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悪役ですが世界平和を目指してみます  作者: 夜明 月子
一章
3/7

2、踏み出す一歩

オズワルドの葬儀から数日後、コナーは大きなトランクを抱えてやってきた。


「いらっしゃい、コナー。」

「悪いな、邪魔する」


大きなトランクを扉にぶつけないように、大袈裟に身を傾けて入ってくる。どうやらトランクは大事なものらしい。


「随分大きな荷物ね。」

「ん…あぁ、大事なものだ。お前にとってな。」


少し微笑んでトランクを見つめる視線はなんだか寂しげに見えた。

私にとって大事なもの、とはどういう意味だろう。


「とりあえず客間でいいかしら、行きましょう」

「あぁ」


尋ねたい気持ちを堪えてコナーと客間へ歩く。

彼の目元には薄らと隈が出来ていた。


「研究団の方、大変だったでしょう。私も手伝えたら良かったのだけど…。」

「いや、本当に気にしないでくれ、それに今日はそこら辺含めても頼みたいことが多々ある。」

「?わかったわ。」


客間へ着くとコナーは手に抱えていたトランクをテーブルに置いた。

ドサッと、思っていたよりも低い音が響いた。随分重い荷物だったのだろう。


「飲み物をいれてくるわ、コーヒーか紅茶、どちらがいい?」

「あー、コーヒー。ミルクとシュガーも頼む。」

「わかった。」


普段は何も入れない彼がミルクとシュガーを頼むとは、やはり研究団の方はかなり大変だったようだ。

シュガーポットも持ってこようと頭の隅で考えながらキッチンへと向かう。



コナーの分のコーヒーと自分の分が紅茶を持って客間へ戻ると、テーブルには分厚い紙の束が置かれていた。

研究団に関する様々な資料だろう。

あの量を任せっきりにしてしまったのだと思うと本当に申し訳ない。


1度目のフィニアは研究団での活動もそれなりに行っていた。といっても、父にとっては役に立たない、稚拙な研究だったのだが。

父が開発した魔法石を核に、魔法を使えない者でも扱える「魔法具」の開発や、武具に魔力を必要としない強化をつける「魔法付与」が主な研究内容だった。


父の指示に従い、研究団の運営も行っていたが、それは非人道的な研究の指示であり、思えばなんて酷いことをさせていたのかと頭を抱えたくなる。

だから私は、今後研究団の運営に関わらないつもりだ。


「単刀直入に言う。研究団に入る気はないか、フィニア。」

「…それは、フィオラとしてもう一度研究員になれということ?」


フィオラはかつて、父と共に働く魔道士だった。父が開発した魔法石も、彼女の献身による成功だったと記憶している。

私にフィオラの記憶が残っているならば、もう一度研究員として働いて欲しいというのも当たり前の要求だろう。


だが、私にはフィオラの記憶など一切残っていない。

それを求められても、応えられない。

私はフィオラにはなれない。


「…いや、フィニア、お前自身に聞いている。」

「どういう意味…?」


「……本当は、フィオラの記憶など、ないんだろう。」

「…!、…。」


コナーがいつになく真剣な目でこちらを見据える。

対する私は混乱と動揺で、固まったように声が出せなくなってしまった。


「最初からわかってた、お前がフィオラじゃないことなんて。オズワルド以外はな。」

「…どうして、ですか。」


完璧に応えていたはずだ。

1度目の記憶の中で、オズワルドが私に求めた理想のフィオラの姿。

呼び方は父さんではなく、名前で。敬語は使わず、少し高飛車な口調。甘いものと掃除が苦手で、研究が大好き。知性的で、豊かな知識を備えた完璧な妻。

それを完璧に演じていたはずだった。


「…フィオラはお前みたいに優しくないんだよ。もっと我儘で、周りを振り回すような、竜巻みたいな女だった。」

「え……」


私が知っている、フィオラ・ウィルソンとは、かけ離れている。


「いつもいつも無茶な要求をしてくる上に自信家で、俺はあいつとよく喧嘩してた。んでもって喧嘩には勝てない…。口も頭もよく回るヤツでなぁ、腕っ節も強い。ギルドにいた頃からお転婆で、ヒーラーによく怒られてた。オズワルドと出会ってからは多少大人しくなったがな。」

「……。」


言葉が出なかった。

私は、父が求めたフィオラの姿になれていなかったのだろうか。


「…フィオラは、研究中に魔法の暴走で、亡くなった。オズワルドがお前に対して研究を禁止するのも、魔法を教えないのも、気持ちはわかる。失った痛みを、お前の優しさで埋めようとしてたんだろうな。」

