第四十二話:生徒会の暗部
皆様、ご無沙汰しております。
とある日、『劇場版ハイスクールフリート』を観て来ました。
四隻による46センチ三連装砲の斉射音が腰まで響き、圧巻でした。。。。
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ようやく追い付いて隣に並びかけた時。
灼が引き戸のガラスを砕きかねない勢いで開け、その衝撃が鼓膜を貫く。たった今まで静謐だった生徒会室には、幸いにも会長しかいなかった。
まさに嵐の如く駆け込んだ灼を、会長は平常通りの表情で見つめる。
「双月さんを呼んだ覚えはないわ」
「勝手に来ただけよッ! あたしも呼ばれた覚えはないしッ」
噛みつかんばかりの剣幕で、ズンズン進み、執務机に拳を置く。
「生徒会に手を貸そうって言ってんのよッ! 早く未決済書類を渡しなさいッ!」
会長が小首を傾げ、灼と俺を見比べる。その視線、僅かな挙措で、俺は助け舟に気付き補足した。
「……今朝のヘルプの件を話した」
俺の発言で、意味もなく灼がふんぞり返る。
「ふ、ふんッ。よくも平良を騙してタダ働きさせてくれたわね? 『歴史研究部』は損害賠償請求として、『部室整理令』の優遇を主張するわ。と、言ってもそれだけでは弱いから、あたしも生徒会を手伝ってあげる。平良には甘い言葉が通じたかも知れないけど、あたしには無理だわ。これは純粋な取引よッ!」
灼の長い主張に、会長は同じくらい長く嘆息した。さっさと不適当な部分を指摘する。
「言葉の齟齬があったのは認めるけど、私は『善処する』と言ったわ。現時点で詐欺に問われる謂れもないし、ましてや谷君の手伝いについては事前に合意も取ってる。不法行為に基づく損害賠償は発生し得ない……でも、まあいいわ。双月さんが『歴史研究部』の代表として交渉するというのなら、生徒会としても異存はない。前向きに検討しましょう」
この時点で、俺は当事者にも関わらず、完全に蚊帳の外だった。灼は、強烈な意思を大きな栗色の瞳に宿らせ、抜身の刃のように見据える。
「つまり、交渉成立ということね」
不敵に笑う灼を、会長は軽く往なした。
「私は前向きに検討すると言ったのよ?」
「は、はァーん……ということは、あんたはつまり、平良との交渉を『善処する』前にコキ使ったということになるわ。これって不法行為にはならないのかしら?」
ズイッと双眸を光らせ詰め寄る灼。対して会長は全く怯まない。
そして俺は実感した。女子を怒らせると、途轍もなく怖ろしいのだ、と。
やがて、会長が肩を竦めて立ち上がった。
「双月さん、あなたには負けたわ。交渉成立……優遇措置は約束する」
と、半ば諦めた表情で苦笑しつつ、
「ただし、二人には生徒会の役員候補として働いてもらうわ」
「役員候補……って何だ?」
怪訝な顔をする俺と、僅かに口元を緊張させる灼。会長が意地悪く笑い、補足する。
「私が二人を次期生徒会役員に推薦するってことよ」
「あたしが知る限りでは、文化祭後に行われる通常定例会で、各委員会やクラス委員、実績のある部からこれはと思う人を生徒会が推薦するって話だけど?」
「そうなのか?」
俺の質問に、灼は隠さず不満を漏らす。
「あんたって、興味がないことに関して、とことん無知ね」
「オヤジが公務員だからな。政治には関与しないんだ」
的外れな抗弁に呆れ顔の灼。会長は未決済書類を長机に並べながら、話の間を取る。
「興行利益132億2001万円……正直、一学校の校長は元より県の教育委員会でも、この案件を持て余してるのが現状よ。学生の本分を逸脱してるという学校意見と、地域に絶大な貢献を果たしたと賛辞を贈る地元企業と政治家たち。しかも贈賄容疑のある『歴史研究部』の部長が、完璧な貸借対照表と損益計算書を提出して、自主停学したもんだから余計に稚児しくなってる。これに生徒会は中立な立場を取ってた」
俺と灼が同時に愁眉を見せたので、「クックックッ」と声を上げる。
「生徒会長である私が、貴方たち二人を生徒会役員に推薦する意味が分かるわよね?」
「生徒会に『歴史研究部』の部員を推薦することで、実績ある部と認め、『部室整理令』から優遇措置を取る。さらに生徒会が『歴史研究部』の擁護に回るので、部長の嫌疑も晴れ、自主停学の必要も無くなるってわけか」
……そして、俺たちを利用して分裂しかけてる生徒会を立て直し、且つ自分の息の掛かった後輩を後継者に仕立て上げる。恐ろしい策を思いつくもんだ。……でも、そう思い通りになるかな?
