3.メル
「気に食わない女ですね」
ちょうど、エリスが去った後誰もいないはずの部屋から酷く不機嫌そうなそんな声が響いた。
だが、そのことに私が動揺することはなかった。
何故なら、彼が現れる気配を掴めないのは何時ものことなのだから。
「メル………」
私が振り向くと、そこには小さな男の子がベットの上に座っていた。
服はこの国では大して珍しくない子供用の礼服で、ただの子供が部屋に入り込んでしまっただけのように感じる。
だが、目の前にある男の子がただの子供でないことを私は知っている。
何故なら、彼は私の仲間なのだから。
心配性で、王宮に帰るといった私を最後まで引きとめようとしてくれた大切な人。
「だから、こんな所になんて戻る必要が無いと私は言ったのに……」
「っ!」
そしてその彼の忠告を振り切って飛び出したからこそ、先程の醜態を彼に晒してしまったことが何よりも辛かった。
「……そんなに辛そうでも戻るつもりは無いんですね」
メルは、しばらくそんな状態の私を見つめていたが、諦めたように嘆息してそう告げる。
「ごめんなさい……」
その様子は本当に不満げで、私は謝る。
「別に貴女を責めているわけじゃないんですよ」
だが、その謝罪にメルは顔を横に振る。
「私が気に入らないのは貴女を認めようとしない、周囲に対してですよ。本当に、気に入らない」
そう告げたメルが私を見る視線には思いやりが溢れていた。
そしてそのことは私が1人でないことを教えてくれる。
「ごめん、なさい……」
だが、私の口から出たのは謝罪の言葉だった。
「えっ?」
流石のメルもその言葉は予想できなかったのか、言葉を失う。
そしてメルは私に何かきつく言い過ぎたのかと焦り始める。
「私のせいで、まだ私が弱いせいでそんな思いさせちゃって……」
「っ!」
しかし、次の言葉でメルは悔しそうに唇を噛み締めた。
「……いえ、それは貴女のせいではありません。アンネはよくやってくれています」
そこでメルは顔を苦々しそうなものへと変える。
「あんな目にあっても実力を隠していたのですから。アンネ覚えていますか?私が王宮に帰るのならば1番大切にしなければいけないと告げたことを」
「ええ、英雄に存在を気付かれるな、よね?」
私がそう答えると、メルは頷く。
「はい、その通りです。決して貴女が英雄より弱い、そう言っているわけではありません。しかし、この国にいる英雄の数は1人や2人ではない。流石の貴女でもそんな人数の彼らとは……」
そう告げ、メルはそこで微笑んだ。
「だから別に私は貴女のことを情けないなんて思っていませんよ。自分の目的の為に直進していく貴女を見るのは好きですから」
「うん!」
それはメルの不器用な気の使い方だと、そこで私は悟る。
その気遣いは今まで悔しさで一杯だった胸に何か温かい物を流し込んでくれる。
それは前に王宮にいた時とは違い、今は仲間がいる、1人でないということの証明であるように感じて、私は微笑んだ。
「そうだ!私メルに王宮を案内する!」
「それはいいですね。是非お願いします」
そしてメルの気遣いの後からは、私はたいして気負うことなくそうメルを誘うことが出るようになっていた。
サーバート、ラルフスなど神話時代の英雄と名を同じにするこの国の英雄。
それはメルが言っていたように脅威なのだろう。
しかし、私にできることは少しずつでも前に進むことだけなのだ。
私はそう自分に言い聞かせる。
「んじゃ、行こっか」
そして私はメルの手を取り、部屋の外へと歩き出した。
………だが、その時の私は知る由もなかった。
メルが警戒せよと、そう告げた英雄。
それは決して神代の英雄と同じ名を持った英雄ではなく、神代の英雄そのものであることを。
ーーーつまり、最早存在しない人物であることを。
そしてその神代英雄でさえ越えると称された私が、どれほどこの国で飛び抜けた存在であるかということを………
これからの更新は少しの間一日二話投稿になると思います。