プロローグ
「自分達の犯した過ちを、地獄で償え。」
自分を見下ろす赤い瞳が嫌に綺麗で、こんな時でも見惚れてしまう自分に嫌気がさした。
大剣で貫かれた腹部から大量に血が溢れる。
さっきまで熱に侵され、破れるように痛かった胸はもう痛みすら感じなくなっていた。
「…て、オ…。」
「ッ…!」
自分を貫く大剣の刃にそっと手を添えれば、目の前の男は苦々しく顔を歪めた。
殺したくて殺したくて堪らなかった相手だろうに、こんな時でも、この男は女を殺めることに抵抗があるらしい。
「あ、り…がト…。」
「…フィニアス…。」
目を逸らさぬように、じっと見つめる。
これでいいの、と。終わらせてくれてありがとう、と。
戸惑いと一瞬の後悔を滲ませた赤い瞳は何かを堪えるように伏せられた。
それが、堪らなく嬉しかった。
自分に、優しい慈愛の目が向けられることなど一度もなかった。
向けられるのは、己を利用しようとする欲に溢れた目。度重なる非道な行為に失望する目。それに復讐を誓った憎悪の目。
当たり前だ。だって私は”悪役”なのだから。
思えば酷い人生だった。
人に造られた”ホムンクルス”を取り巻く環境は生まれながらにして歪だった。
狂った父に生み出され、失った最愛の人に重ねられる。でも、感情を持ってしまった私は、失敗作だったのだろう。必死になって感情を殺し、言われるがままに非道な行為を重ね、次第に壊れていく心で、自分を止めることもできない。
そうして出来上がった怪物は、誰にも望まれることなく、終わりを迎えるわけだ。
本当に散々な人生だ。人生と形容することすら私には相応しくないか。
『あぁ…幸せね…』
「…__。」
ふと、走馬灯の中に、見たことのない影が映る。
幸せそうに笑う、自分…フィニアスの姿。
こんな幻影を見るなんて、なんと未練がましいのだろうか。
もし、地獄に堕ちて、この罪を償えるのならば。
この散々な身を浄化できるのならば。
願わくば、次は
「し、アわせな…せかい、を…」
眩しい程に白んでいく視界と、沈んでいく意識の中で、そう、呟いていた。
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「おはよう、私の愛しい人よ。」
鼓膜を揺らす穏やかな声で目が覚めた。
ぼんやりとした視界に映る景色は、最期に見た真っ白な世界とそう変わらない。
見渡す限り真っ白な部屋。
「……。」
あぁ、ここは、この場所は。
「…あぁ、寝ぼけているんだね。フィー…。」
私が生まれてしまった場所だ。
なんで、どうしてと混乱する頭を必死に整理する。
しかしどう見ても、ここは私が造られた場所。父、オズワルドの研究室だ。
よく見ると記憶に新しい部屋とは様相が少し違う。貼られているメモが少ないし、部屋が血に汚れてもいない。
どうやらこれは、私が生まれたその日。過去の世界のようだ。
「…おはよう、オズワルド。」
「!…私の名前がわかるんだね?」
それならば、上手く利用するまでだ。
「えぇ、だって、ずっと見ていたもの。」
後悔を、過ちを、やり直せるならば。
「貴方を、ずっと前から知っているわ。」
今度は、間違わない。
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