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歴めろ。  作者: 武田 信頼
第二章:学校動乱編
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第二十五話:星に願いを

大変ご無沙汰いたしまして

申し訳ありません。


次回のネタを模索中です。


早く皆さまにお届けできるよう

粉骨砕身いたします。





             ※※ 25 ※※





「わァ~。身がツヤツヤ」


 満面の笑みを零しつつ、頬張る尾崎。俺から見て右隣が灼、左隣が尾崎だ。だから進捗具合というか、食のスピードというか、皿の上の状況が筒抜けなのである。

 色取り取りのお造りは、早くも尾崎のお腹に収まったようだ。銀色の炊立て飯をほふほふと口に運び、金目鯛の煮付けに箸をつける。


 「身がプリプリしているのに、箸を入れるだけで綺麗に切れる……。しかも味が骨まで沁みてて美味しいッ!!」


 お前は食レポでも目指すのか?


 「何言ってんスか、平良君。美味しいものは身体で表現しなきゃッス」


 俺はなかば呆れて、今度は灼の膳を見た。白身や貝類はすでに平らげ赤身のみ残されていた。好物は最後に食べるつもりだろう。ただし、煮魚には箸がついていない。


 「……な、何よォ」

 「別に。ほら、いつもみたくしてやるよ。それまで、これでも喰ってろ」


 俺は自分の皿から赤身の刺身を灼の皿に移し、煮魚の皿を持って行く。背びれに箸で切れ目を入れ、食べやすいように身をほぐしてやるのだ。

 骨と身に分けた皿を灼の膳に戻す。一部始終を見ていた結衣先輩は緩んだ顔を見せた。


 「恋人同士というより、兄妹って感じでしゃろか? ウチにも突け入る余地はありそうやな。ウッシシ……」

 「魔女のように笑うザンネン女子は、馬に蹴り回されて滅びるべきだろうな」

 「にッ、にゃァ!?」

 

 結衣先輩の隣で、もくもくと箸を動かす飯塚先輩の冷静な一言が、結衣先輩を狼狽させる。


 「それは、そうとセンセが言ってた『答え』って何だろう?」


 富樫の不意な質問に、俺や灼、結衣先輩に飯塚先輩、部長と四字熟語が一斉に箸を止めた。尾崎だけが食の世界に浸りきって我関せずだ。

 数秒間の沈黙の後、灼が大きく嘆息する。


 「……まあ、富樫の脳みそはオザキ並みだし。理解できないのは無理からぬことね」

 「む、むむぅッ! 富樫先輩と同レベルだなんて、お猿さんって言われたみたいで嫌ッス」


 尾崎が、米櫃からご飯をよそいつつ、苦言を吐く。


 安心しろ。お猿さんの方がお前より知能は上だ。


 「俺はオザキちゃんと一緒と言われて嬉しいけどなァ」


 何も考えていないフニャフニャな笑みで、照れながら頭を掻く富樫。お前は単細胞生物以下で決定だな。

 俺は酸味の強い酢の物を食べながら、思い巡らしている間に、灼は自分の膳の上を整理し始める。空いた皿の置き場所を一瞬、悩んでいたが、いい場所を見つけた言わんばかりに俺の膳に置いた。驚き、抗議する前に灼は『答え』ついて話を続けた。


 「縄文時代は当たり前だけど、現代のような調味料もないし、調理方法も多岐に及んでないわ。しかし、海鮮含め、ドングリや木の実等の食材は豊富にあったと思う。それは、それこそ『貝塚』が証明してることだから。例えば、この千葉の郷土料理……」

 

 灼はなめろうを手前に出す。それを見た富樫は嬉しそうに、


 「このタタキ、美味かったなァ。特に味噌とネギが絶妙でェ!」

 「へえ、味覚は人並みなのね」


 灼は鼻を鳴らして笑みを零す。


 「これは、『なめろう』といって薬味と旬の野菜が入った味噌たたきよ。古くは縄文時代前期には生魚や獣の生肉を叩いて薬味等を混ぜ、食べ易くしたという説と同時に、寄生虫を叩いて殺して食してたという説もあるの」

 

 灼の言葉に、さんが焼きを口に運びながら、尾崎が乗ってくる。


 「火を通せば、たいがいオッケーじゃないんスか?」

 「愚問ね」

 

 即否定する灼の後をフォローするように、俺は五徳の中の固形燃料が小さくなっていく様を眺めながら補足する。


 「現在の造船技術ならいざ知らず、古代の船は丸太をくり抜いた簡素な造りだ。間違っても船内で火は焚けないだろう。『なめろう』は当然、それ以前の漁も船上で鮮魚を食してた。となると、釣った魚はその場で叩いて喰うのが一番だろうな」


