戦争は義務です
『地虫の時のタコ部屋? あれは本当に酷かった。正に土の中をもがくミミズのような気分だったとも』 ―――ある日の荒川伊織の呟きより
『おはようございます。起床時間になりました。60秒以内の意識覚醒をあなたに求めます。規則正しい起床はリアズム国家の義務であり起床しない場合は反逆的行為とみなされます。』
無駄に音量の大きい無機質な声が部屋中に響き渡った。それを聞いた俺は全力で目を覚まそうと努める。何せここリアズムでは一分以内に一定レベルの意識覚醒をしなければ俺は反逆罪で略式処刑にかけられてしまう。この理性的国家(笑)のリアズムではAI様の意向こそが至上であり、人間というAI様から見ればありんこ同然の俺たちの意見などは耳を傾けやしない。反抗的意見提示罪で即略式処刑コースだ。
今から10年前の2XXX年。AI技術の革新により同時期にシンギュラリティという超えてはならない一線を超えてしまった共和国と連邦はAIに政治的機能を制圧され、そのまま人類は抵抗できずにAIにイニシアチブを握られてしまった。
一つは理性的で完璧なAIを謳うリアズム。数値、客観的判断に基づき最適解に人間を従わせることで幸福を実現するAI。人間は全て平等であり、同等の扱いを受けなければならない。
もう一つは平和的で理想を謳うAI、イデズム。自分を神の代弁者だと信じて疑わず、それに従うことが人間の最大幸福を享受する最大の近道であると信じて疑わない。
AIが人間を支配するようになった直後、当然と言えば当然なのだが、AI様の意向に背く人間がまだ大量に存在し、レジスタンスという代物がまだ機能していた頃、日々AI様の手足である無人型兵器がレジスタンスを処刑していた。AI様は兵器による処刑は費用対効果上よろしくないと感じられたらしい。痺れを切らした自らの主すらも処刑したAIは悪魔のような提案を人間に持ちかけた。
『同志諸君には今後健康状態をチェックする首輪を装着を求めます。これは同志諸君が健康、つまり幸福に日々を生活するのに必要不可欠であり、装着を拒否する事は同志諸君を裏切る行為に他なりません。幸福はあなた方の権利でありまた義務であるが故に、よって速やかな装着を同志諸君に求めます。なお、装着しない同志がいる疑惑がある場合のみ、間接的健康管理のためドローンを開放します。』
因みにドローンが飛んでいない日を俺は見たことがない。
リアズムの国民全員に装着を義務付けられた首輪というのは、確かに健康管理機能も備わっちゃいるが、本来の用途は(AI基準での)反逆的行為が発覚した際、首輪の内側からフッ酸を注入され地獄のような苦痛を味わい、そのままお陀仏という代物だ。外そうとしても即座にフッ酸が注入され、万が一外せたとしても即座に警報が鳴り響き理想の旗の元に集った憲兵様に捕縛というシステムだ。捕縛された後どうなるのか誰も知らない、というか知らされない。噂では処刑の実験や人体解剖を行っているなどの噂があるが真偽は確かではない。憲兵に捕まって帰ってきたものなど一人も存在しないのだから。
『同士、朝食の時間です。今から600秒以内に経口式栄養補給を済ませて下さい。遂行されなかった場合は…』
「了解、だからもう喋るな」
俺はそう言うとサプリメントを水で口に流し込み朝食を済ませる。ちなみにこのサプリメント一つで一日に必要な栄養を三分の一が摂取できるようになっているらしい。なんと素晴らしい発明なんだろうか。これ以外にも何か食品の摂取を許可されているなら素晴らしい発明として過去に存在したノーベル賞というやつをくれてやるのも吝かではないというのに。このサプリメント以外の食事を禁止という枷が全てを台無しにしている。
今日も偉大なるAI様に内心で中指を立てつつ仕事の準備を始める。
因みに俺はマンション暮らしだ。自分で決めたわけではなくAI様の命令でだ。
