カワキ
喉が渇いて仕方ない。
俺は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し一気に飲みほす。
開け放しのカーテンから照りつける満月が俺の苦しみに歪んだ顔を照らす。
昨日の夜のことがフラッシュバックした。
「あなたの・・・・美味しかったわよ。」
首筋が痛む。あの女に噛まれた傷が。
ヴァンパイアキラーの俺が不覚だった。
俺はヴァンパイアの眷属を追い詰めた。
もうあと少しで夜明けだ。
心臓を杭で貫くもよし。太陽の光で灰にするもよし。
すぐに杭で撃ち抜くべきだった。
残忍な寛大さ、それが俺の心に隙を作った。
「ずいぶんとお楽しみね。」
背後から声が聞こえたかと思うと、首筋に冷たい痛みが走った。
俺の中に、失われた血液と同量の人間ならざるものが流れ込んでくる。
気がつくと眷属の姿はなく、俺は路地裏でひとり倒れ込んでいた。
俺は掌中のカプセルをじっと眺めた。
不幸にも呪われた存在に囚われた際に我々を救う解毒薬。
ただ、引き返すことのない人間としての死を迎えることになるが。
笑いがこみ上げてくる。
俺は死ぬのが怖い。人間としての死を迎えるのが怖い。
楽になれよ、ともうひとりの自分が優しく説得する。
どっちに?不老不死にか・・・永遠の眠りにか?
渇きはいっそう激しく激しくなる。耐えきれない衝動が俺を包む。
どうしようもない、あきらめの心が俺を包む。
あと数時間で、俺はかつての仲間から狩られる存在へと変わる。
俺の渇きは抑えられないレベルになる。もうじき俺は人間であることを止める。
「あら、まだ頑張っているのね。さすがは元・狩人だこと。」
あの女がきた。おれを新たな眷属として迎えにきたのだ。
「お・・・おれは・・・・・」
「諦めなさい。もうあなたは渇きを抑えられないわ。」
女は妖艶に微笑むと俺を抱き寄せた。
「私、あなたみたいなタイプは嫌いじゃないわよ。その強情な性格もね。」
俺の表情は憎しみに満ちていただろう。
「こ、この卑しい吸血鬼が・・・・。」
「あら、滑稽なこと。あなたもその仲間になるのよ。鏡で自分の顔を見てごらんなさい。」
月の光に照らされた鏡を見る。そこには牙が生えた俺の顔があった。
もう、これまでか。俺は諦めた。渇きに身を任せよう。
「ああ、そうだな。もう抵抗をするのをやめるよ。」
親愛なる我が父よ。私は今から神を捨て、魔に身を落とします。
おれは、孤児だった俺を育ててくれた司教から渡された薬を・・・投げ捨てた。
カーテンを開け放つと満月が俺の異形の全身を照らす。
さっきまで余裕の表情を浮かべていた女の顔が憎しみと恐怖に歪む。
「お前、まさか・・・・。」
俺は咆哮を上げて女の喉笛に喰らいつく。
吸血鬼の女から徐々に力が失われていく。
俺の能力はエナジードレイン、ヴァンパイアと等質の力だ。
満月の夜でなければ、果たして互角だったかもしれないが、今日は狼男の日だ。
決着はあっけなくついた。
渇きは治まったが、これから月満ちる時は常に俺は渇きに襲われることになるだろう。
闇に身を落とした俺に戻るべき場所はない。
俺は人間として死ぬべきだったのか?
いいや、俺は生き続けることを選んだ。
最後の狼男として、最後の吸血鬼を狩るまで。
心の渇きをいやすために。