の移動も終わりましたので試験会場へ案内致しますね。」
「わかりました、ありがとうございます。」
手に持っていた紙を鞄にしまい、急いで片付ける。
受験票だけを出して鞄を持つと、ロバート先生がまたお荷物はこちらへ、と鞄を持って下さる。
そのまま先生のエスコートで部屋を出る。
「参りましょう。」
静かな廊下を奥へ進み、階段を登ると、大教室が連なる階に着いた。
「ここの1番奥が総合科の卒業試験会場になります。受験票に書かれた席に着いて試験開始時刻までお待ちください。開始時刻になれば担当教師が試験の説明を始めますので。」
「わかりました。」
「席までは私が案内させて頂きますので、ご安心ください。」
「…ありがとうございます。」
つまりは生徒に見られながらエスコートされるということか。
そこまでしなくていいと断りたい気持ちを押し殺して礼を述べる。
大教室の一番奥、第一試験会場と貼られた部屋。
ロバート先生が扉を開けてくれたので、そのまま部屋へと入る。
扉は生徒たちが座る座席の後部にあったようで、扉が開いた音で生徒がこちらを振り返った。
談笑しながら勉強する生徒もいるようだが全体的には静かな教室内だ。
そんな中で扉が開いたらそれは気になるだろう。
それが教師にエスコートされた見たことない人間だったら視線が集まるのは当然だ。
そんなに見ないで欲しいと心の中で叫びながら、ロバート先生が案内してくれる席まで着いていく。
「こちらです。受験票は机の右上に、鞄は椅子の下に置いてください。試験が終わりましたらまたお迎えに上がります。」
「…ご丁寧にありがとうございます。」
わざわざ椅子を引いて席に座るよう促してくれる。
どこまで丁寧な対応なのだと気後れしながら席につき、手渡された鞄を椅子の下に置く。
受験票を机の上に置いたのを見ると、先生は丁寧に礼をして教室を出て行った。
「…貴族の子かな?」
「貴族階級は魔道科にしかいないって聞いたぞ。」
「でもロバート先生があんなに丁寧に喋ってたよ?」
「あんまり見ると不敬になるぞ、やめろよ」
どうやらこの学園では貴族階級というのは珍しいようだ。
しかも魔導科にしかいないらしい。
…それはそれは私は目立つだろう。
しかもここの学園に通うのは男爵位の家柄だと聞く。
父は1つ上の子爵位を賜ったのだから、その娘となると扱いが丁寧になるもの頷ける。
…とりあえず試験が終わるまで耐えよう。
待機室と同じように勉強用具を取り出し、目の前の紙に集中することにした。