8.弱さと優しさ
「アンネ、少し話しましょうか」
私とメルはなんとか無事にエリスを無力化することが出来た。
確かに少し私は自分の力を見せたかもしれない。
けれどもまだ誤魔化しのきく範囲で、何の問題もありませんでした。
めでたし、めでたし。
と、いうのが私の求めていた終わり方だったが、メルは許してくれなかった。
「えぇ、決して起こっているわけではありませんから」
そう、口元だけを歪め、全く笑っていない目で私に自分の直ぐ側に座るように指示する。
私は何とかメルの雷から逃れようと、曖昧な笑みを顔に浮かべて口を開く。
「えっと、メル今回はお説教なしてでいいと私は……」
「何ですかアンネ?私は怒っていませんよ。だからお説教なんか無いって言っているじゃ無いですか」
「すいませんでした!」
しかし私がメルを納得出来る筈も無く、最終的に私は頭を地面に擦り付けて謝ることとなる。
「はぁ、だから怒ってないっていているじゃ無いですか……」
「え?」
だが、何時もならそこでメルの決して大きくは無いのに何故か震えが止まらなくなる声で私を責めてくるのに、今回はため息を漏らしただけだった。
「そもそも今回は私が間抜けにもあの糞女に捕らえられてしまったのが原因ですし」
そう話すメルの顔には、私への謝罪が込められていたが、
ー えっ、糞女?
だが私はちゃんと普段は丁寧な言葉遣いしかしないメルがエリスに対して使った呼び方を聞き取っていた。
それは本気でメルが激怒した証で、私は一瞬絶句する。
「いや、違うよ!」
しかし直ぐに私はメルの言葉を否定した。
「メルは本当なら捕まってなかったはずだもん……私のせいで」
そして私が一言言葉を口にするごとに私の胸には酷く長い感情が溢れ出して行く。
今でも、あの傷だらけになったメルの姿は鮮明に思い出せる。
ーーーその時の怒りや、焦燥などの動揺も。
今私の目の前で、ベットに座っているメルの身体には未だ痛々しい傷が残っている。
そしてそれは私の我儘が原因なのだ。
「本当に、ごめん……」
私はメルに謝ろうとして、
「えっ!いや、私が悪いのに謝ることないですよ!」
「え?」
何故か、いつも冷静なメルが漏らした焦ったような声に思わず言葉を失う。
「いや、メルのせいじゃ無いよ!私が……」
「アンネ、その理屈はおかしい!元はと言えば私が……」
「で、でも!その元を辿れば私が……」
そして私達2人は少しの間、自分の方が悪いと言い合って、
「ぶっ、あははは!」
いつの間にか何方もおかしくなって、笑った。
それは酷く新鮮な気分だった。
今まで、王宮でこんな気持ちになどなったことはなかった。
そのことに私は何故だか、さらに嬉しく感じてもっと声を張り上げて笑った。
「まぁ、これに関しては話が纏まりそうにないし置いておきますか」
「うん!」
そして、2人の笑いがどちらとも無く止まった時には最早、私達は落ち着いていた。
「取り敢えず、1番気になるのはエリスというあの女がどう出るかと言うことですね。おそらく男の方に関しては何を言っても信じるものが居ないでしょうし」
「でも、エリスはあれだけ怖い目に遭って私の言いつけを破ることはないと思う」
私達が話し合い始めたのは、エリスのことに関してだった。
私はもうエリスに関しては放って置いてもいいと判断してそう告げるが、メルは首を横に振った。
「確かに直接何かをしてくることはないでしょうが、あの女相当執念深いですよ。噂を広まるかどうか判断出来ないですが、恐らく何らかの嫌がらせはしにくると思います。私はあの女を殺した方がいいと思います」
「っ!で、でもまだ全然手の内なんか見せてないし……」
「それでも英雄達に勘付かれる可能性は決して低く無い」
私はあまりにも過激なメルの言葉にそう、エリスを擁護するよう言葉を重ねるがメルは聞き入れない。
恐らく相当メルはエリスに対して悪感情を覚えているのだろう。
「でも……」
「良いですか、貴女の目的には決して英雄を関わらせてはいけない。貴女と彼等とは目的が正反対なんです。だから、せめて貴女の目的を果たすまでは実力を隠すために必死になるべきです」
「っ!」
私はメルの言葉に息を飲む。
分かっている。それは本当に当然の指摘であることも、メルの言う通りエリスがこれで終わらせる人間では無いと言うことも。
「だったら、彼女の記憶を消すことにする」
だが、私は決してエリスを殺すことを是としなかった。
恐らく彼女は私を婚約者の座から引きずり落とした後、殺すつもりだっただろう。
自分の悪事がバレないように、そのことが知られる可能性がある私を殺すことによって。
だが、私はそれでも殺しを肯定しない。
ーーーその思いを破る時はもう、決めているのだから。
「はぁ、やはりそうですか……」
そしてその私の思いを聞いたメルはそう溜息をついた。
「ごめんね。また頼みごとしちゃって……」
そう、申し訳なさそうに頭を下げる私にメルは頭を振った。
「いえ、そのことに関してはたいした労力ではありませんので。ただ、やはり貴女は優しすぎる。それは確かに美点ですが、そのままでは付け上がる者も出てきますよ」
メルはそれだけを言うと、あとは話は終わったと言うようにその場から姿を消す。
「ううん、
ーーー私は弱い、それだけだよ」
そして、最後にポツリも漏らしたその声を聞くものは誰1人としていなかった………