2.エリス・アーカイド
「あれ?」
私が部屋の中で今までのことを思い出し、覚悟を決めていた時誰かが扉をノックする音が響く。
そしてその音に私は疑問を持つ。
というのも、私が王宮に辿り着いたのは昨日の、それも深夜だ。
つまり私が帰ってきていることを殆ど知るものはいないのだ。
しかもこの部屋は今まで私がいた部屋とは違う。
行方不明だった私の部屋は住める状態でなく、その代わりの凄く豪華な部屋だった。
つまり、私が帰ってきていることを風の噂で知ったものが居たとしても、私が何処にいるのかは分からないはずだ。
………まぁ、この部屋に私が居られるのは今日だけなのだが。
さらに自分で言うのもあれだが、私を気遣う人は殆どいない。
「今開けます!」
私は誰が来たのか全く分からないまま、扉の方へと駆け寄る。
そして鍵を開け、扉を開き、
「っ!」
私は絶句した。
「あら、久し振りねアンネ。御機嫌よう」
扉の向こうに立っていた金髪の酷く豪華なドレスを着た酷くプライドの高そうな女性。
ーーーそして彼女は私を虐めていた貴族だった。
彼女の名前はエリス・アーカイド。
私の婚約者の愛人だ。
私よりも身分が低く、愛人としてしか婚約者と近づくことはできなかった。
そして彼女は自身の愛人と婚約を結ぶ私に嫉妬していた。
ー 本当に彼の方に相応しいのは貴女では無く私だから!
私の頭にかつての記憶が浮かび上がる。
婚約を結んだとして開かれた祝いの席。
祝宴用のドレスに身を包んだ私は、近くにいた使用人が運んでいた残飯を頭から被っていた。
そのドレスは父が失脚した直後の当時、唯一の祝宴用の服で、
ー 貴女にはその格好が似合っているわよ。
だが、それを知りながら目の前の女、エリスは笑っていた嗜虐的な光を宿した目で私を見下しながら……
「どうしましたの?」
「っ!」
過去の記憶に硬直していた私はそのエリスの一言で我に戻る。
そして周囲の使用人の不審げな注目を集めていることに気づき、急いで扉を大きく開く。
「すいません。懐かしさについ思い出に浸ってしまいました」
「ありがとう」
エリスは私が扉を開くのがさも当たり前のように部屋の中へと入る。
私はエリスが部屋に入ったのを見て、続いて部屋に入る。
「何で行方不明なんかに為ったのよ!」
そして扉を閉めた瞬間、エリスはそう怒鳴り始めた。
その怒鳴り声を聞いて私は、エリスは人目のある所では大人しく振る舞い、人目がなくなったり自分の取り巻きだけになれば私を虐めるそんな人間だったことを思い出す。
そして外面が良いばかりに私がどれだけ訴えても誰も彼女を咎めようとしなかった、その過去を思い出す。
まぁ、例え彼女に虐められていると分かっても私を助けてくれるものはいなかっただろうが。
私がエリスにされた虐めはドレスのことだけではない。
それに劣らない虐めを受けてきた。
そもそも、令嬢であるはずの私が森の中にいたのもエリスが癇癪を起こし、部下に命じて眠っている私を移動させたのが理由だ。
まぁ、そのお陰で私は龍の住処へと大した労力を使うことなく辿り着けたので、別にそのことに関しては私は恨んでいない。
「貴女が行方不明になった原因が私にあると知られれば、彼の方に幻滅されるかもしれないと、どれだけ恐ろしかったことか……」
だが、私はエリスの余りにも身勝手な言い分に怒りが湧いて来るのを感じる。
それは逆恨みとも呼ばない、最早八つ当たり以下の理由。
彼女が私を虐める理由は常にそうだった。
彼の方、彼の方と、常に婚約者のことで有る事無い事を信じ、その鬱憤を私で果たそうとする。
そしてその理不尽な虐めに対抗するだけの力を過去の私は持っていなかった。
ーーーしかし、今は違う。
「貴女、ちゃんと反省してますの!」
その時何かを叩く音がして、私の頬に痛みが走る。
私が目をあげると、そこには手を振りかぶったエリスがいて、彼女に頬を叩かれたことを悟る。
ーーーそしてその瞬間、耐えきれぬほどの屈辱が自分の中に生まれるのが分かった。
ー やってしまえ!
その瞬間私の中の何かがそう叫んだ。
それは私の怒りで、誇り。
過去の私はとうに投げ捨て、しかし龍との生活で取り戻した大切な物。
「すみません」
ーーーだが、私はその思いを抑え込んでそう頭を下げた。
「ふんっ、これで許しはしませんから」
エリスはそんな私に侮蔑の視線で睨み去って行く。
そしてそのエリスに私は後ろから飛び掛かりたい衝動に駆られる。
「ふぅ、」
だが、私はその感情を息を大きく吐いて抑え込む。
力を付けたと思っていた。
いや、実際に付けた。
だけど未だ自分の思い通りにことは全く進まない。
それの現実に私は酷い悔しさを覚える。
「っ!」
ーーー下に俯いた顔は泣きそうに歪められていた。
次は朝7時ごろに更新です。