第六十六話:発端
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「入るッスよ」
ガチャリと扉を開いて入ってきたのは、『女子モトクロス部』の交渉人オザキである。バイクに関しては卓越した技芸の持ち主だが、知能と言う一点で適材とは甚だ思えない。俺や灼と親しいという理由から――面倒事を押し付けられたらしいが、本人が自覚していないのは幸いだろう。
後から会長が、『女子テニス部』の新庄と『地質調査研究部』の有元花散里を伴って入ってきた。
「クックック。谷君の周りはいつも愉しそうね。お仲間に入れてもらえるのかしら」
会長・山科花桜梨は、大きな漆黒の瞳を細めて尋ねた。
「まあ、あたしは双月と頑張ろうって約束したし……。ついでに谷の生徒会手伝ってあげるわよ」
新庄めぐみは、不承不承ながら俺から目を逸らした。
「あたしは部が存続できれば何でも良いけど。一応、双月のお陰で会長の課題もクリアできたし……恩義もあるわけで、谷の方針に協力するわ。しっかし、谷ってホント『ラノベ・ハーレム男』なのね」
有元花散里は、興味津々な目つきで俺を揶揄する。
新たに数人の少女らを迎えて俄かな賑わいを見せた。皆が和気藹々と語らっている――しかし水面下でチクチクと俺に針を刺す彼女らを、灼は苦々しく思いつつ、
「これで、全員揃ったわね。ここにいるということは山科会長の『部室整理令』を継続することに同意し、数日後の信任投票で生徒会長となる……であろう平良に協力してくれる部と理解してよいのね」
堂々と屹立する灼の姿に、全ての視線が注がれる。少女は何ら障害に脅えず、渋難に怯まない、圧倒的な態度で栗色の大きな瞳を輝かせて、一人一人の顔を見回した。
「会長。ここで言うことある?」
灼は僅かな笑みの気配を残して訊く。
「まずはここに集まってくれた人に謝罪と感謝を。私の少しばかり意地悪だったかも知れない『課題』に正面から答えてくれてありがとう。これからは隠し事なしでお話しするわ」
「少しばかり?」
途端に新庄と有元が不条理な思いを曝け出す。
「意地悪だったかも知れない?」
灼の表情に反発の怒りが湧いていた。
その二人と会長の間に立った四字熟語が、情感に乏しい表情で、
「大義滅親。統制が取れないまま割拠してる部を整理し監督する必要性から、その方針で生徒会が分裂の危機に陥った。そこで公示したのが――」
「『部室整理令』ってわけか。俺が延久元年<1069>に出された荘園の停止命令にそっくりだと話したやつだな。まあ、この当時『荘園整理令』を頻繁に発符してる。歴史的観点から言っても反抗する荘官が後を絶たないし、将来、自衛武装させるきっかけになる」
俺が継いだ言葉に、四字熟語が大きく頷いた。
「魚爛土崩。高橋と藤川は部室棟に影響力のある運動系の部を庇護してる保守派。しかもその特権意識で、生徒会予算になった『歴史研究部』の興行利益132億2001万円を部費として優先的に取れると思い込んでいる。会長やわたしはその考えに同意しない」
「まあ……お金はまた稼げばいいとしても、非協力的な奴らが当たり前のように使うのは勘弁してほしいな」
部長が笑いの欠片も交えずに大真面目に答えた。それを受けて、鉄面皮の四字熟語が、急に言葉を探すような面持ちで視線を泳がせた。
迷い悩んで、それでも黙っていることへの恐怖から口を開く。
「そこで、わたしが提案したのが『許田射鹿』――」
四字熟語の断言に俺を含めた全員が驚愕し、会長が薄い笑みを浮かべた。言われて初めて、俺は思い出した。
以前、会長が四字熟語は生徒会業務に専念しているため、俺たち側ではないと言った。しかも控えめに言っても『歴史』に精通しているとは思えない高橋先輩や藤川先輩が何故『許田射鹿』という言葉を知っていたのか。会長ですら知らなかった故事成語だ。
