第四十四話:秘めたる『恋』
いつも拙作を読んで頂き、大変ありがとうございます。
『黒田官兵衛』以来、ずっとご無沙汰でした大河ドラマを今期から見始めました。。。
『麒麟がくる』面白いと思います。。。。
※※ 44 ※※
昼過ぎて、なお寒風止まぬ氷雨の候。
空気は冷たく曇天をさらに重くする。ゆえに校内は、放課後になっても、気乗り薄い生徒で溢れていた。
俺は、その中でも特に多い部室棟へと向かい、
「早いな」
言って、部室に入った俺を、灼が笑って迎える。
「あ、平良。ここも久しぶりな気分よね」
先に着いていた灼は、万能箒を抱いて屋内を見回した。たった数日間だが、不在にしていた俺たち『歴史研究部』の部室。誰も立ち寄らなかったので掃除をしていたのだろう。ただ、それとは別に、これから来客があるのだ。
箒で塵やほこりを追い、集める灼の前に、俺は塵取を置いて座る。
「平良」
「うん?」
訝しげに、短く返事を返す俺。その間にも灼は、集めたゴミを掻き入れていく。
「……今日で、あたしたちの『部室整理令』は終わるのよね?」
盛られたゴミを捨てて、俺は言う。
「ああ、俺たちが抗い続けた『部室整理令』は終わる。今朝、会長から許可を取った。由衣さんとオザキも来る」
「うん……」
今度は、嘆息交じりに答える灼。
今まで見落としていたものを気付かされた。得るものもあったが、同じくらい傷付いた。 恒常的な世界を信じていたのに、変化は必ず来ると思い知らされた。
「まあ、俺たちの『歴史研究部』は守れたわけだが……その、悪い……おまえまで生徒会に巻き込んで。今まで色々と嫌な思いをさせてしまって」
灼は、自分の悲しみや苛立ちを察してくれたこと、そんな自分を気遣ってくれることに、胸が、頬が熱くなるのを感じた。
「そ……そそそ、そんなことないわッ。当然のことをしただけよ!」
突然、灼は無茶苦茶に万能箒を動かして、ゴミを掻き集め始める。その様子を俺は可笑しく思い、微笑んだ。
「お邪魔しやすぇ」
「お邪魔しますッス」
戸が開き、二人の女子が入ってきて、俄かな騒がしさに包まれる。
「アッキーに平良君、お久しぶりっス。お菓子持ってきたっス」
「あらあら、オザキちゃん。これから山科さんも来はるんやろ? マズいんちゃう?」
「げッ」
「何が『げッ』なのかしら?」
会議用の長机に広げた、様々なお菓子を慌てて隠す尾崎を、戸口に立ってジト目で見つめる会長。
「まあ、いいわ。私もお茶を持ってきたし。お茶請けは欲しいわね」
会長は、油性マジックで『生徒会』と書かれた電気ポットと、ティーバッグを置く。それが合図かのように、全員が椅子に座った。
お茶とお菓子が全員に配り終わったところで、会長が徐に口を開く。
「今日集まってもらったのは、特に貴方たちに伝える要件があるからだわ。まず最初に会長として、次年度三年の谷君を生徒会長に推薦する。補佐として双月さんと尾崎さん」
「ちょっと、待ってくれッ。灼は理解る。しかし、何故オザキ?」
会長は諦めに似た溜息を吐いた。
「そう……谷君は『政治』には無頓着だったわね。前にも言ったけれど、生徒会の役員はクラス委員・各委員会・各部から人選して生徒会が推薦する。逆に言えば、生徒会に推薦されるということは、その組織は予算配分や部室の使用等、色々な優先権を得る可能性がある。そして『歴史研究部』と密着な関係にあり且つ実績のある『女子モトクロス部』に私が持ち掛けた。どう?」
会長の挑戦的な瞳を受け止めて、俺は頭を掻いた。
「なるほど、それでオザキかァ。それだったらお猿さんの方がもっと有能だぞ?」
「ウッキィッー! 平良君、酷すぎるッス」
ポカポカと、無邪気な拳の応酬を受け、俺は僅かに怯む。会長が意地悪な表情を見せた。
「クックックッ。部長の三郷さんから是非にって言われたわ。『バイク馬鹿』で、めっきり学業はダメだから、せめて生徒会で内申書の底上げをさせてくれって」