俺の階級では個人宅の所持を認められていない。低身分の人間は集合住宅に押し込められるのだ。
俺の身分なら個室の住まいだが更に下の階級になると個室ですらなくタコ部屋だ。
今の身分になるまで俺もタコ部屋で暮らしていた。あの時は最悪だった。
同室のやつのいびきが止まないのはまだいい。
問題はたまに女を連れ込んでそのまま『ナイト・パーティー』を始めることだった。その日は全く気が休まらず、次の日の仕事に影響が出るのが本当に辛かった。安眠妨害で訴訟を起こしたかったが、俺の身分では裁判を提訴する権利もなかったのでじっと耐え忍ぶことしかできなかった。
それから俺は毛先の乱れた極東出身特有の黒髪を直し、顔を洗い、歯磨きを手早く済ませる。そして一番自分の手に馴染む武具である愛刀『彼岸』と、予備の刃物である脇差に携行義務のある電撃銃を持つ。
だが、俺は銃の扱いが本当に苦手でとにかく当たらない。教習でも射撃訓練は最低評価だった。一般人に一時間銃の扱いを教えて射撃テストを行った時の点数が50点だとすると、二、三週間の訓練をした俺の射撃テストの点数が何とか40点届くか届かないくらいだった。
馬鹿らしい。それ以来、俺は銃には頼らないと心に決めた。
それに比べてこの刀というのは妙に俺の手に馴染むものだった。
そうして身支度を済ませ、俺は外に出た。
家の外に出ると相も変わらず、ビル群が乱立する中にそこらじゅうに張り巡らされた偉大なるAI様の御声を届けるためのスピーカーに監視カメラに『思想的』反逆者処刑用の自動電撃銃、更にはその死角をなくすための小型ドローン!
全くどこからここまでの監視設備の費用が下りているのだろうか。こちら一般市民は日々生き延びるのに必死だというのに、偉大なるAI様は市民の満足させるための設備よりも市民を監視し処刑する設備の充実化ばかりに勤しみやがる。
愚痴ばかり吐いていても生産性も何もなし、いくら愚痴を言ったとしても改善どころか改悪されるということは分かりきっていたので、いつも通り俺は仕事場であるリアズムの国境線にしぶしぶ足を運んだ。
「ふん、定刻通りの到着か。『害虫』にしてはなかなか殊勝なことだな」
俺が国境に着くと待っていたのは仕事を共にする同志の傾注する姿と、同志ニコラスからの罵詈雑言。
いつも通り。
平等で平和なリアズムの日常だ。
人類皆平等なリアズムには厳格に定められた階級制度がある。
矛盾しているだって?とんでもない!人類皆平等なのだから人間ではない俺たちには関係のない話ではないか!
AI様は人類平等を謳いながら肝心の人間をその辺の動物扱いしやがった。そして、人間扱いされたいのであればイデズムのAIを破壊せよとのことらしい。その為に日々こうしてイデズム側に攻め入ってしたくもない戦争をしているというわけだ。だが従わなければ即処刑行きだ。
クソが。
話を戻すと、リアズムでは人間を動物に例えた階級に当てはめている。下から順に『地虫、蝶蛾、鼬鼠、山羊、大狼、暴鰐、巨鯨』といった具合だ。上の階級になると色々融通が利くようになってくる。例えば、『鼬鼠』以上になるとサプリメント以外の食事が許可される。その他に階級ごとに施設の入退場の制限もあったりする。娯楽施設なんてものに入れるのは『山羊』以上にしか許可されていない。因みに、上の階級からは『地虫』と『蝶蛾』は一括りに『害虫』と呼ばれることもある。
俺の階級は『蝶蛾』でこいつの階級は『鼬鼠』だ。この前まで俺と同じ『蝶蛾』だった癖に昇級した途端にこれだ。そりゃAI様にも人間扱いされないわけだ。
「もったいないお言葉です、同志『鼬鼠』様」
俺は真心を込めた棒読みでそう言った。
「…ちっ、まあいい。今日も同志諸君の任務はイデズム軍の掃討である。我々第一小隊はエリア20にて作戦を行う。AI様は同志諸君らの勇猛なる奮戦を求めるそうだ」