 俺も温かいご飯の上に、なめろうを乗せて頬張る。

 うん、最高だ。


 「『さんが』は余った『なめろう』を持ち帰り、火を入れて食べたのが始まりと言われてるらしい」


 俺は貝の刺身を頬張り、口の中で旨みがとろけていく感覚を味わいながら、


 「縄文期は、稲作……特に関東には農耕が広がっていたという文献は知らない。ドングリや木の実を磨り潰して、まあクレープみたいな焼き物を主食したり、貝を生食できない地域は土器で茹でたりしてたんだろうな……まあ、それがセンセの答えだ」

 「では、貝塚についてはどう説明する?」


 いつの間にか俺の背後に、琥珀色のアワアワな液体の入ったグラスを持ってあぐらをかいている市川さん。少々目が座っていて怖い。


 「例えば……例えばだ。あの場所で火葬されてたというなら『貝塚はなかった』説は有り得るだろう。そこの『さんが』のようにだ」

  

 美味しく口に運ぶ尾崎を指差す市川さん。その言葉に尾崎の箸が力なく止まった。その態度に富樫が進み出るが、俺は無理矢理腕で制する。

 

 「悪いが、火葬はない。日本において火葬の習慣が広がるのは仏教が根付いてからだ」


 市川さんは「へッ!」と挑発し、


 「だったら、僕の説が正しいことになる。せっかく、君の彼女があの地層から泥炭を見つけたというのに君自ら否定したんだ。残念だったな」


 市川さんはコップの液体を一気に煽り、立ち上がろうとする。


 「……醤酢ひしほすひるてて鯛願ふ吾にな見せそ水葱なぎあつもの


 突如、灼が以前に俺のぼやいた歌を呟く。例のシャベルで後頭部強打事件の時だ。

 そして、灼は大きな瞳に敵意を示し、傲然と言い放つ。


 「やっぱり、あんたバカね。平良が言ったこの歌、本気であの場を誤魔化すためだと思ってるの?」

 「な、なな何を言ってる。他に!?」


 誰の眼にもあからさまに市川さんが狼狽しているのがわかる。

 見かけ通りの幼い身体から大きな気迫を発し、大学生の市川さんを圧倒させた。なかば金縛り状態のまま、灼の言葉を待っているかのように動かなかった。


 「ひしお、つまり食材を塩漬けにして出てくる液体には四種類の製造方法があるわ。魚醤うおびしお肉醤ししびしお草醤くさびしお穀醤こくびしおね」


 「ああ、しょっつるとか、ナンプラーとか」


 尾崎が何かを思い出したかのように言う。


 「オザキ、お前がまともなことを言うと、冬にセミが鳴く。やめてくれ」

 「むうッ! 平良君、ひどいッス! あたし、よく料理作るし、ばあちゃんが秋田だし」


 尾崎が俺の肩をポカポカ叩く姿を見て、結衣さんがへらりと笑った。灼も笑みを浮かべたが、すぐに凛々しい顔立ちに戻った。


 「通常、舟形木棺に入った遺体は自身の酵素が働いて液状化し、土に還る。その際腐敗菌も活発になるけど、寄生虫や菌が入り込んだ遺体では同時にそれらも活発化する。特に疱瘡ほうそうで死んでしまった遺体の処理は古来より悩まされ続けられてる。現代のように医学も発展してなく、流行病の多い古代で『死』はけがれなのよ」