「部長も酷いっス……わたし、お猿さんよりはマシだもんッ」
恨み言を零す尾崎に、灼が呆れ顔で「比較対象は、やっぱりお猿さんなのね」と茶化した。
薄く笑みを浮かべる会長は、すぐに顔を引き締め、結衣さんに視線を向ける。
「……例のものは持ってきた?」
「一応、持ってきてんけど、ホンマかまへんの?」
結衣さんは、躊躇と戸惑いを隠さず、数冊の書類を会長に渡す。それを、そのまま俺に手渡した。
「それは『古代考古学研究部』の部員名簿と収支計算書よ。今後『古代考古学研究部』は『歴史研究部』と併合し、『古代考古学研究部』は廃部になるわ。高階さん、ごめんなさい……」
「ウチこそ、部を守り切れへんで……堪忍どす。山科さんが発掘研修とか、あないに骨を折ってくれはったのに」
二人の遣り取りを、俺と灼が怪訝がっていると、結衣さんが困った笑顔を向けてくる。
「山科さんとは一年の時から一緒、『古代考古学研究部』やったんや。生徒会長になってから『百人一首部』の部長も兼任するようになったんと、後輩が入らへんかったんでウチと飯塚二人になってもうたんやけど、な。でも昔は活気があったんやで」
結衣さんが俺の後ろに回って、肩越しに部員名簿を捲る。途中のページに挟まれた写真が一枚出てきた。
「ウチと山科さんが一年の時、発掘調査に行った時の写真や。初々しいやろ?」
俺の背中と結衣さんの豊かな胸が重なるように乗り出してきた。長い黒髪が、サラサラと涼やかに流れ、春の日差しのような柔らかさを感じる仄かな甘み。今日も 藤袴が香しい。
さり気なく聞香する俺に、気付いた結衣さんは恍惚として頬に手を当てる。
「やっぱり、平良君はイケズやわァ。たいがい『夏の薫物』言われよるけど、ウチはこれが好きやねんッ」
結衣さんが強く俺の腕を抱き締めた。すかさず灼が結衣さんの後頭部に手刀を入れる。「に、にゃあッ!?」と怯んだ隙に「引っ付き過ぎよッ」と引き剥がす。
俺は小さな喧騒の中、写真を見た。場所は不明だが、水糸を張った遺構で撮った集合写真だった。対面から会長が覗き込む。
「懐かしいわね。一年の私、確かに初々しいわ」
画面の中心で腕を組み、明朗と破顔している男性をそっと撫でる。少し若めの茂木雅孝先生だ。隣には先生の袖を持ち、無垢な瞳で見上げている山科会長。そして考古研修でお世話になった並木さんと市川さん、黒髪を肩まで切り揃えた結衣さんが笑っていた。
「並木さんと市川さん、ここの卒業生だったんだ。あと茂木センセ……」
「えッ!? 茂木センセッ」
俺の言葉に反応して、脇から首を突っ込む灼。会長も過去を慈しむ表情をして、満更でもないようだ。が、すぐに至福な時間を切り捨て、大きな瞳を眇める。
「定例会までは私が『歴史研究部』と同調しそうな部や委員会を渉外して回るわ。後は私と谷君で『部室整理令』で立ち退く部を監督する。双月さんは各部と委員会の前年度と今年度の支出と来年度予算申請を比較表にして頂戴。尾崎さんは双月さんの手伝いね。他の役員は後程ということで、今は貴方たちにお願いするわ」
「ちょっと待って。あたしたちと同調する部や委員会ってどういう意味?」
立ち上がる会長を、灼が呼び止めた。
「クックックッ。藤川や高橋も、谷君に対抗する推薦者を推してくるでしょう。定例会の信任投票では、味方は多い方がいいわ」
いまいち釈然としない灼の顔を見て、一同を見渡す会長。そして質問がないと判断すると、踵を返して退室していった。
●挨拶(?)
並木「皆様、大変ご無沙汰いたしております」
市川「南総の発掘研修以来ですね。お元気でしたでしょうか?」
並木「山科が始めた『部室整理令』……まとめに入ってきましたが、次章では我々も出たいですよね」
市川「そうそう。考古、またやりたいですね」
並木「しかし、山科といえば……」
市川「コホン。まあ、とにかく今後もよろしくお願いいたします」