1、過ち
機構魔法大国、オリヴィア。
神に祝福された力とされる魔法、人類が自ら生み出した機械。相反する二つの叡智が集結する大国として栄えるこの国は、錬金術師と魔導師が多く集まる国でもある。
その中央都市となるローナ市。その一角で慎ましやかに葬儀が行われていた。
集まっている多くは錬金術師の礼服、その中にちらほらと魔導師のローブを着ている人もいた。
私の父、オズワルドの葬儀だ。
過去に戻ったあの日から3年は経っているだろうか。
背も伸びて、少女らしくなった私は、慣れない喪服を身につけて、父が入った棺桶の側に立ち尽くした。
「……。」
1度目の人生でも、父は同じ頃に亡くなった。
死因は、…自殺だったと思う。
と言っても、それは見せかけのものだったのだが。
父は優秀な錬金術師でもあり、また魔導師でもあった。
しかし、彼は妻の死を境に狂ってしまった。
オズワルドが開発したのは魂を記録する装置。
魔力を永遠に生み出す賢者の石を動力とし、人間の魂と呼ばれる情報を記録する。
そしてホムンクルスが自我を持つ前に、器に魂を移し替えることで永遠の命を得る。
おぞましい発明を、彼は自らの命に使ったのだった。
もっとも、使えるホムンクルスの器は存在しなかった。
ただただ、魂を記録する装置の中で生き続ける父。
温度のない指示に従うごとに、自らが狂っていったのをよく覚えている。
「…フィニアス、大丈夫か。」
「えぇ。だって、実感が、湧かないの。」
「…こんな急にな…事故だったんだろう?」
「…えぇ。」
そう、事故、だったのだ。
自殺、ではなく。
出先の、移動中に、事故で。
「…どうして。」
あの日から、私は一度も父に対する行動を、間違っていなかったと思う。
父は私に、愛する人、彼の妻の代わりを求めていた。
妻の遺伝子から生み出したホムンクルス。年齢は違えど、姿形は瓜二つ。その代わりを命じられるのは自然なことだ。
だから、求められるままを、差し出していたはずだ。
1度目は上手く応えられずに、父を余計に狂わせた。だから今回は完璧に応えた。
間違っていないはず。
けれど、父は死んでしまった。
自殺ではない。魂を記録するあの装置も、出先であれば繋げられないはず。
だから、今度は、本当にただの、事故なのだ。
「…葬儀が終わったら、ゆっくり休め。連盟の方は俺が処理するし、後でちゃんと話は通す。」
「…ありがとう、コナー。」
穏やかに優しく、立ち尽くす私を支えてくれるのは父の同僚であるコナーだ。
彼は父が設立した魔導師と錬金術師で構成された連盟研究団「イデア」の魔導師。
中々の手腕であり、父の右腕だった人物だ。狂っていく父を一番心配していた人物でもある。
「まだ13そこらの娘に、全部背負わせるなんて酷な事、出来る奴はいねぇよ。…いくらフィオナの記憶があるっていってもな。」
「……。」
フィオナ、というのは、オズワルドの妻の名前。つまり、私のオリジナルとなる人物の名だ。
私は、彼女の記憶があるふりをして生きてきた。
実際は記憶など何もなく、1度目の人生の記憶を頼りに、オズワルドの要求に応えていただけなのだが。
「……なぁ、落ち着いたらゆっくり話をしないか?ここからは、俺の個人的な話で、その、あんまり人に聞かれたくないんだが…。」
「…研究団の方の話がまとまったら、屋敷にいらして。その時にゆっくり話しましょう。」
「あぁ、助かるよ。
「全て任せてしまってごめんなさい。私何もできてないわ。」
「気にするな。」
ただただ求められるままを応える人形だった私は、連盟研究団の方の仕事は何もしていない。
させて貰えなかった。
前の人生では、様々な研究をし、なんとか父に貢献しようと必死だった。
それが、楽しくもあった。だからこそ今の状態は少し物足りないのだ。
でもきっと、正しい運命の中で私の意志は要らないのだろう。
どう望んでも、父は死んでしまう運命だった。
その事実が、心にきつく刺さって痛い。
私は、何の為に生まれ変わったのだろう。
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