プロローグ
アルファポリスと並列投稿です。
少しの間連続投稿させて頂く予定です。
それは酷く深い森の中だった。
緑が周囲を覆い尽くし、最早来た道さえ私にはわからない。
「やっと……」
だが、私の心には不安はなかった。
いや、それどころか安堵さえ私は覚えていた。
頭に今朝見た夢、婚約者に裏切られる光景がフラッシュバックする。
それは私の唯一の味方であるはずの婚約者に利用され、悪役令嬢として捨てられる物。
ーーーそして私はその悪夢が、稀に見る予知夢であることを悟っていた。
「知っていたわよ……」
そう、私は気づいていたのだ。
父が失脚して自殺し、後ろ盾を失った私には最早巫女としての才覚以外価値はないのだと。
そして、周囲が私を疎み虐める中、助けてくれる婚約者はその才覚しか見ていなかったのを。
私は今まで数多くの危機を予知夢によって救われてきた。
そして、今回も今から動けば助かるのかもしれない。
「でも、もう疲れました」
ーーーだが、私には最早そんな気力は残っていなかった。
失って、無価値だと罵られて、そして裏切られて、私の心はもうボロボロだった。
何度も家を復興すると自分を奮い立たそうとした。
でも、それももう限界だ。
「だから、私をどうしてもいいですよ」
だから私は、背後に恐ろしく巨大な何かが現れても動じることなく笑ってみせる。
恐らく背後にいるのはドラゴンだろう。
巫女の素養を持つ純潔の乙女を好んで食す、国さえ滅ぼす化け物。
そしてその化け物は私を食べてしまうだろう。
何せ私はまだ初夜も迎えたこともなく、巫女の才覚だけは一流というドラゴンにとっては夢のような食材なのだ。
しかし、そのことを悟っても私は逃げようとすることはなかった。
「さぁ、私を食べて下さい」
ーーー何故なら私はドラゴンに食べられるために、この人生に終止符を打ってもらうためにこの場所に来たのだから。
だが、私はドラゴンが口を開いた瞬間身体が震え出すのがわかる。
本当に私は意気地なしだ……私はそう自分を自嘲しながら、来るべき衝撃に目を閉じて、
「はっ、人肉を好き好んで食うか。そんなこと狂い竜しかやらんわ」
「っ!」
ーーー何処からともなく響いた言葉に絶句した。
私は何が起こったかわからず目を丸くするが、少ししてようやくドラゴンが口を開いたことを悟る。
「えっ?ど、ドラゴンが喋った?」
「用はそれだけか?ささっと去ね」
そしてドラゴンは戸惑う私を無視して、去っていこうとする。
「だったら、食べないなら、私を殺して!」
しかしその瞬間私は叫んでいた。
今まで震えて、固まっていたはずの身体から自分でも信じられない声が出る。
そして私は泣きながら懇願する。
「私は弱くて、もう耐えられないから、だから、だから………」
その私の言葉にドラゴンの纏う気配は変わる。
そしてその変化に私は覚悟を決めようとして、
「ふぅ、この姿も久々か」
「え?」
ーーー空間が揺らぎ、姿まで変わったドラゴンにそう間抜けな声を漏らした。
今、私の目の前に立っているのは1人の美青年だった。
東の国の衣服だと、聞いたことがあるきもの、を身に纏った青年。
私はその突然の変化に硬直するが、ドラゴンは私のその状態を全く意に解することなく私の顔を覗き込んだ。
今まで必死に森の中を駆けてきていた私の顔は汗と泥で汚れていて、青年のドラゴンの時と同じ綺麗な碧色の目に気恥ずかしさを覚える。
だが、首に添えられた手に私は顔を背けることができない。
「うん、貧相な顔と身体だが、少し磨けば輝きそうだな」
「っ!」
そしてどれだけだっただろう。
青年は私の顔だけでなく、身体全体を見てそう呟く。
私は美青年にそう呟かれて、顔が朱に染まるのがわかる。
「しょうがない。少々私が手を貸してやろう」
「え?」
だが、次の一言で私の顔からは赤みどころか表情さえ飛んで行くこととなった………
それは酷く突然で、唐突な出来事。
それが私とドラゴン、いや龍の出会いで、
ーーーその出会いは私の人生を変えた。