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歴めろ。  作者: 武田 信頼
第二章:学校動乱編
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第九十七話:旅の夢路

皆様、ご無沙汰しております。


遅ればせながら、今回ブックマークおよび評価ポイントを頂きまして誠にありがとうございます。

大変励みになります。これからも是非とも宜しくお願い致します。




         ※※ 97 ※※




 

 早朝から気温は上がらず、十二月二十四日のクリスマスイブは雪のない極寒で薄墨を流したような曇天だった。

 ベビーピンクのムートンコートにフレアのミニスカート、濃紺のニーソックスを交互に伸ばして足早に、少々癖毛(くせげ)のツインテールを(なび)かせて駅前通りを歩く灼の後ろから、俺は大きなスーツケースを引っ張って付いてゆく。


「平良、もうちょっと急げないの?」


 灼は(あせ)りを(あら)わにして振り向いた。()き立てられて、


「まだ集合時間には一時間以上もあるぞ。そんなに急ぐ必要があるのか」


 息も()()えに反発する俺に、分かっているのか、とばかりに大きな栗色の瞳を(すが)める。


「今回の旅行、あんたが幹事なのよ。今回減員がいないから良かったけど、出札証明が(もら)えるのは二時間前なんだから、その前にスタンバイするのが常識でしょ。しかも添乗指示書の作成に旅費の回収と振込、団券の手配まで……あたしに感謝するべきだわ」

「確かに。俺一人では絶対に無理だった」


 そう言って、ここ数日間の目まぐるしい出来事を思い出す。教務部に『団体旅行申込書』を取りに行って俺が書類を書いている間、校長から許可を()うための書類を会長が作成していた。本来ならば学年主任教師等の印鑑や何やらで一日仕事らしいのだが、数時間で仕上げてしまった。

 その後、灼が事前に駅の窓口へ架電(かでん)した上で、金額・必要書類の最終確認。切符を手に入れた時に見た時計は二十時を過ぎていた。

 そこからインターネットを使って参加者全員で(となり)町にある某有名会社のパン工場・短期バイトに応募、翌日の放課後から男女別々の部署でみっちり労働に(いそ)しんだ。

 最終日、複数の社員からバイトの続投を懇願(こんがん)されていた灼を尻目(しりめ)に新庄や有元、結衣さんが、灼とは一緒に働きたくない、とげんなりしていた。四字熟語に()くと『秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)』と一言。社員より出来()えに厳しかったとか。


「平良ァー!」


 呼ぶ声で我に返る。いつの間にか大手家電量販店と付随するエスカレーターの上で、灼が両掌(りょうてのひら)を細い腰に当てて俺を(にら)んでいる。急いで大きなスーツケースを乗せた。

 駅前デッキに上がると、ジーンズに使い(ふる)されたスニーカー、()えない普段着に黒のブルゾンを羽織(はお)った背の高い少年が駅舎入り口に立っていた。(かたわ)らには三脚(さんきゃく)とレベルボックスが置かれているので、きっと測量機の運搬担当になった『地質調査研究部』の一年生・諏訪野君だ。

 その少年から、連れであろうと認識される程度に離れた場所で、外見は二十歳(はたち)過ぎ、すっきりと鼻筋の通った薄化粧の女性が濃紺のパンツスーツにベージュ系のトレンチコートを着て座っていた。

 黒のパンプスが先端の両脚(りょうあし)を何度も()み直しながら、黒髪のポニーテールを手で押さえてスマートフォンを操作している姿は、まるで共に出張へ行く上司を待つ新入社員のようだ。


「遅くなって申し訳ありません、佐々原(ささはら)先生。それと諏訪野君も早いな」


 俺は二人の前で大きなスーツケースを引き寄せて挨拶をした。手ぶらな灼はペコリと軽い会釈(えしゃく)を返すと、


佐々原(ささはら)センセ。団体専用改札口は確認した?」

「えーと……ま、まだかな」


 佐々原(ささはら)先生が()()()()()()()()()()()()()()()(あわ)てて立ち上がった。その答えを聞いた灼は、ぶっきら棒に駅舎の奥へ視線を向ける。


