知らない世界
「すっげぇ・・・」
瓦礫の山を去ってから、カイトは少年について行きながら街中を歩いている。
辺りには木材とガラスだけで建てられた家が並んでいた。現代日本のようなレンガ、ましてや石材さえも使われていない。
「何を驚いているんだよ。家が並んでるだけだろ?」
「あ、いや、本当に日本とは違うんだなって」
「日本か・・・。一体どこにある国なの?何度も噂は聞いた事あるけど1度、行ってみたいものだよ」
「日本を知ってるのか?」
もしそれが本当なら日本に帰れるかもしれない。右も左も知らない場所には居たくない。早く家に帰りたい。
「残念だけどこの世界に日本って地名は発見されてない。それなのに日本発祥らしい言語は存在する。おかしな話だよ」
世界に日本が存在しない?でも今日本語で会話が出来ている・・・。一体ここはどこだ?謎が深まるばかりだ・・・。
「そういえばお前、名前は?」
「あっ、まだ名のってなかったけ、名前・・・」
ここで少年の言葉が詰まる。
「どうしたんだ?名前は?ちなみに俺は日風 海渡。気軽にカイトって呼んでくれ。」
「ヒカゼ カイト・・・。変わった名前だね。よろしくね、カイト」
「変わったって言われてもな・・・」
何も変わったところの無い、変哲な名前だと思うんだが・・・
「まあいいか、よろしくな。それで、お前の名前は?」
「━━━━━━━」
再び少年の声が詰まる。それに微妙な表情もしてる。名前を言いたくないのか?俺の名前を変だって言ったくせに自分も変だから言いたくないとかやめろよ?
「ボクの名前は・・・」
「名前は?」
少し間を空け、小声で、辺りを気にしながら言葉を発する。
「━━━イモラトリィ・ディセイス・ティリプス。これが、ボクの名前だよ・・・」
「は?お前それって・・・」
イモラトリィと名乗った少年は少し苦しそうな顔をし、次の言葉を待つ。その表情は何を予想し、想像しているのか。
「━━━お前の名前こそ変じゃねぇか!」
カイトの言葉は予想外だったのか少年の顔は驚きの表情に変わる。同時に軽いい怒りを含む声で
「っな!変ってなんだよ!たしかに少し、ほんの少しだけ変かもしれないけど、失礼じゃないか!」
「その言葉、少し前のお前に言ってやりたいよ。それにしても長ぇな・・・。イモラトリィ・・・なんだっけ?」
「イモラトリィ・ディセイス・ティリプスだよ」
「・・・やっぱ長ぇ。あー・・・お前のことラトリィって呼ぶわ」
「ラトリィっ!いやまあ、別にいいけど・・・」
なんだこいつ、満更でもなさそうだ。若干照れてるようにも見えるぞ。それに安心してるような。
「━━さて、着いたよ。ここがボクの住むところだ」
その家は住宅街の1つの立派な家━━━━ではなく、路地裏を何度も通り、いわゆる表通りからかなり離れた場所に建つ、ボロボロの家だった。
「ボッロ・・・」
「まぁここはもともと廃墟で、ボクが勝手に借りて勝手に住んでるだけだからね」
「勝手にって・・・お前の家ないの?」
「少し言いづらいけど、事情があるんだよ」
表通りの家からも、日本のような家など期待してなかった。しかしまさかちょっと強い風が吹くだけで崩れそうな家に案内されるなんて・・・。
「いや、いまはそんなことより、もう1人の人間のことだ」
「その子は中にいるはずだから、入ってよ」
そう言ってラトリィはオンボロな扉を開ける。この扉、鍵がぶっ壊れてるぞ。
「おお、中は思ったよりも綺麗なんだな!」
「外見はともかく、内装なら自由に変えられるからね。掃除も毎日してる。・・・あれ?」
「それで、お前の言ってた女の子は?どこにも見当たらないんだけど」
家の間取りは玄関を通ると廊下、脇にトイレと階段があり、奥に7畳半の広い部屋が1つある感じだ。しかし階段は登れるような状態ではなく所々に穴がある。2階に上がるのは難しそうだ。内装もキレイとはいえ、家具は少なめ。人1人隠れていてもすぐ見つかると思うが・・・
「そうなんだよ。おかしいな、どこにも見当たらない」
「おい、そこに紙が置いてあるぜ」
「えっ!紙!そんなものがどうしてここに・・・ってなんて書いてあるんだ?ボクは日本語は話せても読み書きが出来ないんだ。カイトは読める?」
紙に対し異様な驚きを見せるラトリィ。その手に持った紙には・・・
「・・・『パンとミルク、ご馳走様でした。するべきことがあるので何処かへ行きます。心配しないで下さい・・・」
「━━━しずく』!」
それは丁寧であり丸みを帯びた字で書かれてあった。
「・・・つまり手紙を書いたしずくって人は何処かに行ってしまったのかい?それで戻ってくることもないってことなの?」
「・・・多分、そうだな」
紙をみてもしかしたらとは思った。これはしずくがよく使っているメモ用紙だ。恐らく本人のものだろう。
「もしかしたらまだ近くにいるかもしれないな。ラトリィ、探しに行くぞ」
「ちょっと待ってくれ!その子と君はどういう接点があるの?知ってる子ならまだしも知らない子なら探す時間が勿体ないよ!」
「その子は俺の幼なじみだ。『するべきことがあるので』とかなんのことかわからんこと言ってるのが気になるけど、あいつに何かあったら心配なんだ」
「なるほど。気持ちはわからなくもないよ。でも探しに行くってどこに?ここまでの道は一本道だ。それも長い時間歩いただろう?それなのにボクたちは誰ともすれ違わなかった。その子は多分ボクが家を出てすぐ、遠くを目指して出発したと思うよ」
「それでも探しに行けばもしかしたら見つかるかもしれないだろ!俺は探しに行く!」
ラトリィの家に着いてきたのは、しずくがいるかもしれないと思ったからだ。実際には数十分前まではいた。それがわかっているなら目的を達成するために探しに行くのは当然のことだ。そのためにカイトが扉のノブにてをかけると・・・
「━━━━ッ!」
黒板を爪で引っ掻いたような甲高い音がカイトの頭の中で鳴り響く。
「━━━━━━!」
それはラトリィの声も聞こえないのに酷くに煩く、激しく、擾わしい。
「なんだ・・・よ、これは!」
声を荒らげ吠えるように叫ぶ。耳を両手で抑えても音は止まない。
「━━━━ッぐぁ!」
次第に音は平衡感覚を失わせる。気づけば体はフラフラと揺れ、バランスを崩し大きい音を立てながら倒れる。
音は止まない。
煩音は止まらない。
ただただ不快感を与え、
脳内で鳴り響く。
「ぐぅぅ・・・ぁぁ・・・」
次第に意識が遠のく。
それと同時に音も小さくなる。
それでも不快感は残されたままだ。
「だい━━う━!」
よく聞き取れない。すごく慌ててるのはわかる。
「━━━━━!」
「━━━━━━━━━!」
「━━━━カイト!」
そのままカイトの意識は音から逃げるように無くなってしまった
 