驚き戸惑う中、俺は一つの疑問が湧いたことに気が付いた。
「会長が俺たちや他の部に出してた『課題』の内容は四字熟語が決めてたのか?」
「作成したのは会長。しかし会長には全ての部に対し『部室整理令』の優先条件として『課題』を与えることだけを説明した。『許田射鹿』の実行者はわたしと高橋と藤川。会長を責めるのは筋違い……提案したわたしに責任がある」
四字熟語はせめてもの謝辞を示そうと、深々と腰を折り曲げた。しかし灼は怪訝の色を顕にして、
「まずは聞かせて」
と、追及よりも答えを迫る。四字熟語は顔を向けず、言葉だけを放った。
「 咄咄怪事。予想外にハードルが高かった会長の『課題』に実績の高い部が反発。背信棄義の高橋と藤川が要求してきた優遇措置を拒否したことで生徒会は完全に分裂。我が校の『部』と『研究会』は更に無法地帯となってしまった。
これは全てわたしの知小謀大が招いたこと……許されることではない。でも一陽来復、谷と双月のお陰で皆が集まってくれた」
……なるほど。だから魚爛土崩――四字熟語は内部分裂まで想定してなかったのか。しかし高橋先輩と藤川先輩が、既に有力な体育会系の部に抱き込まれてる時点で、裏切りは確定だったはずだ。
神社の総領娘である四字熟語は、厳格な祖父から声に宿る言霊を徒に放出させないため、不必要な会話を禁じたと部長から聞いたことがある。考古学研修で南総へ行った時、四字熟語は『本来、おしゃべり好きだ』とも言っていた。
内に秘めた感情が大きすぎるから、鉄面皮も四字熟語も己を守る殻が必要だったのかもしれない。しかし無表情の仮面の下にある姿は、隠し事も騙し事も下手な、大真面目で普通の女の子なのだ。
やれやれ、と思い直して、俺は新庄めぐみと有元花散里に視線を移す。
謹直に話す四字熟語の言葉は、迂遠な話を突き付けられたと不審に思うだろう。
慣れない二人は要領を得ないことに我慢の限界が近かった。
会長が、簡単な内容で難解な物言いの端を引き継ぐ。
「私は四字熟語――五十嵐さんから『課題』の話を聞いた時、他に何かあるなって思ったわ。当時、私も秩序もなく乱立する部に対して制裁を加えて、反応を確かめようと考えていたので丁度良かった。でも五十嵐さんが考えてた『許田射鹿』の真意に気付いたのは……谷君。あなたからその意味を教えてもらったときよ」
水底のような瑠璃色が宿る大きな瞳を細めて、会長は笑う。
「五十嵐さんなりに苦悩した策なんだろうと思った。と同時に『許田射鹿』の欠点にも気が付いたわ」
俺は意外な真相に驚きつつ、しかし全部わかった今でも心の内で得体の知れぬ燻りが残った。それが何なのか追究することよりも言葉の先を選んだ。
「それはなんだ?」
隠しもしない尋問の声で俺は言った。会長は寂しさを加えて、また笑う。
「谷君。三国志の時代、朝廷内の不穏な動きを感じた曹操が、わざと献帝の弓を横取りして権力を誇示する。実は敵と味方を見分けるためだったという故事が『許田射鹿』だと教えてくれたわよね」
「ああ」
短く深く、ただ答える俺。会長はいつもと違う煌きを見せた。
「敵は判別出来た。でも味方が、ね――。味方が私たちにはいなかったのよ」
笑いはそのままだった。
●新庄めぐみのうんちく
あたしはテニス一直線のスポーツ馬鹿だから、『歴』も『めろ。』もわかんないけど、生徒会の存亡と言うか部活動自体の雲行きも怪しくなってきてるということは理解できたわ。
しかし四字熟語先輩?
谷や双月はよく会話が成り立つよね。あたしは無理。。。。
まあ、谷と双月の会話も時々浮世離れしてるかもって思う時はあるけど。
次回は再び『歴史検証』が入るみたいです。
あたし、付いて行けるかなァ。。。。