4、学校というもの
コナーとのやり取りから数日、私は机に向かいあって必死にペンと頭を動かしていた。
初等部の卒業資格をとるための試験勉強だ。
「フィニア、そろそろ休憩した方がいいんじゃない?」
「いいえ、まだ大丈夫です。マシューさん。」
「……。」
向かい側のソファーに座って不機嫌そうにこちらを見ているのはマシュー。彼もまた父の同僚だ。
イデアの研究員で、機械技師を担当している。
父やコナーよりも一回りほど若い彼だが、機械技師としての腕は一級品だ。
共に開発した擬似魔法機関は父の発明品の中でも一番と言って良いほど普及したものだろう。
父が子爵の栄誉を受けるきっかけとなったものでもある。
「…んん、やっぱさん付けで呼ばれるの、慣れないなぁ。」
「…本来ならそっちの方が正しいんですよ?」
「でもやっぱ慣れ親しんだ呼び方じゃないっていうか…擽ったいというか…。」
コナーと同じことを言うのか、と心の中で少し笑う。
でも、本来は敬語を使うべきなのだ。
人に対して敬意を持てと教えてくれたのは誰だったか。
1度目の人生では、私は父の代理人という立場で彼らと接する事が多かった。
それ故に、今よりも高圧的で高飛車な態度だった私を、密かに周りが『銀の魔女』と呼んでいたのを覚えている。
その呼び名を考えたのは確か彼だ。穏和そうに見えて実は結構口が悪い。何回か口喧嘩をした記憶がある。
正直にいってしまえば、私もそんな相手に今更敬語というのは少々嫌…緊張するというのが本音だ。
「元々こっちはアナタの拙い演技なんて最初から見抜いてたんだし、今更態度変えるなんてちょっと薄気味悪いからやめてよぉ。」
「貴方ホントにいつも一言多いのよ。」
今のは一言どころではなかったが。
笑顔で淡々と嫌味を言えるのは最早ある種の才能だろう。
「そうそう、それくらいがフィニアらしいよ。」
「……。」
にっこり、という効果音が聞こえてきそうなほど整えた笑みでこちらを見てくる。
ジトリとした目で睨んでも効果がないのはわかっているが、敵対心を示したくなるのはもう条件反射だ。
「…父が求めたフィオナの姿が正しいと思ってたのよ。まさかこんなに違ってたなんて誰も思わないでしょう。」
1度目の時、少しでも理想のフィオナの姿に反しようものなら、オズワルドは『フィーはそんなことしない』『お前は違う』と暴れだした。
1度目の私は、自分自身を愛して貰うことを求めて父の狂気を悪化させた。
だから今度は完璧にフィオナを演じていたのに、実際の彼女の姿とはかけ離れていたらしい。
父が求めたあの姿は、オズワルドの幻影に過ぎなかったのだろう。
「ん〜…オズワルドも、ホントはフィオナさんに大人しくしてて欲しかったのかもね。ホントにあの人自由人だったから。」
「…コナーが、竜巻みたいな人って言ってたわ。」
「ホントにその通り!笑えるくらいピッタリの例えだね。」
つくづく自分のやってきた事が無駄だったように思う。
上品で知性的な女性だと思っていたフィオナ・ウィルソンは、今や『竜巻の女』である。
1年ほど前、フィオナの部屋に入ろうとしてオズワルドにこっぴどく叱られたことがあった。(叱る所ではなかったが。)
今生では1度も癇癪を起こしていなかったオズワルドが酷く暴れ出して大変だった事をよく覚えている。
当時は、オズワルドの狂気が進んでしまっているのかと危惧したものだが、今は少し違うように思えた。
オズワルドも、本当は私とフィオナが別人であることを分かっていたのだろうか。
だからあの日、私がフィオナ自身に近づこうとして酷く取り乱したのかもしれない。
コナーが言った通り、私は、私にしかなれないのだ。
「確かにフィオナさんはめちゃくちゃな人だったけど、自由で素敵な女性だったよ。オズワルドが酔心するくらいにはね。」