 「……だったら、なおさら日常生活に近い『貝塚』には葬らないよな?」


 項垂うなだれる市川さんの肩を叩き、空になったグラスに黄金色のシュワシュワ液を注ぐ、並木さん。市川さんは再度一気に煽って、一言。


 「……敗けた。君の見解は、遠い浜辺に葬り、塩の浸透圧の力で虫や菌を殺してたということか」

 「見解ってほどじゃないわ、単なる想像よ。だって、ねぇ飯塚先輩?」


 今や単なる幼い笑みへと変わっていた。大きな栗色の瞳には先ほどの押しの強さはない。飯塚先輩は後ろ頭を掻きながら言う。


 「ああ、『考古は出てみなければ、わからない』だったな」


 少し照れ気味だった飯塚先輩の額に手刀を入れる結衣さん。が、反対に嵐のように反撃され「にゃ、にゃァ!?」と潰れていった。


 「どうやら、解決したようだね」


 茂木センセが現れ、大皿を高校生組に渡した。


 「これは、私からのご褒美だ。縄文時代とはいかないが、上代の料理を再現したものだ。まあ、タイの刺身に『醤酢ひしほすひるき合かてて』食べてほしい」


 笑いながら、去って行った。一瞬、全員で顔を見合したが、同時に箸を付けた。

濃口醤油とワサビで食べる刺身とはまるで違う、さっぱりとした味わい。仄かに酸味もある。


 「なんだか、カルパッチョみたいな味ッス」


 食レポ尾崎の意見に一同頷いた。その後、大学生組もやってきて大皿をつついた。すでに出来上がっていた市川さんは「ワインだァ!!」と呻き、電池が切れたように倒れた。


 腹もふくれ、美食も堪能し、課題も終えてしまったら、俺たち高校生組は暇を持て余した。センセは消え、大学生のうたげは日が沈んでも続いていた。


 飯塚先輩と富樫は将棋を指し始め、尾崎と部長、四字熟語に灼は所謂温泉卓球に興じ出した。しばし観戦していた俺は、トイレに向かい帰る途中、ふと夜風に当たりたくなった。

 民宿の玄関を出ると、あたりは真っ暗な住宅街だが、微かに潮の打ち返す音が聞こえる。細道を抜けると広い駐車場に出て、街灯の光で白い潮の飛沫が見えた。反して海は黒い。


 「こんなとこで何してるのよ?」


 隣に灼がいた。いつものようにツインテールでもなく、設楽原したらがはらの時のようにポニーテールでもない。

 結われていない栗色の髪が潮風に流れる。

 灼の横顔を見る。俺の視線に気づいて微笑む。自然と俺も笑みが出た。


 無自覚な、小さな、気持ち。心が痛い、でも温かい。


 「こんなとこで、千年も万年も埋めれてた人ってどんな気持ちだったんだろうな」

 「さァね……。センセたちが掘り起し、あたしたちが喧々囂々するまでは、この静けさを愉しんでたのかもよ」

 

 この景色のせいか、この景色を見たからなのか、灼の姿に心が動いたのか、理由は分からなかったが、今の俺は素直に灼を見れた。


 「お前、さっきの海水で殺滅する話……」

 「あんなのテキトーよ。虫も菌も焼くか凍らせないと死滅は難しいわね。少し食品に詳しかったら、塩水に浸したくらいでは、ありえないことくらいわかるはずよ。市川さんが折れてくれて良かったわ」

 「……だろうな。でも『死』への穢れは納得できた。古代は浄化としてよく川に流してたし。俺をフォローしてくれてサンキューな」


 灼が心底不思議そうな顔で俺を見て、訊き返した。


 「なんだか、今のあんた素直過ぎ。ちょっと変」


 見慣れた幼い顔立ち、大きな瞳に悪戯な色を見せて、「べェ」と小さく舌を出す。少し怒ったふりをして距離を詰めると、灼が坂で足を滑らした。

 思わず、俺は灼の手を取り、一緒に転がる。転がり切って浜辺で肢体を投げ出した。


 「すぅ、ごォーく綺麗ィッ!」


 俺と灼は抱き合う形で、仰向けになった。星降る夜空と言えば芸のない言葉だが、満天にひしめく星々は手を伸ばせば届きそうだ。


 「あの星々に比べれば、俺たちの『歴史』って一瞬で無価値かな?」

 「何言ってるのよ。あたしが傍にいるだけで、価値があるのよ」


 俺は灼の髪に顔を埋めた。


 「……やっぱり、侍従だ」

 「ばかァ……」


 灼も俺の胸に顔を埋めて、確かに言った。


 「ずっと、一緒にいないと承知しないんだから」

 「約束する」


 俺の心が、灼の心に届いた実感を覚えて、安堵した。


 突如、俺と灼の視界に夜空と交えて複数の顔が入る。


 「旅は女子の心を大胆にしはりますが、不純異性交遊はいけまへんなァ」と、歓喜する結衣さん。

 「平良ァ! お前はどうやら浜辺に埋めてほしいみたいだなァ……」と、富樫は怒気を露わにし、

 「自重自愛。こんな男に流されては駄目。良縁はまだある」と、四字熟語は困り果て、

 「谷も双月も相変わらずだな」と、部長と飯塚先輩は呆れ、

 「平良君とアッキーは最終コーナーを巡って、ゴールインッス」と、意味不明な尾崎。


 三種三様、いや倍の六種六様の言葉に跳ね起きると、灼は俺を蹴り飛ばした挙句、罵詈雑言を浴びせながら何度も、俺を足蹴にした。


 二度と来ない高校時代の時間が紡がれ、俺たちの旅は終わった。

●尾崎のうんちく


「しかし、平良君っば、ヒドいッス。醤の話。

せっかくアッキーに合いの手を入れたのに。


あ、ちなみに皆様馴染みのイカの塩辛も広義的にいえば

肉醤に入るらしいッスよ。

あと、浅漬けの汁。あたしもよく捨てたりしてたッスけど、実はあの汁も醤の一種らしいッス。

今度、何か料理に使ってみようかな。

もちろん、毒味役は平良君ッスよね」


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