第四十八話:『不良』は最初から『不良』ではない~検証⑪~
いつも拙作を読んで頂き、大変嬉しく思います。
ここ二・三日で、急に暖かくなったかと思うと、近所の公園で桜が咲き始めました。
春が来たなぁと感慨もひとしおです。
このままコロナウイルスも終息に向かえば良いですね。。。。
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寿司を全部平らげ、その至福を目と舌で堪能した俺と灼は、余韻に浸りながらお茶を啜った。
「将門の乱や維良の乱、忠常の乱みたいな大規模な反乱を含め、小さな争いが絶えない国人が『菅原家』の赴任中は大人しくしてたということね。でも平家だって元は皇族でしょ? そんなにやんちゃばかりしてていいの?」
何気なく言った灼に、俺は肩をすくめて、
「うーん、手厳しいな。平家のやんちゃを語る前に、『坂東』……つまり関東地方が『東』と呼ばれ、今の東海・甲信越まで一緒くたにされてた頃まで遡るべきだろうな」
と、顎を撫でて言った。灼は思索に耽る。
「律令制下の時代まで遡るってわけね。確かに畿内への調庸の運搬方法として馬が通説だわ。まあ、同じくらい舟運も盛んだったというのは、あたしの意見だけど、陸路が一般的ね。そして当然のように荷駄を襲う盗賊がいる。つまり平家が下る以前から関東は大荒れだった?」
俺は明るく大きく頷く。
「うん。おまえの言う通り、畿内への調庸の運搬を担ったのは郡司や裕福な土豪たちだが、実際に荷の運搬と安全を請け負う『僦馬』と呼ばれる集団があった。この僦馬については諸説あるけど、律令によって定められた徴兵によるものだったと思う。兵士は『軍団』に編成され、京の衛士府や衛門府に配属されるが、特に東国から徴兵された男子は『防人』として九州へ送られ、あるいは『鎮兵』として東北地方の鎮守府に配属された。それとは別に、評単位で編成された地方部隊もいた。この地方部隊の一部が『僦馬』だったと思う」
お茶を啜り、ひと呼吸分の間を置いて、俺は続けた。
「しかし、兵役と過酷な税の取り立てで疲弊した民衆は次々と逃散し、班給した口分田も維持できなくなる。その過程で軍団制も事実上機能しなくなり、正規軍である『国造軍』がなくなると、ますます治安の悪化を辿ることになった。
祖・庸・調の取り立てに反抗し、逃散した民衆による盗賊の横行。僦馬は、これらに対抗するため武装するが、やがて僦馬自身も他の僦馬などを襲い、互いに荷や馬を強奪するようになる」
灼が苦悩に満ちた面持ちで、深く嘆息を吐く。
「完全に無法地帯だわ。そんな中、新人高望王は上総に下向したわけね。道真が国司としての経営は勿論、『武士』としての嗜みをレクチャーしたのも分かる気がするわ」
「高望王とその息子たち、長男国香・次男良兼・三男良将がまず始めたことは、僦馬や盗賊の横行を鎮圧することだ。
この頃になると完全に律令制度は崩れ、口分田による人民一人ひとりの収取体制から、荘園の前身とも言える『名田』が租税収取の中心となる。そして国司の代わりに納税を請け負う郡司や富裕土豪たちを『田堵』と言うが、やがて高望王とその息子たちも直接『名田』を支配することで力を付けることとなる」
灼が、自分の湯飲みと俺の湯飲みを覗き、なんということもなく立ち上がった。
「お茶、飲むでしょ。お湯を沸かすね」
僅かに張り詰めていた場の空気が、灼の一言で融けていく。ふと壁掛け時計を見れば、就寝しても良い時間だ。しかも、両親が帰ってくる気配すらない。
「灼、おまえの両親はもう帰ってきたのか?」
ポットを火にかけた灼は、俺の言葉でポケットからスマホを取り出す。画面に視線を落とした灼は「げッ」と短く放つ。そして気が抜けたような声で、
「うちのパパとママ、あんたの両親と二次会だって。ホテルの部屋までとって、ラウンジで飲み明かすみたいよ」
