魔獣
勢いよく試験場へ向かった。試験場は屋外で、城の敷地の1部を開拓し、まるでコロシアムのような場所だ。広さも十分にある。そこには・・・
「グルァァァァァァ!!!!!」
大きい檻の中にゾウと同じくらいの大きさで、鋭い牙にヨダレを滴らせた闘牛のような動物・・・?がいた。
「・・・なにあれ?」
「あれは魔獣って呼ばれるものだよ」
いつの間にか1メートルよりも少し短めの、同じ長さの剣を2本構えてるラトリィが答えた。
「魔素に蝕まれた動物の慣れの果てが魔獣だよ。魔獣は言うなれば動物の死体。死んだ動物が魔素によって魔獣化するか、魔素耐性がない動物が体内に取り組んだ時に死んだら産まれる、簡単に言えば動物の死体だよ。発見こそされてないけど理論上は人間を元にした魔獣も産まれることはある」
「なるほどな・・・というかお前、その剣はなに?」
「これはただの双剣。ホントは別のものを愛用してたんだけど無くしちゃって。かなりの業物だから探してるんだけどなかなか見つからないんだ」
「愛用って・・・お前は戦いは何度かしたことあるのか?」
「したことあるよ。どんぐらいだったっけなぁ?でも倒した敵はこれくらいは確実に超えるよ。何せ2万年生きてきたからね」
そう言ってラトリィは手を俺に向けつつ人差し指を空に突き刺した。
「・・・1・・・万か?2万年の普通がわからねぇな」
「違うよ!1000万!それ以上は倒してる」
「なっ!?」
1000万!?単純計算で1年に500体倒してるってことか!?毎日1匹以上魔獣をきってるのか・・・
「まぁ、魔獣に魔物が蔓延っているこの世界の兵士や冒険者なら1日1匹以上は普通じゃないかな?」
コイツ・・・!心ん中読んできやがった!でもそれが普通なのか・・・怖い世界だな・・・。
「おい!いつまで喋ってる。いいか、試験の説明だ。試験は1人づつ行う!そして魔獣を完全に殺すことがクリア条件だ!最初はチビ!お前からだ!」
「なっ・・・!チビだなんて失礼だね!」
「おいラトリィ。お前あれに勝てるのか?不死身と言えど倒せるかは別だろ?」
「あぁ、あの程度なら余裕でつまらないくらいだから大丈夫」
つまらない?こいつ戦いを楽しいものだって思ってるのか?命がかかるものなのに。てかあの大きさのヤバそうなヤツが余裕だ?不死身だと感覚は狂うのか?
「不安そうだね。でも大丈夫。この世界じゃあれは弱い部類に入る魔獣だ。その剣があれば負けることはない。それに冒険者の中では素手で勝つ人もいるくらいのレベルだし、カイトも勝てると思うよ」
あれを素手で勝つ人がいるのか・・・すげぇなぁ。でも素手で勝てるなら俺も勝てるんじゃね?
「よし、準備はいいか!双剣の奴は前に出ろ!」
「それじゃぁ行ってくるね。戦い方をよく見といて。戦い方も知らないとこの世界じゃ厳しいから」
「おう!・・・てかお前日本語知ってたりこの世界でだとかまるで他の世界・・・日本を知ってるみたいだな。どーゆー事だ?」
「あぁ、それね・・・日本は知らないけど、この世界と、日本語が存在する世界を僕は知っている。その話は・・・またいつかするよ」
「日本は知らないけど日本語がある世界を知ってる?どーゆーことだ??」
「カイト、今は試験に集中しよう。ボクは行くからね。そこでよく見てて」
急にわからないことが増えたが、今は試験の方が大事だ。ラトリィの言う通り今は試験に集中しよう。そしてまたいつかその話をしてもらおう。
「頑張れよ」
「うん!」
ラトリィが魔獣の前に立つ。腰を落とし、魔獣に対し体を左足を前に横に向ける。剣先が下を向くように双剣を逆手で持ち左手を体の前に、右手を体の横に構える。
「言い忘れていたが、命を落としても自己責任だ!それでも試験を始めるか!?」
「もちろん!」
・・・まて!命を落としても自己責任だ!ってなんだよ!そんな大事なこと最初に言えよ!まぁ、覚悟はできてるんだけどよ・・・。
「グルルルルルゥゥゥ・・・」
ガチャン
檻の鍵が開けられ、更には扉も開けられた。直後、試験監督兵は檻から逃げるように離れる。それと同時に魔獣が檻の外に出る。そして、ラトリィと対峙する。
「・・・・・・・・・」
「グルルルル・・・」
「━━試験、開始!」
声と同時に魔獣が動いた。人間の言葉を理解する知能があるそうだ。もしかしたらコイツだけかもしれないけれど。
突進する魔獣、言うなれば自分の体の何倍もの大きさの肉塊をラトリィは後ろ━━━魔獣の横へ一飛びで避ける。と、同時に右手を勢いよく前へ振り、魔獣の脚を斬りつけた。さらにはその反動で同じ箇所を左に持つ剣で斬る。名付けるなら回転斬りだ。右前脚だけだというのに多くの赤い液体が吹き出る。