「今回は団体専用改札口からホームに入るから、引率者として誘導ルートを確認して頂戴(ちょうだい)。あたしたちが乗る車両は乗客の少ない最後尾よ。駅員に『団体乗車券』を提示して乗車場所までのルートを確認したいと言えば中へ入れるわ。11名といってもそれなりの集団なので長い列にならない様に注意して。

 あと、減員はいないから『改札証明』は必要ないわ。改札を()ける時は覚えてる?」


 二十歳(はたち)前半女性の平均的な身長と、十五歳なのに見た目十二・三歳少女の平均以下の身長では全く目線が合わないはずなのに、その貫禄の比は圧倒的に灼が凌駕(りょうが)している。


「駅員に『団体乗車券』を見せて参加人数の変更なしの(むね)を伝えるのだったわね」


 先ほどのスマートフォン操作は添乗指示書を確認していたのだろう、すんなり答えた先生に灼が大きく(うなず)く。


「朝が早いので通勤時間帯じゃないけど、始発電車でもなければ特別列車でもない普通の快速電車よ。停車時間が短いので(すみ)やかに皆を乗車させて。車内では必ず人数確認を忘れない様に。あたしも手伝うから大丈夫よ」


 佐々原(ささはら)先生の緊張で強張(こわば)った表情が(わず)かに(ゆる)んだ。灼は先生との話は終わったとばかりに話題を諏訪野君に振る。


「諏訪野。製図用マイラー方眼紙持ってきた?」

「うん。こういった紙があるなんて知らなかったよ。流石は双月さんだね」


 肩に掛けたバッグを叩いて、にこやかに言った。嬉しさと自信を混ぜ込んで灼も笑う。


「それだと雨が降っても水を()わないから、問題なく調査が出来るわ。書いて消せるボールペンが便利だけど、摩擦熱でインキの色が無色になるのはダメよ。後は替え芯があるやつね」

「替え芯のやつは買ってないな」


 戸惑(とまど)う諏訪野君に灼は、やれやれ、と言った感じで肩を(すく)める。


「デッキ下のコンビニに売ってたわ。行くわよ」


 さっさと進み出した灼から諏訪野君は、ちらりと俺を(うかが)った。それが配慮なのか遠慮なのか、それとも助力なのか、俺は何ら感じることなく、行ってこい、と手を払う。諏訪野君は悄悄(すごすご)と灼の後を追って行った。


「双月さんって、あんなに明るくて活発な子だったのね」


 一気に緊張が(ほぐ)れた佐々原(ささはら)先生は、声に素直な感嘆(かんたん)()めて大きな嘆息を()いた。


「先生はあいつ……灼の担任でしたね。何か、どうもすいません」


 俺の謝罪に佐々原(ささはら)先生は複雑な苦笑を浮かべる。


「まあ……あたしのような新米教師は、こっちが(ため)されてるような気分にさせられるくらい緊張するけど、とても優秀な生徒よ」


 俺も(かわ)いた笑いと困惑顔で、灼と諏訪野君の後ろ姿が遠く小さくなってゆくのを(たたず)んで見守る。


「ははは……無理に()めなくても良いですよ。先生方の評価は大体『問題のない問題優良児』でしたから。さっき、あんなに明るくて活発な――と言ってましたが、先生から見た灼はどんな感じなんですか」


 俺のふとした疑問から即席(そくせき)保護者面談のようになってしまい、佐々原(ささはら)先生が、きょとんとした顔を見せたが、やがて、ふふふ、と笑った。


「とにかく冷静沈着(れいせいちんちゃく)()きるわね。間違(まちが)った部分があれば、先生であろうが容赦(ようしゃ)なく指摘する。しかも指摘が的確(てきかく)過ぎるから誰も反論できない。それが気に()わない先生方も確かにいらっしゃるわね。双月さんから皮膚をチクチク()すような圧迫感が放出されてるので同級生は誰も近づかないみたい。

