石河よしお
田口君は、「よしお………?俺の名前、泰造だけど。」
と言ってみたが、人影は聞いて無い様子で、
「よしおくん…。実は…。僕…。」
よしおくん?よしおくんって何だ?聞いたことあるけど……よくある名前といえば名前だし…。
誰かと勘違いしているのか?
いや、それよりも、そんなことよりも。
ああ、どうみてもラッコだ。
人影なんかでは無い。さきほどまで必死で運んでいたラッコだ。
ラッコが立っているのだ。
「…僕…。…ごめんよしおくん…。僕…よしおくんに黙っていたことがあるんだ…。」
しつこくよしおくんと言われるので田口(泰造)君はもうラッコが立っているという驚きの事実よりもなぜ自分がよしおくんと呼ばれているのかが気になって仕方が無かったのだった。
しかしその思いを何とか抑えて、
「…なんだい?石河くん…。……?!」
無意識にラッコのことを石河くんと呼んでしまい、田口君は自分でも驚いた。
なんで石河くんなんだ?と自分でも思った。が、しかし意外な事実が、
「なっ、なんで僕の名字を!」
ラッコが驚きながらそう答えた。
「……田口君」
ラッコは言った。
あ、なんだ。名前わかってるんだ。じゃああれか、俺の名前は田口よしおか…?
なんで延々とよしおくんと呼び続けられたんだ。
「僕、実はラッコであってラッコでは無い存在なんだ」
いや、見ればわかるからそれ。田口君は心の底からそう思った。
「バケツの中は窮屈だったよ…」
ふぅ、とため息を付きながらラッコは言った。
「あ!!ルッコラ!」
そしてラッコは思い出したかのようにそう叫んだ。
「実は僕、田口君の畑にルッコラを取りに行ったんだ…。で、その最中に田口君が勘違いして…」
そういえばラッコは緑色の物体を抱えていた。ルッコラだったのか…。
「って!お前…迷いラッコじゃなくて畑泥棒!?…なんてやつだ!!そうだ!うちのバケツどこにやった!あいつデカイから結構な値段が…」
「え?このバケツじゃなくて?」
ラッコは先ほど拾ったバケツを田口君の目線にやった。
「違う!!お前がさっきまで入っていたバケツだよ!それはそのバケツ(巨)に水を汲むために使ったバケツだ!」
ラッコは困ったような表情で下を向いた。
田口君はその表情を見てまさかと思った。
「まさか。分からないのか!?」
と言うと、ラッコは黙ってうなずいた。
さっきまで自分が入っていて、窮屈だと言ったあのバケツだぞ?
どうして知らないんだ?!
田口君はキョロキョロとあたりを見渡してバケツを探した。
と、突然ラッコがくるくると回り始めた。
「…何をしてるんだ?ラッコ」
田口君が尋ねるとラッコは回るのを止めて…
「…よしお君のバケツを探してるんだよ。…ところで…どうしてよしお君は僕のことをラッコラッコと呼ぶんだい??僕にだって立派な名前があるんだから!名前で呼んで欲しいよ!!」
ラッコは主張を始めた。田口(泰造)君は、そういうならよしお君と呼ぶのをやめて欲しいと心のそこから思った。
「…わかったよ。でもな、だったら俺をよしお君と」
「なんだい?田口君」
よしお君と呼ぶのは止めてくれ、と言おうと思ったら遮られて…
もう一度、
「よしお君と…」
「え?僕が何??」
と、また遮られてしまった。
「…石河よしお?
まさかお前がよしおなのか。石河よしお。」
「そうだよ。田口君。僕の名前がよしおなんだ。」
「じゃあなんで俺の事をよしおと呼んでいたんだ?」
「気付いて欲しかったんだ。僕の事を。」
ラッコは意味深にそう言った。
立ってしゃべる、ルッコラを盗んだラッコは、石河よしお。
そして田口君は……その名前を知っているような気がしていた。