右の前脚を怪我し右前脚を折った魔獣は体制を崩す。腹を引きずり、突進の勢いが完全に無くった魔獣はその場で動けずにいた。その隙に距離を取っていたラトリィは走りながら上へ飛ぶ。両手を使い落下の勢いで右横腹を背中から腹にかけて大きく切り開いた。多くの血が吹き出て、ラトリィの双剣は既に紅に染まっていた。着地と同時に左手の剣で体に一文字を描く。この一撃で魔獣は悲鳴に近い咆哮を上げ、脚を動かそうと立ち上がる。
ラトリィは逃がさないとばかりにもう一度上へ飛び、背中に移る。右手を空に掲げ、勢いよく背中に右手の剣を深く突き刺す。魔獣は背中にいる敵を振り落とそうと地面を抉るように暴れ出す。そんな抵抗も慈悲なき敵には無駄なようだ。背中の剣を抜かぬまま背中を走りもう頭へ足をつける。紅く染まった半魔は背中したことと同様のことを頭にする。それも脳を抉るように。
半魔は頭に突き刺した剣をスライドさせながら引き抜き、もう片方の剣の近くに飛ぶ。背中の剣を勢いよく抜き、地面に足をつける。そして、戦闘開始前と同様に魔獣へ対峙する。違いは魔獣の生死と半魔が紅に染まっていたかどうかだ。
「しゅ、終了!!」
赤く染まったラトリィはこちらにその姿を向ける。元の髪の色は穢れなき白色だった。しかし今はどす黒く赤色に汚れ、半魔と呼ばれる由縁を感じさせる姿だった。
「ラ、ラトリィ・・・?」
「━━━ふぅ。よく見てたかな?倒し方としては大量に血を出させること。魔獣は死体、基本は体が柔らかいものばかりだ。骨も簡単に貫けるから脳を狙うのがオススメだよ」
「そ、そうなのか・・・」
ラトリィの戦い方はよく見ていた。だからわかる。アイツ、凄い笑ってた。笑顔で戦ってた。笑顔で殺していたぞ。
「お、お前は合格だ!いまからシャワー室にあ、案内する!代わりの着替えも用意してあるからと、とっとと行け!」
「わかった。カイト、万が一もないと思うけど、死なないようにね。相手は弱いからそう気張らなくていいからね。・・・どうしたの?ボクに何かついてる?」
「いや、なんでもない・・・」
何かってか血がめちゃくちゃついてるぞ。それよりもあんな残虐的に殺すんだな・・・。俺、コイツに恐怖を覚えたかもしれない。
「よし、次はお前だ。前に出て剣を構えろ」
いつの間にか死体は片付けられていた。そして、次の魔獣の檻が運ばれていた。声をかけられ、新しい魔獣を見るとと同時に体に緊張が走る。心臓の鼓動も速くなる。・・・怖い。やっぱり死ぬかもしれないってのは怖い。
「じゃぁ、ボクはシャワーを浴びてくる。頑張ってね!」
「お、おう!合格して、してやる!」
ラトリィが遠くへ行く。つまり、死にそうになった時助けてくれる人が居ないことだ。正直に引き止めたい。だけど、そういう訳にはいかない。
「どうした?速く剣を構えろ」
「う、うす!」
両手で剣先を魔獣に向け剣を構える。構えてみると思ったよりも重いと感じる。それに手が震える。怖い。魔獣はよく見ればさっきの奴と違う。大きさこそ同じようだが、大きい角が2本生えてる。怖い。さっきのにはなかった尻尾も長くムチのようなものが3本生えてる。多分、さっきのより強い。怖い。それでも俺は勝つ。怖い。勝ってラトリィと怖い同じように試験に合格する。怖い。震える怖い手の震えは怖いさらに激しくなる怖い脚も震える怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい━━━━━
「脚が・・・動かねぇ・・・」
全身が震える。怖さで震える。剣先は一点に定まらない。こんなんじゃ素手の人間にも負けそうだ。情けない
「・・・どうした?」
心臓の鼓動が感じる。とても大きく、うるさい。
汗が沢山出る。肌をつたうのが、鬱陶しい。
脚が後ろへ動く。違う、俺は前に行きたいんだ。
全部上手くいかない。体が、身体が拒否をしている。だんだんとに剣先は地に近づく。腕が下がる。握力が弱まる。そのまま剣先は地に着いた。カランと音と共に柄も地に着く。剣を落としてしまったのだ。俺の足も地に着けばいいのに、ずっと悩んでいる。戦えばいい。そのためにここに来た。剣もあるじゃないか。なのに、怖い。恐怖が体を包む。体が動かないのだ。
「・・・・・・い!」
「おい!どうしたんだ!?試験をやめるのか!?」
はっと我に帰る。
「しけんを・・・やめる?」
「そうだ!どうするんだ?続けるのか?」
そうか。その手があったか。誰だって自分の命は惜しいはずだ。だったらここで逃げても誰も文句は言わない・・・はずだ。
「うぅ・・・」
・・・は?なんで俺泣いてんだ?涙が出てくるんだ?・・・わからねぇ。でも関係・・・ないだろ。俺はここで逃げても・・・いいだろ?だって怖いんだ。怖いんだよ。死ぬのが。怪我をするのが怖いんだ。
「・・・・・・・・・す」
「あ?なんて言った?」
思ったように声が出せない。次ははっきり言おう
「し・・・・・・を、・・・・・・ます」
「おい、もっとはっきり言え」
ゴメンな、ラトリィ。俺・・・ダメだ・・・
「俺、試験を受けるのを、辞めます・・・」
━━━こうしてカイトは泣きながら試験を辞退した