と、画面を突き出した。曰く言い難い事実の発覚で、俺は苦虫を噛み潰したような顔になる。そこに丁度俺のスマホにもメッセージが届いた。内容は灼のそれとほぼ同じだが、父親から『灼ちゃんを一人にさせるのは危険だから、ウチに泊まらせるように』と追伸があった。
「……不良中年どもめ。しかも警察官のオヤジが風紀を乱してどうするんだよ? まあ、空き部屋はおまえの部屋みたいなもんだからな。明日も学校で早いし、泊まっていけよ」
俺は洗面台へ行こうと立ち上がる。ピー、とお湯が沸いたことを報せるポットを持ち上げようとした、そのとき。軽く言い置いた俺の言葉に、灼の身体が一瞬跳ねて硬直した。
「熱ッ!」
「大丈夫か? 火傷したか?」
灼はポットに触れた指先を舐めて、「ヘーキヘーキ」と苦笑する。俺は、急に不自然になった灼の態度に不安を残しつつ、
「俺、風呂入れてくるから休んでろよ」
と、呑気にリビングの戸を開いた。背後の灼は湯沸かしポットを持ったまま、反対の手でドキドキが鳴り止まない胸を押さえる。真っ赤な頬に熱い耳……自身が沸騰していることに気づいて、涙目の顔を俯けた。
灼は気恥ずかしさと共に些か立腹していた。その矛先は自分に対してなのか、平良に対してなのか、それとも両方に対してなのか……とにかく不機嫌な灼は、脱衣所に入ると、ポンポンと子供のように衣服を脱ぎ捨て、ツインテールの紐を解く。広がる栗色の髪を後ろで緩やかに纏めた。
……今晩はあたしと平良、二人だけなのよッ! どうして無神経でいられるのかしらッ。
やや乱暴に浴室の扉を開けて中に入る。蛇口を捻り、お湯が出てくるまでしばらく待った。
今まで何度も平良のウチに泊まったことはある。でも、しかし……その時はお義母さんがいて、お義父さんもいた。二人だけの夜は初めてなのだ。
……それをよくもまあ、呑気にッ!
さらに灼は熱くなる。洗面器から溢れるお湯にタオルを浸し、ボディーソープをたっぷりと落として、腹立ち紛れに小柄な体躯を乱暴に擦り始める。ふと鏡に映った自分を見た。起伏がなだらかな未熟で細い体型をどうしても意識する。特に結衣先輩という障害が現れて、ふくよかな部分と全体の構成比が、均整と調和がとれた体型に対し、劣等感を抱くようになった。それに気付かされた時、平良が世の男性が好むように、大きく成長した結衣先輩の局部に目を奪われていることを知った。
……やっぱり、あたしの身体には興味がないのかな?
そう思うと、息が詰まるほど重く胸が苦しくなる。身体を擦ることに飽きた灼は、お湯で泡を流してバスタブに入った。顎までお湯に浸かって膝を抱く。ブクブクと泡立つ透明な水面を眺め、陰鬱な気分に浸る。
無神経に言い放つ平良の言葉に舞い上がって、勝手に期待して、身も心も委ねようとして、そんなことを考えてしまう自分が恥ずかしくて、こんな貧弱な身体の自分が許せなくて……。
灼は顔を上げ、足を伸ばして、湯気に透かして天井を眺める。いったい何に対して怒っていたのだろう。
……あたしだってッ!
突如、頭を振り、強く瞼を閉じたまま、パシャパシャと頬をお湯で叩いた。これからの成長次第で、その差を埋めることはできる。今までだって、平良の横に立っていたいから色々と努力してきた。あたしは頑張る子、できる子なのだ。
灼は勢い良く立ち上がり、浴室から出た。柔らかなバスタオルで丁寧に雫を拭き取り、下着を手に取る。あたしのセカンドルームと化している空き部屋にお義母さんが用意してあるもの。その全てが可愛らしいフリルが施されていて、あるいは煽情的で。
灼は逆上せたわけでもないのに、桜色に染まった頬のまま、その場に蹲った。
●灼からの一言
やっと、というか。。。。終盤戦にあたる『平氏』の検証に突入することができました。
しかし、相変わらず『歴』と『めろ。』がアンバランスで申し訳ありません。。。。
これからも拙作を楽しんで頂けたら嬉しいです。。。。