第五十話:『通説』と『異説』
皆様、いつも拙作を読んで頂き、大変嬉しく思います。
とうとう全国で緊急事態宣言が出されました。
しかし、まずは5月6日までは頑張っていきましょうッ!
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これは俺の私見だが、歴史にも『作用反作用の法則』に近似した因果性があると思う。この国では例えば、672年の壬申の乱、1582年の本能寺の変……同種の史実は枚挙に遑がなく、端的に言うと『想像しがたい未知で新しい、不安で恐ろしい何か』が起きると、同じくらい『古来より連綿と続く伝統的で古式に則った、平穏で安堵できる何か』を求める、ということだ。
様々な当事者の思惑や利益が交錯して起きた事件に対し、後世の研究者たちの異なる視点によって諸説が生まれる。支持が多ければ『通説』となり、少数派、あるいは斬新であれば『異説』となる。
「別の場所ってどこだよ?」
……大勢は、二人にとって不名誉かもしれないが、痴情の誤解による喧嘩沙汰。こいつの話が『異説』となり得るか、単なる自己弁護で終わるのか。
富樫の言葉を無視して、俺は階段を上がり始めた。続く富樫は怪訝な表情で押し黙る。県立東葛山高校は一階が一年、二階が二年ときっちり区分けされており、一年はおろか二年も、三年生クラスがある三階に殆ど上がらない。用事と言えば、同階にある生徒会室くらいだろう。
実際、俺は灼と昼休みに生徒会へ行く約束をしていたのだ。急なスケジュール変更で別の場所を決めかねていたが、足の向くまま三階も通り過ぎて、そのまま上へ行く。
「まあ、ここら辺でいいだろう」
俺は、肩に力を入れて鉄扉を開け、四方何もないコンクリートの平面に出た。古い金網のフェンスに囲まれ、所々僅かな水溜りの跡で湿っている。
だが、景色は良い。僅かに残った空の翳りも薄らぎ、日差しによって輝きの色が変わりつつあった。県立東葛山高校は関東ローム層で出来た下総台地と手賀沼周辺の沖積層が重なる、やや小高い緩慢な斜面にある。周囲は住宅地で高層建築物は存在しないので、空は大きく遠くまで見渡せた。
「で、話って何だ?」
腰を下ろし、弁当を広げようとした時、ひん曲がりそうなほどの音を響かせて鉄扉が開く。
「探したわよッ、平良ァ!」
そう叫びながら、猛烈な怒りを湧き出す小柄な少女が立ち現れたのだった。
突然の出現……しかし、出てみれば必然の登場に諦観した俺は、灼と富樫という奇妙な取り合わせと共に弁当を食べた。食べ終わった灼はさり気なく、しかし激烈な一撃を富樫に繰り出した。
「そういえば富樫、あんた恩赦を受けたのにあの事件、まだ引き摺ってるの? 次期会長の平良に話したとこで無駄よ」
「えっ!? ……えっと、双月ちゃん?」
いきなり飛んで核心を突かれて、富樫はこれからの会話に全く意味をなさない、という彼女の言を理解した。そのことに動揺して、反駁を許さない小柄な少女に気圧されて、言葉を紡ぐことが出来ない。
もっとも灼の胸の内に、平良との時間を邪魔されたという憤慨もあったが。
俺は何となく富樫に視線を移す。座ったまま微動だにしない、泣きそうな友人の顔を見て大きく嘆息する。
……まあ、見捨てられないな。
「俺たちはまだ生徒会役員じゃないし、裁判官でもない。歴史に『異説』は付きものだろ? 話は聞いてやるさ」
「え、えーと……うん」
後悔が声となって萎れる灼。俺は小さな頭に軽く手を乗せると、落胆の色が喜色に変わる。
「富樫。飯塚先輩が俺たちを生徒会に売った『裏切者』と言ったが、根拠はあるのか?」
瞬間、手の中で灼の頭が挙動を示したが、大人しく鎮まる。富樫はどう答えていいのか分からないまま、俯き加減で言葉を細く切りながら吐き出した。
