第五十四話:菅原家の『回収係』~検証⑮~
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洋式の豪奢な壁掛け時計がカチコチ、と時を刻む。やがて俺と灼は、どちらからともなく視線を外した。
……そろそろ、かな。
俺は時計を眺める。その挙措の意味を悟った灼は、押し止めようと早口で言った。
「あんた、将門が平真樹に加担した理由に『菅原家』が関わること、まだ説明してないわ」
「あ……、ああ。そうだったな」
俺は熱い紅茶が満たされたカップを静かに置いた。
「三男の菅原景行は、父親である道真が太宰府へ向かった延喜元年<901>に駿河権介として左遷される。嫡男の高視も同年土佐介として左遷されてるが、延喜六年<906>に赦されて帰京してるので、景行もその頃に帰京したと思う。そして下総守として下向する」
今日、何度目か分からない呆れの溜息を漏らし、
「やっぱり坂東なのね。さっきも言ったけど、下総は坂東への玄関だわ。そこに菅原家が絡んでくるわけね」
「ああ。お前の言う通り、関東への玄関で交通の要所である、その下総で延喜九年<909>に騒乱が勃発する」
あっさりと、さばさばしすぎる態度で、灼は笑って言う。
「朝廷……と、いうより藤原忠平と言うべきね。坂東の火消し係を下命したってことかしら?」
「いや、私見だが……多分『菅原家』が困ってる忠平に立候補したんだと思う。この時期、国司として下向するのは自殺行為だ。『菅原家』にとって恩赦の義理を果たさなければならないし、『回収係』として坂東に行かねばならない」
「まあね。それで菅原景行ってことなのね」
その笑顔で、少し不満そうに切り捨てて言う灼。解答は分かり切っているのに、何度も同じ課題が問われる、あからさまに不承不承な様子だが、抗弁する気はないらしい。
俺は淡白な口調で流す。
「菅原景行は軍略家だ。きっと『菅原家』でも白羽の矢が立ったのだと思う。実際、『日本紀略』によると下総守として公式な過書を朝廷に進上してる」
「えっと、過書って、所謂通行許可証だよね? これを朝廷に差し出したってことは、追捕使がいつ来ても大丈夫にしたってこと?」
俺は、灼が抱いた疑問をいったん置いて、言葉を進める。
「律令制下、国司を定めるのは太政官だ。しかし、郡司の任命権は式部省に委任されてる。つまり、『式部大輔』が全国の国人に対し、式部省の試験で合格した者を採用することになってる。つまり菅原家氏長者である『式部大輔』の影響力は絶大であり、疑わしい国人には擬郡司として詮議することが出来た」
俺は、カップを取り、紅茶を啜った。
「菅原景行は、朝廷に正式な通行許可証を提出すると同時に、自称する『掾』や『郡司』が乱発する過書を牽制し、下総国内で孤立させて各個撃破していったんだと思う」
しかし、灼は少しばかりの躊躇を経て、
「将門は『菅原道真』の神通力によって、戦に勝ち続けたとも言われてる。まさか……?」
俺は大きく頷く。
「そう。伝承では、将門の幼年期、良将は景行に兵書・史書・農耕・技能の家庭教師を依頼する。なかなか厳しかったらしく……国営放送の長編時代劇に厳格な家庭教師として出演してるし、とにかく将門と菅原家は浅からぬ縁があったということだ」
突然、灼がくすくす笑い出した。
「あんたって、小学生の頃から、暴れまくる将軍様的な時代劇とか大好きだったよね」
「そうだったかな?」
俺は声だけで笑い、幼少の頃も同時に思い出す。俺と灼……。何時でも何処でも二人でひとつだった。少し肩をすくめて、 掩蔽された旧悪を晒す。
「そういう灼。お前が小学五年の時、一人で古墳探しに行って、迷って窪地に落ちて……。探すの大変だったんだぞ」
灼が頬を赤らめ、唇を尖らせる。そこにあるものなのか、ないものなのかを見上げて言った。
「あ、あれは……。そう、もともと目星を付けてた窪地に自分から降りて登れなくなっただけだわッ」
灼は、そのままの姿勢で俺を見る。しかし、灼は大きな栗色の瞳を細めた。俺が隠しようもなく笑っていたからである。
俺は、再びカップを持ち上げ、紅茶を啜った。
「短期間で下総を制圧した景行は、一旦京に戻るが、常陸介に任じられて戻ってくると、真壁の羽鳥に『菅原神社』を建立する。やがて、延長七年<929>高望王の次男良兼と源護等によって、茨城県常総市に移築したという伝承がある」
俺は保証も正確もないので、ただ言うに留める。
「これは、あくまで私見だ。将門の在京中、父である良将が死ぬ、この時期の前後で源護は『菅原道真』の影響力を、自領地の筑波山西麓(常総市周辺)に移築した。『鉄』の採掘権取得が不利となると考えた真壁の平真樹は不満を唱える」
灼の眉が、僅かに強張りの動きを見せる。細い人差し指をそっと小さな朱唇の上に置いた。灼が思考に耽るときの癖だ。
「『菅原家の知識』の象徴である『神社』を私欲で動かしたと判断した将門は、平真樹に加担したというわけね」
「まあ、それだけだったということはないと思うがな。平真樹にも打算はあっただろう。一見、俺の私見は正当性を主張してたかのようだが、大義名分はどちらにあったかは分からない」
俺はカップを傾けようとしたが、空っぽになっていたことに気づいた。
「あ、紅茶を淹れるね」
「もう十分だ。ご飯で腹一杯なのに、これ以上は入らない」
耐熱ポットを持って立ち上がる灼は、悲しいほどに残念な表情を見せる。俺は苦笑で好意を断り、重い腰を上げた。
「もう遅いし、今度こそお暇するよ。美味いメシ、いつもサンキューな」
「……うん」
灼の力無い返事に、後ろ髪を引かれながら、俺は玄関に向かった。靴を履き、挨拶のため振り向こうとした時、俺の背中にポスンと小さな重みを感じた。
「平良ァ……」
立ち尽くす俺の背中に頭を埋め、灼は思わず唇を引き締める。
「あんた、『部室整理令』に関わってるといっても……会長や結衣先輩にお人好しすぎだわ」
灼は小さな声で俺を責めた。灼自身が平良を待っていること、期待していること、はっきりと痛いほど自覚している。そして自分の元へ来てくれることも。
……平良は、いつもあたしの傍にいてくれた。
俺は振り向き、灼の頭に手を置く。
「そんなことないさ。確かに、生徒会とか面倒事が増えてしまったが、お前が一緒にいるんだ。問題ないと思うぜ」
「……うん」
灼は声を押え、短く答えた。まるで壊れることを恐れるように。
緊急事態宣言が39県で約1カ月ぶりに解除されました。
39県でお住いの方々。大変お疲れさまでした。まだまだ予断を許さない状況ですが頑張ってください。
私も含め、宣言解除されてない都道府県にお住いの方々。もう少し一緒に頑張っていきましょう。