俺は唸り、会長を見据えた。灼は人差し指を小さな唇に当てている。こいつが思考を巡らす時の癖だ。
「あんた」
幼い顔立ちに静かな気迫を宿し、会長を睨む。
「もし、あたしたちを手駒にしようってなら無駄よ」
「クックックッ。そんなつもり毛頭ないわ。いずれにしろ、定例会までに誰を推薦するか決めなければならない。私にとって同じことだわ」
執務机に向かい、座り直した会長はメガネを掛け、ノートパソコンのキーボードを弾き始めた。俺と灼も無言で倣い、未決済書類の前に座った。
再び、静寂な空間へと戻った生徒会室に、プリントを捲る音とキーボードを叩く軽やかなプラスチック音のみが響く。
時々、灼が立ち上がる椅子の音と、会長が給湯器で湯を沸かす音が混じるが、それが小一時間ほど続いた。
遠慮がちに戸が開き、二人の男子生徒が入ってきた。見知った顔ではないので、恐らく上級生だろう。二人の先輩は胡乱な目で俺を見て、隣の灼が視界に入ると露骨に驚愕してみせた。
「何でここに一年の双月が?」
包み隠せない小声の上級生たちが、憧憬を込めた視線を灼に送っていた。当の灼は、人が入室してきたことすら気付かないくらい、大量の領収書を食い入るように見ていた。
「藤川」
「な、何かな?」
会長の澄んだ声に呼ばれて、上級生は恐恐と進み出た。その窺うような視線と質問に、鋭い瞳と冷たい表情で返す。
「貴方の総勘定元帳、13億4312万3002円合わないわ。転記ミスの可能性があるから確認して頂戴。定例会まで日がないわ。明日までに原因を追究すること、いいわね」
藤川の顔が無残に歪んだ。
「い、いや、これで三度目だぜ。転記ミスじゃなくて、仕訳ミスの可能性だってある」
「高橋。仕訳したのは貴方だったわね。明日まで報告して頂戴」
冷淡に容赦なく告げられた、もう一人の上級生、高橋は恨めしそうに藤川を見るが、それに勝る敵意で会長に向き直る。
「僕も何回も見直したッ! そもそもクレイジーな『歴史研究部』が途方もない収益を計上したばっかりに、余計な仕事増やしやがってッ」
吐き捨てるように罵る高橋を一瞬、灼は見上げるが、すぐに興味を失って仕事を再開する。俺も彼の言動に怒りを覚えたが、無視を決め込んだ。
「数字の大小関係なく、単なる足し算と引き算よ。貴方たちが文化祭決算報告書を作成できないというのなら、二年の雑務を手伝ってもらうわ」
会長の言はどこまでも冷ややかだ。二人の先輩は、俺を憤怒の形相で一瞥した後、激しく戸を開け去っていった。
その駆け去る足音が遠く消え行くのを聞きながら、俺は本日、二度目の出来事に嘆息した。
やはり、会長は平然と業務にあたっていた。
今回は全く『歴』も『めろ。』もなく申し訳ございません。
次回は復活いたしますので、どうぞお待ちくださいませ。。。。