「あ、あの日……飯塚先輩が俺にこう言ったんだ。『俺は生徒会に言ったんだ。古代考古学研究部を廃部にしてくれ』ってな。思わず熱くなっちまった、俺は『今まで頑張ってきたのに、なんでここでッ!?』と、詰め寄った。そしたら……『歴史研究部の部長は自宅謹慎。四字熟語……五十嵐も手を引いた。文化祭決算定例会が終わると実質三年生は卒業だ。後は受験に全力を尽くすだけだが、俺はたかが部活の存続で内申書を悪くしたくない。大学の推薦に響くからな』なんて言いやがった」
「真っ当な意見だわ」
富樫の独白を灼が切る。富樫は苦笑で顔を歪め、哀訴を含めて告解する。
「俺だって、それくらいは理解できる。先輩にも悪かったと思ってる。でも……」
苦しみと悲しみと悔しさを混ぜて、涙として。コンクリートの上に、とめどなく落ちる。
「たかが……たかが、部室の存続って言いやがったッ! 確かに取るに足らない出来事なのかも知れない……だが、俺にとって……お前たちとの『文化祭』や『考古研修』だって……『ツーリング愛好会』だってッ……」
富樫が不意に、ぐっと、顎を上げる。
「二度と来ない大切な時間だったんだッ!」
……こいつがこんなに熱血だったなんて、な。
ただ聞く俺の傍で、狼狽する灼が「わ、わかったから、泣かないでッ」と、慌ててポケットティッシュを出していた。
……しかし。
「富樫、確かに飯塚先輩は自身で『廃部にしてくれ』と言ったんだな?」
俺は敢えて山科会長の名前は出さなかった。そもそも『部室整理令』と富樫たちが起こした事件は別件だからだ。しかし事件の発端は、やはり『部室整理令』なので切って考えることが出来ない。全く面倒なことをしてくれたものだ。
……やっと『部室整理令』から解放されたと思ってたんだけど、な。
「ああ、間違いない……と思う。俺も興奮してたから、一字一句その通りとは言えないが、概ね、そのような意味だった」
富樫は灼からもらったティッシュで目じりを拭きながら断言した。そんな富樫を灼は、疑問と怪訝、あるいは咎めている目つきで見ている。
「おまえ、山科会長から『歌』を貰っただろう? これについてはどう思った?」
微妙に剣呑な雰囲気の中、冷静に計算して、俺はもう一つの真相について詰問した。瞬間、意味不明な表情を作る富樫に、灼は不愉快を露わにした。
「あんたが貰った『玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする』よッ」
「……俺は山科会長からは何も貰ってない。それが何だってんだ?」
富樫がキョトンとした顔をする。俺と灼は、全てが考慮の外側にある事柄だった、ということを理解して暫し固まる。が、それも瞬時であり、同時に弾け、しかし同時に異なる言葉を発した。
「お前、山科会長のこと好きだったんじゃないのかッ!?」
「だって、会長が歌を見たあんたのことを『ピンク脳』とか言ってたわよッ!?」
思考に耽け、やや斜め上を見ていた富樫が「ああ……」と大きく頷く。
「俺、いちおう『百人一首部』に入ってるからな。部活動で短歌とか作るわけよ。それで部長……山科会長に添削してもらって……そういえば、その時に『歌』を貰ったかな? しかし安心しろ。あんなドSな妖狐、頼まれても告白しないぜ」
明朗に笑う現金な富樫を見て、頬を引きつらせる灼。俺は素っ気なく立ち上がり、
「お前から直に話が聞けて良かった。サンキューな。それと……」
乾燥した笑みを零して、
「富樫、お前の恩赦、取り消すよう会長に伝えとくよ。当分、学校に来るな」
「ちょ、ちょっと、それどういう……」
呆然とした富樫を屋上に取り残し、足早に出て行く。灼も後ろから追ってきて、鉄扉が「お、おーいッ」と叫ぶ声とともに閉まる音を背中で聞いた。
俺と灼は、そのまま飯塚先輩のクラスへ直行する。しかし、訝る先輩女子は身も蓋もなく、簡潔に答えた。
「飯塚なら、まだ学校に来てないわよ」
俺は傍らの灼と顔を見合わせ、本日、何度目かの嘆息を漏らした。
今回も『歴』と『めろ。』がなくて申し訳ありません。
次回は両方ともに復活いたします。。。。
ぜひともお待ちくださいませ。。。。