 でも、関わることには徹底的に一生懸命だわ。双月さんは何でも真っ()ぐに見てる。だからこちらは見透(みす)かされそうで視線を合わせるのが(こわ)い。本当は近づきたいけど近づけない。

 大人(おとな)でも感じるんだもの、彼女と付き合うには年頃の高校生には難しいと思うわ」


 俺は驚き(あき)れる。


「あいつの事を、ここまではっきりと言う先生も初めてです」

「あ……え、えっと、ごめんなさい」


 (ほお)(まぶた)を真っ赤にして、佐々原(ささはら)先生が(ひか)え目な弱い声で(あやま)った。今まで正面から灼を評価してくれる大人(おとな)はいなかっただろう。小学の時も中学の時も、灼は()れ物のような(あつか)いだった。教育者としては未熟なのかもしれないが、偏見や先入観で決めつけない、先生の素直な気持ちに好感が持てた。


「気になさらないで下さい。でも、良かった。灼の担任は良い先生で」


 俺の満面の笑みに佐々原(ささはら)先生は苦笑で返す。


「何よそれ。谷君って、お父さんみたいね」


 返して、俺にぺこりとお辞儀した。


「今回はごめんなさい。引率といっても初めてだし、小田原駅で茂木(もぎ)教授にご挨拶するまでしか出来なくて」

「別にそれは大丈夫です。むしろ、こちらこそ助かりました。ありがとうございます」


 俺も(なら)ってお辞儀する。すると急に顔を上げた佐々原(ささはら)先生は、


「『地質調査研究部』も将来的に『歴史研究部』と合併するようだし、次回は地質調査の研修へ行こうよ。そうなると正式にきちんと引率できるわ。正直、理系だった私には歴史の事は良く分からないし……あ、でも誤解しないで。君たちの歴史研修旅行はとても素晴(すば)らしいと思ってるわ」


 嬉しさを(かく)さずに微笑(ほほえ)んだ。俺は単純でない表情で顔を上げ、再び地面に視線を落とす。


「柏駅のこの場所――横断歩道橋と橋上広場が併設されてる高架建築物の人工地盤――『ペデストリアンデッキ』というのですが、地下通路より低コストで作れる上に、地上に建設することで目立ちやすく街の顔になりやすいという点で1960年代のイギリスで発明されました。

 車社会に拍車が(かか)り、歩車分離という観点からも有効的な発想だったようです。

 しかも自然災害の多い日本では避難(ひなん)施設としても指定されてます。そして昭和四十四年、初めて日本で『ペデストリアンデッキ』が採用された場所が、今俺たちが立ってる東口の駅前デッキなのです」


 思いがけずに始まった俺の話に、佐々原(ささはら)先生は「へえェ」と感嘆の声を上げた。俺は、にんまりと大きく(うなず)く。


「その『へえェ』をたくさん積み重ねて、俺と灼は、過去から(つな)がる現在とその先に見える未来を(のぞ)いて行きたいんですよ」


 微量の異物を含めた笑みを浮かべて、佐々原(ささはら)先生が、

 

「なるほど、ね。それは、そうと……谷君」

「何でしょう?」


 言いながら、先生の指さす方向に視線を移すと、遠くからツインテールを逆立(さかだ)てて、何やら(さけ)んでいる灼の姿があった。


「ああいうタイプの女の子は『愛』が重たいわ。頑張ってね」 


 どんな表情を俺はしていたのだろう。先生は黙って肩を(すく)めた。

●諏訪野順一のうんちく


お初にお目にかかります。

歴史よりも測量に興味がある自分がここに来ても良いのでしょうか。。。。ちょっと不安ですが、歴史研修旅行メンバーということでご勘弁くださいませ。


次回こそ電車に乗って現地へ向かいます。双月さんが言うには少しだけ『歴』が入るかも、だそうです。

やっぱり、双月さんと会話すると緊張するなァ。。。。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 灼先生が引率してるのね ちんまいのに [一言] >「ああいうタイプの女の子は『愛』が重たいわ。頑張ってね」 いまさらでしょう この二人には 
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