「……私は、代わりに、なれていなかったんでしょうか。」


今まで正しいと思ってやってきた事が、間違っていた。

これじゃあ、1度目と何も変わらない。

だから父は死んでしまったのだろうか、私は、また、間違えたのだろうか。

まとまらない思考がグルグルと頭の中を巡る。


「…代わり、なんかじゃない。フィニアは、フィニアだろう。」

「私は、私…?」

「そう、お前はフィオラじゃない。フィニア・ウィルソンだ。」


私は、私。


「だから俺は、フィニア自身に聞く。イデアに来て、俺達と一緒に研究員として働かないか。」


コナーの目は変わらず真剣だった。


「でも、私は、研究員として相応しくないんじゃ、…。」


父は私が魔法を扱うことも、研究に関わることも嫌っていた。

精々前世で得た知識と研究ぐらいしか、今の私には持ち合わせているものがない。

それに学校へも通えていない。研究員には普通ならば高等部の卒業資格が求められるはず。前世での知識があるとはいえ、この世界のフィニアには卒業資格などない。

ましてやイデアは優秀な人材が集まる場所だ。そんな私が働けるような場所ではないはず。


「フィニアのノートを見たんだ。あれはお前が考えた発明品だろう?」

「ノート…。」


思い当たるのは、私が生まれ変わってすぐに取り組んだ知識の記録と補填だろうか。

フィオラとして生活するならば、彼女の豊富な知識を補えるように、魔法や錬金術の知識を蓄える必要があった。

そして前世で研究した魔法具や、魔法付与の知識を忘れないよう、いつか使う日が来てもいいようにノートに記録し、増やした知識などで補填した。

得た知識は忘れないように記録し、新しく使えそうな魔法具が思いついたらそのノートに書いていた。


「どれも素晴らしい発明品だった。その知識と発想を使わないのは勿体ないだろう。」

「でもあれは、机上の空論で……実現できるかも分からない

ものばかりです。」

「それでも、試してみる価値はあるだろう?」

「私にはそれを試せる程の実力もないし、知識も足りません。」

「今から学べばいい。その年なら中等部に入学できるだろう。初等部の知識はもうあるように思える。」

「……。」


トントン拍子に事が進んでいる気がする。

コナーは私が思っているよりも強引な人らしい。


「研究団の運営は俺が引き継ぐ。…オズワルドがおかしくなってからは、俺が運営していたようなものだしな。お前が成人するまでは、俺が保護者と身元保証人になろう。学校に通う資格はこれで揃ったろ。初等部の卒業資格の試験を通れば中等部から通える。研究の方はイデアに入れば研究員達が嫌でも教えてくれるだろうし、お前ならきっとすぐに出来るようになる。」

「……。」


有無を言わさぬスピードで先々の問題を片付けられ、退路が塞がれてしまった。

本音を言うならばとても有り難い話なのだ。

研究は好きだし、前世では得られなかった知識も学べるだろう。とても魅力的だ。


ただ、怖いのは、私がまた、繰り返してしまわないか、という事だ。

私は、研究団の皆に惨いことを要求し、非人道的な研究をさせていた。

今の私にその片鱗がないかと言われれば、自分では判断できないと答えるしかない。

本格的に研究を始めたとして、父と同じ道を歩まないか、間違った道に進まないか、それが気がかりなのだ。


「フィニア、お前は、どうしたい。」

「…?」


唐突な質問に、考え込んで俯いていた顔をあげると、コナーは優しい声で話し始めた。


「余計なことは考えず、お前自身がどうしたいかを、教えてくれ。嫌ならもちろん断ってくれていい。けど俺は、お前の意志を知りたいし、尊重したいんだ。」

「私の、意志…。」


それならば、答えは、決まっている。


「…イデアに、入りたい。学校に行って、沢山勉強したいし、色々なものを、見てみたい、学びたい。研究をして、役に立つものを、作りたい。…かつての父のように素晴らしい研究者に、なりたい。」


父が狂ってしまう前。

発明品や研究を称えられ、尊敬と羨望の眼差しを受けていたはずの父。

写真と噂でしか知らない、オズワルドの姿。

私がなれるならば、と思ってしまった。


「じゃあ、決定だな!」


そう言ってにっこりと笑ったコナーは、持ってきていたトランクを私の前に置いた。


「フィオナが使っていたトランクだ。使える用具や、参考になりそうな本も入ってる。これからはお前が使うといい。」

「…いいの?」

「あぁ、もちろんだ。」


…このトランクはカマをかけられていたのか、と心の中で呟きながら目の前のトランクを見る。

黒い革に包まれ、銀色の装飾がされたトランクは、イデアの団章が刻まれている。

開けてみると中には魔法補助のリングや腕輪、試験管に素材を保管する箱など様々な物が入っていた。

横には魔石に関する本や、魔物の図鑑、錬金術の入門書、初級の魔導書など、興味深い本もある。


「と、深く見る前に、これを先にやってくれな。」


夢中になって手を伸ばそうとした私をコナーが遮る。

そしてテーブルの上の資料をドサッと私に前に運んだ。


「色々と面倒な手続きがあってな。準備してきたんだ。済ませちまおうぜ。」

「……はい。」


気の遠くなるような量の紙束を前に、やっぱり最初から手伝えば良かったと後悔しながら、ペンを持ってテーブルに向き合った。






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