「何度かボコボコにしてやろうかと思ったことあるんだけどね」と続けるマシューの顔が割と本気だったが、今はそこは気にしないことにした。
「フィオナとしての生き方を強要されてきて、直ぐに切り替えるっていうのは難しいかもしれない。でも、フィニアはフィニアが思うままに生きればいいと思うよ。自由にね。」
「自由に……。」
先日のコナーも、私の意志を尊重すると言ってくれたのを思い出す。
今まで、間違わないように、気を張って生きてきた。
何度も間違えて、最悪の結末を辿った1度目の人生とは、確実に違う道へ進んでいる。
私も、少しは自由に生きていいのかもしれない。
「だからさ、そんな小難しい勉強も、嫌ならしなくていいんだよぉ?」
またもやにっこりと整えた顔で笑いかけてくる。
どうやら勉強を見ることに飽きてきたというのが本音らしい。
「これは必要な勉強なの。それに嫌々やってる訳でもないわ、ちゃんと自分の意志よ。」
「えぇ〜…変わってるなぁ…。」
「貴方は自分の実験を手伝って欲しいだけでしょう。」
「バレてたぁ?」
「バレバレ。」
機械技師であるマシューは度々変な……少し奇怪な発明品を作る。
ただただ跳ね続ける謎のロボットだったり、その場を回り続ける猫の玩具だったり、強い振動を起こすだけの杖だったり。
私はそんな彼の発明品の実験に度々付き合わされていた。
「だってフィニアの発想面白いんだもん。またアドバイス欲しいなぁって。」
「勉強が終わったら手伝ってあげるから今は大人しくしてて。」
「…そんなに学校に行くのって難しいのぉ?」
「簡単ではないでしょうね。」
「へぇ……。」
彼と話しつつも、コナーから貰った参考書の問題を解き続ける。
この国の教育水準は他国と比べても高い方だ。
大都市に設立されている教育機関はほぼ全て国立の学園で、地方の方でも国から認可が降りた学園がほぼ全国に行き渡っている。
10歳から入学できる初等部は3年間で社会に出る上での基礎的な知識を、13歳からの中等部では応用魔法や錬金術の基礎、その他様々な活用的な知識を2年間で身につけられる。
志願者は高等部へ行き、更に専門的な知識を1年かけて学ぶこともできる。
中等部に入る年齢辺りから働き始める子供たちも多い。成人する16歳までに学業と職を並行しながら、有用な知識を学べるというのは大きな利点だ。
更に学問に対しての敷居も低く、望めば無償で中等部までの教育を受けさせて貰える。
基本的には全ての国民が中等部までの教育を受けられる制度だ。
が、編入となれば話は別になってくる。
初等部の知識は全ての基礎になる知識だ。深く理解しておかなければ中等部に入っても勉強についていけない。
私は1度目の人生では高等部に通っていたことはあるが、初等部や中等部は父の推薦状もあり勝手にパスされていた。
つまりは初めての試験なのだ。
念入りに勉強しておいて損はない。
「フィニアなら全然大丈夫だと思うけどなぁ〜。」
「そんなこと言って…もし落ちたらコナーに顔向けできないわ。」
「真面目だなぁ〜。」
確かにある程度知識はある。何せ人生2回目だ。
けれど誰かに教えて貰って学んだ知識ではない。
抜けがあったりしたら大変だ。
もしここで試験に合格出来なかったら、コナーが用意してくれた道を歩めなくなる。
それだけは避けたい。
期待に応えなくては。
そう思うとペンを進める手にも気合いが入る。
今日中にはコナーから貰った参考書を終わらせてしまおう。
マシューの実験も手伝ってあげたいから、集中しなければ。
改めてしっかりと机に向き直り、参考書と戦い始めた。
「…僕なんか勉強とかサボりまくってたんだけどな。」
そんなマシューの呟きは、集中体勢に入ったフィニアの耳には届いていなかった。