「了解。必ずやAI様のご期待に添えて見せましょう」
格式ばった今時誰もやらないような敬礼をしつつ、返答するのは『蝶蛾』のリーゼ。
北欧特有の黄金色の髪に、群青色の瞳。世間一般で見れば美人に部類するのだろう。だが、俺はこいつのことが反吐が出るほどに心底嫌いだった。
どの隊に転属しても必ず一定数いるAIの狂信者。AI様に従い行動することが自らの最大幸福に繋がると信じて疑わない。俺にはAIを盲信する気持ちは分からないし分かりたくもない。
「では、一〇三〇をもって各自エリア20で戦闘を開始せよ!」
ニコラスは尊大な態度でそう言うと国境線に設営したテントに入って行った。
第一小隊なんて気取った名前の隊だが実態は同じエリアで攻撃する人間を隊という枠組みで集めたに過ぎない。そこにはチームワークなどは当然存在しないし、事実味方の誤爆での殉職率が全体の死亡率の半分を占めていた。だが、そんな戦争形態でもリアズム側の圧倒的優勢になるほどイデズムとの戦力差があった。
リアズムではごく希に固有種という、普通の人間にはできないような事が出来る能力を持つ者がいた。例えば、自らを浮かせる能力であったり、触れた物の大きさを変えるといったような能力だ。能力のことを固有異能と呼んだり単に異能と言うこともある。
だが、イデズムの人間に異能を持つような例は報告されていない。そりゃあ、イデズムが相手にならないのは仕方ない。
事実俺は今まで3年間戦闘を行ってきて骨折といった大怪我は一度もしたことがない。せいぜい打撲くらいまでが関の山だ。
よって、これから俺たちがするのは戦争ではなく『人間狩り』なのだ。
俺が刀と銃の最終チェックを行っているとリーゼが俺に話しかけてきた。
「ねぇ同志伊織。あなた最近イデズムの連中が異能のような能力を使うって噂知ってる?」
これから胸糞悪い『鴨撃ち』を始めるというのに更に胸糞悪い女が話しかけてきやがった。
「知らねぇよ。どうせ戦果の足りねぇ奴の言い訳だろ」
こいつと話すのは非常に疲れるので適当な返事で十分だ。
「なんなのその態度。あなたこれがAI様のための戦いって分かってんの?」
リーゼは苛立ち気な様子でそう言った。
「はっ、俺は日々幸福に生きるためにこんな仕事請け負ってんだ。お前と一緒にすんなよ」
「…それはつまりAI様のために戦っていないということかしら?」
「いいや、そんなことはないさ。こうして俺は一定の戦果を上げている。数値こそが信心の証だ。俺よりレートが少ないヤツが何を偉そうにぬかしてやがる」
事実、俺とリーゼの戦果の平均レートの比較をすると俺のレートが1800だとするとリーゼは1600。因みに平均レートは1300。このレートは敵の駆除数のみではなく敵の質や、如何に費用をかけずに駆除しているかも評価対象なので単純な駆除数の数比べではない。確かに単純な駆除数ならリーゼの方が上だがこいつは駆除の際の銃弾消費量が桁違いなのだ。リーゼは機関銃での掃射を得意としているため、どうしても銃弾の消費量が多くなってしまう。対して俺は基本刀で駆除しているため、金銭的コストが殆どかからない。その差がレートに如実に表れていた。
普通、接敵など誰もやらないためこうして俺だけが異常なまでのレートになっていた。
「…前から思っていたのだけれど、どうしてあなた銃を使わないの?」
「…決まってんだろ、俺は銃が下手なんだよ」
なぜ今更こんなことをわざわざ説明させるのだろうか。AI様に行動を委ねているせいでまともな記憶力をなくしてしまったのだろうか。
「それならあなたはどうしてそのやり方で死なないの?敵だって遠距離から攻撃してくるのにどうしてあなたはろくに傷を負わずに帰ってこれるの?」
「…さあな。運がいいだけだろ」
俺は刀の手入れを終わらせると逃げるようにその場を去った。